第百四話 マリー・エドワーズの母親とダリルは和解する



ダリルが案内したのは窓がなく、四角いテーブルを囲むように、L字型に革張りのソファーが配置された個室だった。

ソファーの上にはクッションが置かれている。


ダリルに座るようにすすめられた母親は真珠を抱いてソファーに座り、マリーは母親の隣に座った。そして母親から真珠を受け取り、抱っこする。

ダリルは母親にすすめたソファーとは別のソファーに腰を下ろした。

隣同士よりは距離があり、向かい合うよりは近いその位置は、話し合いに向いている距離なのかもしれないとマリーは思う。


「今日は、謝りに来ました。夫がこちらからお酒の仕入れを一時やめると言ったのは、私のせいなんです」


母親はそう言って、座ったまま頭を下げた。マリーと真珠も母親に倣って頭を下げる。


「頭を上げてくれ。謝るのは俺の方だ。娘さんの病気を治すには大金が必要だから、商売を縮小するのは馬鹿げたことだと怒鳴ってしまった。すまなかった」


ダリルはそう言って母親に頭を下げ、そしてマリーに視線を向けた。


「お嬢ちゃんが元気になってよかった」


「ありがとうございます」


マリーはダリルに明るい笑顔を向けた。ダリルの腕には腕輪がない。NPCであればマリーのCHAが仕事をするかもしれない。


「ダリルさんの言うことは正しかったんです。マリーが元気になったのは高名な司教様にリザレクションをかけて頂いたおかげなんです」


違います!! プレイヤーである悠里が主人公にマリーを選んだからです……っ!!

マリーはメタな真実を叫び出したくなり、必死に唇を噛んでこらえる。

真珠はそんなマリーを心配そうに見上げた。


「それは違う。何もしなくても、看病するだけでも快復する可能性があった。……オレの息子がそうだった」


「クレムも離魂病だったんですよね」


マリーがそう言うとダリルは驚いて口を開いた。


「お嬢ちゃんはオレの息子を知っているのか?」


「はい。今日会って、友達になりました」


フレンドになったのだから友だちということでいいだろうとマリーは思う。


「そうか。元気にしていたか?」


「はい。広場の露店で錬金アイテムを売っていました」


「……そうか」


ダリルは滲むように微笑した。息子のことを心配していたのかもしれない。

クレムは勘当されたと言っていたけれど、謝れば許してもらえそうな雰囲気だとマリーは思った。


「とにかくあの喧嘩はオレが悪かった。頃合いを見てジャンに謝りに行こうと思っていたんだ」


「じゃあ、また、うちにお酒をおろしてくれますかっ?」


「マリー。子どもが余計なことを言わないのっ」


本音をストレートにぶつけるマリーを母親が窘める。

ダリルは声をあげて笑い、肯いた。


「金さえ払ってくれるなら、前のように酒をおろしてやるよ」


「いいんですか?」


母親は喜びと困惑が入り混じった表情でダリルに問いかける。


「ああ。だが、取引再開の詳細はジャンと話し合いたい。時間がある時でいいから、オレに会いに来るようにあいつに言ってくれないか?」


「わかりました。ありがとうございます。ダリルさん」


「ありがとうございますっ」


「わぅわううわううわっ」


母親に続いて、マリーと真珠もダリルにお礼を言う。


「お嬢ちゃんと子犬は礼儀正しいなあ。うちの息子にも見習わせたいぜ」


ダリルに褒められて嬉しい。マリーは真珠と視線を合わせて微笑んだ。真珠は勢いよく尻尾を振っている。


「仕事中に邪魔をしてしまってすみません。私たちはもう帰りますね」


「おいおい。せっかく来たんだ。何か食って行けよ。今夜はオレの奢りだ」


「食べますっ!! 楽しみ……!!」


母親が言葉を発する前に、マリーが元気よく言った。

うちのメシマズご飯じゃない食事のレベルを知っておきたい。

そう思った後、マリーは、酒場にミルクがあるのか気になって口を開いた。


「あの、真珠は、この子はミルクを飲むんです。ミルクはありますか?」


「くぅん?」


「あるよ。出してやるから心配すんな」


ダリルはマリーにそう言った後、真珠に視線を向けて言葉を続ける。


「その子犬は真珠っていうのか。白い毛並みを白い宝石にたとえるなんて、粋じゃねえか」


「ありがとうございますっ。真珠は可愛くてかっこよくて素敵な男の子なんです……!!」


「わぅんっ」


「うちのマリーがすみません。シンジュはこの子が初めてテイムしたテイムモンスターなので、ひいき目で見てしまうようで」


真珠を自慢するマリーを見て、母親が苦笑して言う。

ひいき目じゃなくて事実なのに!! 真珠は可愛くてかっこいい男の子なのに!!

マリーは反論したくなったが、母親に軽く睨まれ、頬を膨らませて沈黙した。


「いやいや、主がテイムモンスターに抱く感情は親が子に抱く気持ちと似たようなモンらしいからなぁ。親馬鹿になるのは仕方ねえな」


親バカ!! 5歳にして親でバカ。なんだか悲しくなってしまったマリーはしゅんとして俯く。


「わうー」


真珠がマリーにすり寄って慰める。


「見たところ、真珠の方が大人みたいだな」


「そうですね」


ダリルと母親は落ち込むマリーを慰める真珠の姿を見つめて言った後、視線を合わせて苦笑した。


***


若葉月9日 夜(5時42分)=5月5日 14:42



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