第百五話 マリー・エドワーズはクレムの母親の話を聞きながら料理と飲み物が来るのを待つ
「店内は子どもがいるには酒臭いから、料理と飲み物をこの部屋に持ってきてやるよ。お嬢ちゃんと真珠はミルクでいいな。ハンナは葡萄酒でいいか?」
「私も子どもたちと同じで、ミルクをお願いします。帰ったら仕事をしたいので」
母親の言葉を聞いたダリルは苦笑した。
「相変わらず、働き者だな。オマエは。ウチの奴にも見習わせたいぜ」
「カーラさんは去年子どもを産んだばっかりでしょう? 今は子育てに専念しないと」
「キャシーはクレムが一歳になった頃には、クレムを背負いながら酒場で働いていたのになぁ」
マリーはダリルのぼやきを聞きとがめて、首を傾げる。
母親はダリルを軽く睨んで口を開いた。
「ダメですよ。カーラさんとキャシーさんを比べるようなことを言ったら、カーラさんが傷つきます」
「カーラの前では言わないように気をつける。で、料理はどうする? といっても、コッコのから揚げとシルバーフォレストウルフのステーキとフォレストウルフのハンバーグしかないけどな」
「コッコのから揚げでお願いします!! 他はいらないです……っ!!」
「わんわんっ!!」
選択肢などなかった。マリーは実質一択の料理名を叫んだ。真珠も必死にコッコのから揚げがいいと主張する。
シルバーフォレストウルフのステーキとフォレストウルフのハンバーグを見たら、真珠が怯えてパニックになってしまうかもしれない。
「わかった。ミルクを3つとコッコのから揚げを二皿持ってくる」
そう言って立ち上がるダリルを見つめて、マリーは口を開く。
「真珠のミルクは平皿でお願いしますっ」
「わぅわうわぉうっ」
「わがままを言ってすみません。お手数ですがお願いします」
「わかったわかった。心配しないで待ってな」
ダリルは苦笑しながら肯き、部屋を出て行った。
ダリルが扉を閉めたことを確認した後、マリーは母親を見つめて口を開く。
「クレムのお母さんがキャシーさんで、ダリルさんの奥さんがカーラさんっていう名前なの?」
まさか正妻と愛人がいるとか。『アルカディアオンライン』には恋愛ドラマのような愛憎劇があるのだろうか。乙女ゲーム好きの悠里としては気になる。
母親は少し迷った後、口を開いた。
「クレムくんの母親のキャシーさんは……事故、そう、事故で亡くなったの。それで、その後にカーラさんがダリルさんの奥さんになったのよ」
母親の不自然な様子にマリーは眉をひそめた。なぜ、事故という言葉を口にする時に視線を彷徨わせたのだろう。
まさか、カーラがキャシーを毒殺したとかそういう殺人事件が隠されている……っ!?
乙女ゲームだけでなく、推理ドラマや推理系の漫画も好きな悠里はわくわくしたが、ゲームとはいえ人の死に関わることを楽しむのは不謹慎だとわかっているので、わくわくする気持ちをマリーの表情には出さないようにロールプレイする。
今度、クレムに事情を聞いてみよう。プレイヤーが憑依していないクレムに事情を聞くのは鬼畜の所業だが、プレイヤーが憑依しているクレムに尋ねるのであればオッケーだとマリーは思う。
クレムは家から金を持ち出しても罪悪感をもたない程にゲームと錬金術を楽しんでいるようだし、クレムの実母はプレイヤーの実母ではない。
「お母さんはカーラさんと仲良しなの?」
「たまに話す程度の仲だったわ。カーラさんはこの酒場で踊り子をしていたのよ。孤児院出身で苦労したみたい。だからダリルさんと結婚できて本当によかったと思うの」
設定が重い……っ。でもこれはゲームだ。プレイヤーは気軽に重い設定を楽しめばいい。
子どもに聞かせる話題ではないと思ったのか、母親は話を変え、マリーと真珠が出かけた時に何をしていたのかと尋ねる。
マリーは真珠と広場の露店に行ったことや、話に夢中で真珠のことを忘れてしまって彼に謝り、許してもらったことを話した。
その後も、マリーは真珠や母親とお喋りをしながら、料理と飲み物が来るのを待った。
***
若葉月9日 真夜中(6時05分)=5月5日 15:05
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