第17話 10日目:ツンデレ妹③
とある魔法が発動したことを確認した俺は、セリアに問い掛ける。
「なあ、もう一度聞くが姉のこと好きなんだよな?」
「当たり前よ! 私の誇りだもの」
ふむふむ、と頷き、俺はニヤリと笑う。
「じゃあ、姉の好きなポイントを俺に教えてくれないか? 俺の知らない魅力、一杯あるんだろ?」
すると、セリアは鼻高々にルミナスの魅力を語り始めた。
「せっかくだからあんたに教えてあげるわ! まずはね、格好良いところでしょ、そして何より美しい! でも、魅力は外面じゃなくて内面の方があるのよ! 例えば、とても優しいの! いつも私が顔を出したら心配してくれるし! それに、昔にあったことなんだけど、家族でご飯食べてた時に、こっそりデザートを部屋に持ち帰ろうとしたのがバレて赤くなっちゃった時なんて、もうめちゃくちゃ可愛いでしょ────」
「お、おぉ」
予想以上の姉好きっぷりに少しだけ引く俺。
すると、ふいにバンッ! と蹴破るような勢いでルミナスが部屋の外に出た。
「~~~っっ!!」
顔は真っ赤で、何を言えば良いのかわからない、といった風に口をパクパクしている。
「聞こえてたか? ルミナス」
「な、なんで。それに、セリアも」
「え、ちょっとどういうことよ!?」
一人だけ事情を理解していないセリアが叫ぶ。
俺は誤魔化すように頬をポリポリと掻いて言う。
「えーとだな。俺が使える魔法に『伝達』って魔法があってだな……」
「伝達……まさか」
「うん、筒抜け」
「嫌ァァァァァァァァァァ!!!!!!」
瞬間、顔を真っ赤にしたセリアが叫んだ。奇しくも顔真っ赤姉妹が揃った! なんちって。
まあ、うん、どんまい。
「なんでそんなことしたのよ!!」
「いや、そこまでしないとまた誤解されるだろ」
「うぐっ」
度重なる俺の説得のかいあってか、誤解される性格(個人限定)だと気が付いたのか、反論できないセリアは、図星を突かれ黙る。
「ま、強引だったのは謝るよ、ごめん。でも、俺的には姉妹仲良い方がスッキリするんだわ。というわけであとは、お二人でごゆっくり~」
シュパッと身体能力をフルに使いその場から俺は立ち去る。絶対に二人の会話が聞こえないように。
お膳立てはした。あとはセリアが素直になれるかが問題だけど……あそこまでしたからには大丈夫だろ。
それにしても、ルミナスの真っ赤な顔、セリアの言う通り可愛かったな。
☆☆☆
ヨウメイのいなくなった後、ルミナスは無言のセリアを部屋に引き入れた。
しかし、そこで沈黙が広がる。
お互いに聞きたいこと、伝えたいことは沢山ある。しかし、それには姉妹の仲に溝が広がった期間が長すぎた。
セリアは、溝が広がったなどとは考えていなかったが、ヨウメイに真実を突きつけられ、自己嫌悪にも似た感情が今襲いかかっているのだ。
その中で、ルミナスは静かに深呼吸をし、息を整える。
目を閉じ──次に開けた時、その目には覚悟が灯っていた。
「セリア、本当に私のことが嫌いじゃないの?」
意を決し、ルミナスは長年ずっと抱えてきた想いの一端を問う。
ルミナスは自分でも気が付いていないが、セリアにだけは一貫して守ってきた敬語を崩す。自分を守るための防波堤として活用してきた武器である敬語を捨てるのだ。
それは心の奥底でセリアを信用している他ならない。
姉が問いた言葉を頭の中で反芻したセリアは、その目にじわっと涙が浮かぶ。放たれた言葉は弱々しげだった。
「嫌いになんか……なれるわけないじゃない……っ。好きよ。大好きよ……っっ!」
涙を溢して言うセリア。
それは紛れもなく本音であり、姉妹の溝が広がってから出した初めての本音だ。
「そう……でも、私はセリアに酷いことを……」
大好き、待ち望んでいた言葉に喜色が浮かぶも、ルミナスの心は晴れない。
それは自罰的な感情であり、ルミナスの過去の感情から繋がる罪悪感である。
「酷いこと……? そんなことされた覚えないわ」
「いいえ、私のせいでセリアの公務が多くなっちゃったでしょ? 本来、それは私がやるべきこと。それを全部押し付けて……セリアの自由を私が奪っちゃったのよ……。私の、私のせいで……っ」
流れる涙はルミナスの心を荒い流してくれない。
セリアはそんな姉を見て驚きと、悲しみに包まれる。
それでも、少しだけ泣く姉を見て瞳に強さが戻った。それは何としてでも反論しようという気概。
実際セリアは、公務などどうでも良いのだ。
「お姉ちゃん、そんなこと思ってたんだ。でも、私は全然気にしてなんか……いいや、お姉ちゃんのためなら何でもできるし、そこまで公務も嫌いじゃないのよ? それに、そうなったのは、お姉ちゃんが悪いんじゃなくて、呪いをかけた────」
「違うっっ! 違うの!!! 私はずっと自分の意思で笑いたくないって。そう思ってるの!! だから、私が、私が全部悪いの。お父様やセリアに甘えて日々を過ごして、呪いを解きに来てくれた人を無下にして、全部私が台無しにした! そんな私が先生に誉められたり、セリアと仲良くなんて。……幸せになる資格は私にはないの……幸せになったら、その分だけ誰かを不幸にしちゃうんだから……」
それは、ヨウメイにすら自分の口から言っていないことだった。ずっと隠してきた本音だった。浅ましく醜い自分の本性。
ルミナスは自身を肯定してくれるセリアに喜びを覚えたが、しかし、根底に眠る本性が肯定を是としない。
ずっと囁くのだ。『お前は幸せになってはいけない』と。
だからルミナスはその本性を隠す自分が許せなくて、遂に妹に本音を吐露した。
(きっと、セリアは私を見限るでしょう。そう、それが妹のための幸せ。私は共に過ごす価値などないのです)
自分を知覚したくなくて、心の声すら敬語のルミナスは、手で顔を覆い、セリアはきっと失望しているだろう、怒っているだろうと思っていた。
でも、違った。
「何よ、何よそれ」
確かに怒りが篭っていた。しかし、それはセリア自身への怒りである。
セリアはセリアを許せなくなっていた。
「何よそれ、全部周りが、私たちが悪いんじゃない!!!」
「え……」
セリアから放たれた予想外の言葉に、ルミナスは顔を上げ妹の顔を見る。
怒っていた、悲しんでいた。涙が、浮かんでいた。
「お姉ちゃんに無理させる周りの人たちも、それに気づけない私たちも。笑いたくない、なんて……そんな悲しいことを言わせた私たちが全部悪い!!」
涙を流しながらも、意思はハッキリと言い切るセリアにルミナスは違うと言った。
「違う。全部私が悪いの。笑えない私が全部悪いの!」
「違うっっ!!!!!! お姉ちゃんはぜっっっったいに悪くない!!!!!」
「……ッッ」
セリアのあまりの勢いに気圧されるルミナス。
証拠も何もないセリアの言葉。しかし、そこには思わず納得してしまうほどの、圧倒的な意思が込められていた。
何度反論しても、違う、と肯定してくれるセリアに、ルミナスは何時しかすがっていた。
「本当に、私は悪くないの……? 幸せになっていいの?」
「もちろん。お姉ちゃんは絶対に幸せになるべきなの。私が保証するわ」
「誰かに、頼って良いの?」
「むしろ、誰かに頼ってほしいわ! それは私であって欲しいけど……まあ、あのエセ魔剣士でも良いわ。」
「私は笑わなくて良いの?」
「私は、お姉ちゃんが笑いたくなるまで待つわ!! 何年でも、何十年でも!」
ボロボロと留まることを知らない涙は、遂にルミナスの心の霧を洗い流していく。
堂々と胸を張って自信満々に言い切るセリアに、ルミナスは無意識に言っていた。
「笑いたい」
「え?」
それからルミナスは自分の言った言葉に驚いていた。笑わなくても良いと肯定されたのに。しかし、セリアの姿を見たら何時しかそう思っていた。
それは、二度目。ヨウメイの時以来だが、ルミナス自身、口に出して言うのは初めてだった。
そんなルミナスを見たセリアは、ふっと優しげに微笑んだ。
「──私は待つわ。何時までも。だから、お姉ちゃんを笑わせるのは、英雄に任せる。たった一人の英雄に」
「えいゆう?」
疑問を覚えるルミナスが、首をかしげるとセリアは大きく頷いた。その『英雄』を信じるように。
「ま、私はそいつのことが嫌いだから、不本意だけどね! 本当に!」
ぷりぷりと怒るように、だけども何処か楽しそうに言い張るセリア。
ルミナスは自分を励ましてくれた妹に、耐えきれなくなった感情が行動に出る。
「お姉ちゃん?」
ルミナスはセリアを抱き締めていた。ギュうっと。二度と離さない。そう言っているように。
「ありがとう。セリア」
姉の行動に驚いていたセリアだったが、感謝の言葉を聞くと満面の笑みを浮かべる。
「どういたしましてっ!」
何時しか空はオレンジ色の光に溢れていて、カーテンから射し込む陽が少女二人を優しく照らしていた。
「だいすき。セリア」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます