第百四十六話 マリー・エドワーズは天蓋付きのベッドで目覚める
目を開けると天蓋があった。悠里が小さい頃におもちゃ屋で見たお姫様ベッドについていたひらひらとした布だ。
「……」
ここはどこ? なんで天蓋付きベッドにマリーが寝てるの……?
悠里が憑依して目覚めたばかりのマリーは見知らぬベッドに混乱する。
マリーはここにいる。じゃあ、真珠は?
「真珠……っ!!」
マリーは真珠の名前を呼びながら飛び起きた。
「わうーっ!!」
ベッド脇から真珠の声がする。
マリーはベッドから下りてベッド脇でお座りをしていた真珠を抱きしめる。
「真珠!! よかった……っ!!」
「わうーっ!! わんわんっ!!」
「マリーさん。真珠くん。目が覚めたようですね」
窓辺にあるロッキングチェアに座り本を読んでいたレーン卿は麗しい微笑を浮かべて立ち上がり、言った。
彼のエメラルドを思わせる緑色の目に見つめられてマリーはときめく。
レーン卿は襟元に美しい刺繍がほどこされた白いブラウスに長い足が映える紺色のトラウザーズを履いている。
食事の席についた時は緊張してレーン卿の服装を気にするどころではなかったが、今、部屋にはマリーと真珠とレーン卿しかいない。
遠慮なくレーン卿を見つめて、その姿を目に焼きつけよう。そして情報屋に情報を売ろう。
レーン卿は読んでいた本を本棚に戻してからマリーと真珠に歩み寄る。
「マリーさんは僕が鑑定を終えたところで意識を失い、眠ってしまったのです。覚えていますか?」
「はい。意識が無くなる直前のことは覚えています。迷惑をかけてしまってごめんなさい」
マリーがレーン卿に頭を下げると、真珠もマリーを真似て頭を下げた。
「マリーさんが椅子から落ちる前に、僕が抱き止めることができてよかったです」
それって、恋愛イベント……!?
マリーは興奮したが、すぐに冷静になる。今のマリーは5歳だ。成人男性のレーン卿の恋愛対象にはなり得ない。
それでも、もしかして乙女ゲームのときめきイベントを体験してしまったのかという期待を込めて、マリーは口を開いた。
「あの、もしかしてレーン卿が私のことを運んでくれたんですか……?」
「はい。僕が意識を失ったマリーさんと真珠くんを抱いて運びました」
乙女ゲームプレイヤーの夢!! お姫様抱っこ!!
それをマリーの意識がないうちに体験してしまったなんて……っ!!
マリーが衝撃を受けていると、レーン卿が言葉を続ける。
「マリーさんを右腕に、真珠くんを左腕に抱いて運んだのですが、どちらもとても軽かったので気になさらないでください」
お姫様抱っこじゃなかった。普通の抱っこだった……。
そうだよね。レーン卿はマリーと真珠を運んだと言ったもの……。
基本的に乙女ゲームのお姫様抱っこのイベントスチルは、男性キャラがヒロインを抱き上げる構成になっている。
抱き上げられたヒロインのお腹の上に白い子犬が乗っかっていたら……可愛い。面白い。でもときめかない……。
「わうー。わんわんっ」
真珠の呼びかけに我に返ったマリーはレーン卿に自分と真珠を運んでくれたお礼を言った後、今度こそガラス玉を鑑定してもらうために、ガラス玉をアイテムボックスから取り出すことにした。
「ステータス」
マリーがステータス画面を出現させてアイテムボックスからガラス玉を取り出す様子をレーン卿は興味深く見守っている。
真珠はマリーの足元でおとなしく座っている。
マリーはガラス玉を手に取り、レーン卿に手渡した。
「これを鑑定してください。お願いします……っ」
「わぅわうわうう……っ」
「承ります。ですがその前に、マリーさん自身を鑑定させていただけますか? 鑑定師が依頼を受けるためには、依頼者の鑑定が必須なのです」
「その鑑定って無料ですよね……?」
マリーがおそるおそる問いかけるとレーン卿は肯く。
「依頼人を鑑定して鑑定結果を伝える場合は料金をいただきますが、そうでなければ無料です」
「無料でお願いします!!」
マリーは勢いよくそう言って頭を下げた。自分のレベルや能力値、スキル等はステータス画面でいつでも確認できる。お金を払ってまで鑑定結果を知る必要はない。
「わかりました。鑑定結果はお伝えしないことにします」
そう言った後、レーン卿はマリーを鑑定した。そして鑑定を終え、彼はため息を吐く。
「聖人のステータスは謎が多いですね。勉強になります」
謎が多いというのはプレイヤー固有のスキル等が見えないようになっているということだろうか。
マリーは疑問に思ったが、鑑定結果を知ってお金を払うことになったら困るので黙っていた。
真珠はおとなしくマリーとレーン卿を見守っている。
「マリーさんに害意がないことが判明しましたので、鑑定依頼のアイテムを受け取ります」
レーン卿はそう言って美しい手を差し出す。
マリーは彼の手にガラス玉を乗せた。
***
若葉月18日 昼(3時35分)=5月7日 18:35
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