第五百三十二話 5月21日/高橋悠里たちは1年3組の教室でサックスを吹く
吹奏楽部がパートごとに分かれて練習する時に使う教室は決まっていて、サックスパートは1年3組を使用している。
各教室からは、フルートやクラリネット、トランペットやトロンボーン等の音色が漏れ聞こえて来る。
悠里と要は1年3組に到着した。
教室内からはテナーサックスとバリトンサックスの音色が聞こえる。
教室の前の扉も後ろの扉は開け放たれていて、要は教室の後ろの扉から教室内に入っていく。
悠里も要の後に続いた。
「藤ヶ谷くん。高橋ちゃん。おはよう」
バリトンサックスを吹いていた萌花が教室に入ってきた要と悠里に笑顔で言う。
テナーサックスを吹いていた颯太も要と悠里に挨拶をする。
要は、萌花と颯太に挨拶を返しながら、両手に持っているサックスケースを床に置いた。
それから悠里に視線を向ける。
「悠里ちゃん。俺、コンクール曲の楽譜とメトロノームを取ってくるね。悠里ちゃんの分も持ってくるから待ってて」
「要先輩っ。楽譜は私が取ってきます……っ」
「いいから。悠里ちゃんは音出ししてて」
要はそう言って教室を出て行く。
悠里は要の姿を見送って、一番廊下側の前から三番目の席に持っていた保冷仕様のエコバッグを置き、自分の通学鞄を机の横のフックに掛けた。
要の通学鞄は後ろの席のフックに掛ける。
「高橋ちゃん。そのエコバッグ、何が入ってるの?」
萌花が悠里に歩み寄り、問いかける。
「お弁当が入ってます」
「そうなんだ。お弁当、高橋ちゃんが作ったの?」
「お祖母ちゃんと一緒に作りました」
颯太は聞くともなしに萌花と悠里の会話を聞いていたが、なんだか切なく悲しい気持ちになってしまったのでテナーサックスを吹くことにした。
颯太は以前、音楽室で衆人環視の中、勢いで悠里に告白し、告白したことに気づかれずに結果的にフラれてしまった。
今は、別の恋を始めたところだけれど、好きだった子の弾むような声を聞くのは、胸が痛むような気がする。
元気が無いよりは嬉しそうにしているのを見る方が良いのだけれど……。
悠里と萌花はお喋りをやめ、萌花はバリトンサックスを吹き始めた。
悠里は要に言われた通りに自分のアルトサックスのケースを開けてストラップを首に掛け、アルトサックスを組み立てる。
組み立てたアルトサックスをストラップのフックに引っかけたその時、コンクール曲の楽譜とメトロノームを持った要が戻ってきた。
「要先輩っ。お疲れ様です……っ。楽譜とメトロノームを持ってきてもらっちゃってすみません。ありがとうございます」
「気にしないで。これ、悠里ちゃんの楽譜とメトロノーム」
要は廊下側から二列目、前から三番目の机の上に悠里の楽譜とメトロノームを置いた。
悠里はサックスを吹く前にマスクを外さなければと、アルトサックスを机の上に置き、一番廊下側の前から三番目の席のフックに引っかけていた自分の通学鞄から自分と要の分のマスクケースを取り出す。
「要先輩。私、マスクケースを持ってきたので、よかったら使ってください」
「ありがとう。悠里ちゃん」
要は悠里が差し出したマスクケースを受け取り、目元を和らげる。
要にお礼を言ってもらえるのは、いつでも、すごく嬉しい。
悠里は自分の分のマスクケースにグレーの不織布マスクを入れて机の上に置く。
コロナ禍が長く続いてマスク生活に慣れているとはいえ、家の中と食事中以外でマスクを外すと心が弾むような気がする。
教室の窓は全部、少しずつ開いていて、教室の扉も開いているので換気はきちんとされていて安心だ。
悠里は机の上に置いていたアルトサックスをストラップのフックに掛け、音出しを始めた。
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