第18話 11日目:天才

 実は言うところ、少しだけ心配していたのだ。

 俺のセッティングが強引で、もし姉妹仲が悪くなっていたらどうしようと。思えば、やっぱり当本人同士の話だよな……とか、自己嫌悪に陥っていたが……それは杞憂だったようだ。



「おはようございます、先生」


 相変わらずその整った顔に笑みは浮かんでいないが、明らかに迷いのないスッキリした表情をしていた。それは、俺がどう頑張っても引き出せない表情であることは充分に理解できた。

 家族だから。妹であるセリアだからこそ成し得たことだろう。


 俺はルミナスのその表情に何時しか笑みが浮かんでいた。


「先生?」


「……いや、何でもない。さ! 今日も修行だ!」


「はい」


 嬉しかったんだと思う。暗い顔をして何もかも諦め、自罰的になっていたルミナスが変わったことが。

 黙る俺に訝しげに眉を寄せるルミナスに、何でもないと告げ、俺は何時ものようにテレポートを発動させた。




☆☆☆




 真っ白な世界。そこには変わらず何もない。あるのは、自然界において不変なもの。酸素とか魔力とか。どうしてこんな空間ができたのかは、作った(不本意)俺ですら詳細は不明だ。

 まあ、ルミナスの修行場所ができたと考えれば渡りに船かもしれないけど。



「今日は復習と、新しい魔法を教えようと思うけど……何かやりたいことあるか?」


 俺は何時もルミナスの意思に委ねる。明らかに許容量を越えた願いや、ルミナス自身に負荷がかかることは許可できないが、結局、修行するのは本人だ。意思大事。

 だが、一度もルミナスは自分のやりたいことを口にしたことはない。修行以外に関しては駄々をこねるんだけどな。もっと自制心持ってくれ、頼む。最近カマエル王から、魔法以外の関心が薄まった気がする、って圧かけられながら言われたからな? あ、思い出したら胃がキリキリしてきた……。


 俺が思い出し胃痛(?)に悶絶していると、少しだけ黙っていたルミナスが、明確な意思の元告げた。


「少し、試してみたいことがあるんです」


 ……。

 俺は笑みを深めた。こうして、修行の時に自分の意思を告げたのは初めてかもしれない。心境の変化か、受身だったルミナスが意見を言うなんて先生として嬉しい限りだ。……いや、ちょっとおっさん臭いな。自分でも引くわ。


「了解。そんなに危ないことは許可できないけど、ルミナスなら大丈夫だろ?」


「はい。少し……再現をしたいと思って」


「再現?」


 首をかしげると、ルミナスは俺がまだ教えていないルーン文字を描き始めた。速度は実戦では遅い方だが、描くルーン文字の種類からそれは仕方ないと思う。

 文字数が大きくなるにつれ、俺は人様の前では見せられない獰猛な笑みを浮かべていた。


 ……良いね、良いね! やっぱりこうじゃなきゃ、師弟関係は面白くない!


 ルミナスの使おうとしている魔法は、本来ルーン文字を習って一週間ちょっとで使える魔法ではない。

 だが俺は知っている。緻密な計算と精密な魔力コントロールで産み出される魔法にもう1つ加味できる要素があることを。


 それは、




「氷獄」


 パキパキと氷が産み出される。

 世界に産声をあげるように音を立てて産まれた極低温の氷は、球形になり空間上に固定化される。


 それは襲撃の時に俺が使った『上級魔法』である『氷獄』そのものだった。



「くっ、アッハッハ!!!!!!!」


 堪えきれず笑い出した俺に目を丸くし驚くルミナス。うん、悪い。驚かせたよな。でも、無理だ。笑うなと言う方が無理だ。


 胸の中がグツグツ煮えたぎる。ルミナスの才能への嫉妬? ……馬鹿馬鹿しい。歓喜? あぁ、それもあるだろう。


 だが、俺の中で燃える想いはそんな陳腐なもんじゃない。




 だ。

 あー、悪いな先生。俺もちょっと狂ってたみたいだ。






「神域魔法『神霜しんそう』」


 たったのルーン文字によって起こされた暴力は絶大だった。

 俺の後ろに控えるルミナスを発動外に設定し、打ち出された魔法は────目の前に映る景色全てを氷塊に変えた。


 

「な、なんですか、それは」


 寒さに身を縮めながら放たれた言葉は恐怖ではない。

 俺の期待通りのだった。

 ……こりゃ、師弟揃って狂ってると言われても否定できないな。

 少しの苦笑。俺は顔を引き締めると、ルミナスに言った。


「どうやらお前は目標があった方が燃えるタイプだと思う。これは、現段階で俺しか使えない上に、最も難しい謂わば最上級魔法だ。──期待してるぜ」


 最後の言葉が俺の全てだった。

 紛れもなく師匠から弟子へ……いや、先生から生徒への激励だ。


「……はい!」


 ルミナスは大きく頷き返事をする。

 その瞳には、最初に会った頃のか弱く守られるだけの王女ではなく、瞳に歓喜と闘志を迸らせた一端の魔法使いがそこにいた。




「ま、今これを真似したら高確率で死ぬから、免許皆伝するまで真似すんなよ」


「うっ、はい」


 しっかり釘を刺すけど。

 ルミナスは案の定バツの悪い表情をしていた。早速真似する気満々だったらしい。

 ……大丈夫かこいつ。何時か自分の開発した魔法に耐えきれなくて死ぬまでは行かなくとも、大怪我しそうな気配がすんだけど。誰のせい、って言われたら俺のせいだな。うん、そうはならないようにしてくれ。俺が王に殺される。


 子への愛って、ヤバいんだよ。カマエル王に関しては常軌を逸しているけど。あれは、唯一の例外だろ。軽く病んでやがる。禿げろ。



「うん、まあとにかく……お前はすげぇよ。それだけは言える。まさか……こんな短い期間で『氷獄』が使えるまでとは思わなかった」

 

「先生の教え方が上手いんですよ」


「そんなパクり臭いお世辞はいらん。確実にお前の努力だからな。……ちょっと努力し過ぎな分はあるから気を付けてな」


「それは保証しかねます」


「素直は美徳だけどちゃんと学ぼ?」


 こいつ……。

 二度あることは三度あるとは言うけど、ここまで悪びれずに同じこと繰り返すやつは初めてだ。ある意味天才だな。馬鹿と紙一重って部分で。

 

「うん、まあ、残り二週間ちょっとだけど、俺が教えられる部分は全部教えるから覚悟しとけよ?」


「……はい」


 何故かルミナスは、二週間という単語を聞いた瞬間眉をピクリと上げた。一瞬だけ苦し気な顔だった気がするが……気のせいか?

 一先ず疑問を先送りにし、俺は再びルミナスの修行をするために思考を切り替えた。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


二人揃って戦闘狂…

今回はヨウメイくんの隠してた部分が出ちゃったね…

裏情報①

実はこの時に、ヨウメイは本格的にルミナスを認めた。

理由としては、やはり感情の部分。このまま受身だと、魔法使いとして大成するかどうかは微妙だと思っていたそう。心の中で。

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