第百六話 マリー・エドワーズたちは山盛りのコッコのから揚げを食べる
マリーが真珠や母親とお喋りをして、喉が渇いたと感じたその時、部屋の扉が開いてダリルが姿を現した。
ミルクが入った木のコップが二つと、ミルクが入った木の平皿。それから山盛りのコッコのから揚げが乗った皿が二皿、それから木のフォーク二本を乗せたトレイを器用に片手で運んでいる。
すごい!! あの運び方、やってみたい!!
マリーはダリルの給仕を見て目を輝かせた。リアルでは料理や飲み物をひっくり返しそうで怖くて出来そうもないけれど、ゲームなら挑戦できる。
「待たせたな。から揚げは出来立てで熱いから、気をつけて食えよ」
「わあい!! ありがとうございます!!」
「わぅわううわううわ!!」
「ありがとうございます」
料理を見て素直に喜ぶマリーと真珠。母親はダリルが料理や飲み物をテーブルに移すのを手伝う。
「店長に手ずから給仕してもらうなんて、私たちは贅沢ですね」
山盛りのコッコのから揚げが乗った皿を二皿と、ミルクが入った木のコップが二つ、そしてミルクが入った木の平皿と、木のフォーク二本がテーブルに置かれた後、母親はそう言ってダリルに微笑む。
「ダリルさん。真珠をテーブルの上に乗せてもいいですか?」
「わぅうわう?」
広場を歩いたことがちょっと気になる上に『銀のうさぎ亭』でビー玉を転がして遊んだけれど『銀のうさぎ亭』の床は綺麗に掃除されているので問題ない。……広場を歩いたことは考えない。食べ終わったら濡れた布巾を借りてテーブルを綺麗にしようとマリーは思う。今は熱々のから揚げを一秒でも早く食べたい!!
「いいぜ。好きにしなよ」
ダリルはそう言ってマリーと真珠に微笑む。
ダリルの許可を得たマリーは抱っこしている真珠をテーブルの上に乗せた。
母親が真珠の前にミルクが入った平皿を置く。
「いただきますっ」
「わぅわうわうっ」
「たくさん食えよ。おかわりをしてもいいぜ。また様子を見に来るからな」
ダリルはマリーたちを見回して微笑み、トレイを持って部屋を出た。
真珠は平皿のミルクを飲み、驚いて顔を上げた。
「わうーっ!! わううわ!!」
「どうしたの? 真珠」
真珠は懸命に何か伝えようとしているが、マリーにはいまいち伝わらない。
「ミルクがまずかったの?」
マリーの言葉に真珠は首を横に振る。マリーは木のコップに入ったミルクを飲んでみることにした。
「冷たい……っ」
すごい!! ぬるいミルクじゃない!!
マリーは感動しながら真珠を見つめる。
「真珠はこのことを教えようとしてくれたんだね……!!」
「わぉんっ!!」
真珠が激しく尻尾を振って、鳴いた。
「『歌うたいの竪琴』には氷箱があるから飲み物を冷やせるのよ」
こおりばこ!! 知らないワードが出た!!
「こおりばこって、なに?」
「保冷魔方陣が描かれている箱よ。中に氷を入れて冷たくするのよ」
リアルの母親が見ていた昭和初期の家族を描いたという朝ドラに映った昔の冷蔵庫のようなものだろうか。
小学生の頃、夏休みに母親と一緒に朝ドラを見ていた悠里は箱に大きな氷を入れて冷やすなんて、ずいぶん強引なことをするなあと思った記憶がある。
「うちにもこおりばこ、ある?」
「今は無いわ。お酒を出さないと決めた時に売ってしまったの」
もしかして、それはマリーの治療費を捻出するためだったのだろうか。
落ち込みそうになったマリーは、ふと閃く。
魔法で氷を作れば氷箱がなくても飲み物を冷やせる。冷たい飲み物を食堂で出せば利益が上がるかもしれない。
あとで、氷魔法を検索しようとマリーは思った。今は熱々のから揚げを頬張るのが先だ。
「真珠。私が食べておいしかったら真珠にもあげるからね」
「わんっ」
マリーは木のフォークを山盛りのから揚げの中の一つに勢いよく刺して、口に運ぶ。
「熱っつい!!」
でも、おいしい……っ!!
これは鳥の塩から揚げだ。じゅわっと口の中に肉汁が溢れ出る。噛み締めるほどにおいしい……!!
マリーはもぐもぐとから揚げを食べ終えて、真珠に笑顔を向けた。
「真珠!! おいしいよ!! きっと真珠も気に入る味だと思う……っ!!」
「マリー。シンジュはまだ子犬なのよ。お肉を食べさせない方がいいんじゃない?」
母親の言葉を聞いた真珠が項垂れた。マリーはフォークを持っていない左手の拳を握りしめて口を開く。
「大丈夫!! おいしいものなら、真珠が食べても大丈夫だよっ!!」
「おいしくても身体に害がある場合もあるのよ」
「大丈夫!! 真珠は私のテイムモンスターだよ!! 私が一番真珠のことをわかってるんだよ……!!」
マリーは母親に熱弁をふるう。真珠はデータなので、食べ物の害はないはず。それに最悪、死んでしまっても教会で復活する。
だから、おいしいものを食べるのは問題ない。おいしいものを食べないなんてもったいない……!!
「マリーがそこまで言うならもう止めないわ。でもシンジュ、食べられないと思ったらすぐに吐き出すのよ」
「わんっ」
真珠を心配して言う母親に、真珠は尻尾を振って肯いた。
マリーは山盛りのから揚げの中からまた一つ、勢いよく刺して口元に持ってきた。
そして、熱々のから揚げに息を吹きかけて冷ます。
真珠は子犬のような姿の白狼だけれど、もしかしたら猫舌かもしれない。あんまり熱いと可哀想だ。
「ふー。ふーっ」
マリーは念入りに10回息を吹きかけてから、フォークに刺したから揚げを真珠に差し出す。
真珠は慎重にから揚げの匂いを嗅ぎ、そしてから揚げをぺろりと舐めた。
「口に合いそう?」
「わんっ」
マリーに一声吠えて、真珠はフォークに刺したから揚げをぱくりと食べた。
そして、青い目を輝かせて尻尾を振り、ごくりと飲み込む。
「わうー!! わぅわう!!」
「おいしいって言っているみたいね」
母親が嬉しそうな真珠を見て微笑み、彼の頭を撫でた。
「真珠。次は私が食べるからね。真珠はミルクを飲んで待っててね。お母さんも早くから揚げを食べて。熱い方がおいしいよっ」
「そうね。いただくわ。揚げ物を食べられるなんて本当に贅沢なことだもの」
砂糖と卵だけでなく油まで高いのか。『アルカディアオンライン』は世知辛いゲームだ。
『銀のうさぎ亭』が貧乏なだけかもしれないけれど……。
でも、貧乏ならお金を貯めればいい!!
頑張ればお金は貯まり、お金持ちになれる。それがゲームの良いところだ。
マリーと真珠は交互にから揚げを食べて、ミルクを飲んだ。母親も嬉しそうにから揚げを頬張る。
マリーたちはお喋りをしながらから揚げを食べ進め、山盛りのコッコのから揚げが乗った二皿は、綺麗に空になった。
***
若葉月9日 真夜中(6時23分)=5月5日 15:23
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