第116話 六角①
オルマヌアーズの町からエコ大森林の端、若葉茂る明るい森の道を北へ進むこと3日。オドンジョ家の領地の中心都市であるカユツの城壁が見えてきた。幅の広い跳ね橋が降ろされ、見るからに頑丈な木の落とし格子が上げられた南門をくぐれば、何とも言えない新しい木の薫りが辺りに漂う。
目指すエルマン・オドンジョの住まう城館は、この南門からまっすぐ西門まで伸びた賑やかな大通り沿い、ではなく、途中で大通りより幾分か狭い道に入り、そのまま北へ進んだ先にある。大通りはそれなりに賑わっていたが、城館への道に入るとまだ昼間だというのに途端に人の姿が減り、その差に何やら違和感がある。
アルテンジュとブラークの二人は町に入ってすぐに馬車を降り、途中、道を尋ねながら城館に向かって歩くと、はたして1時間も経たないうちに、
二人がテペ、イェシリアダン、オルマンドベルと、南部を代表する大氏族からの手紙を預かり、領主エルマン・オドンジョへの取次ぎをと、下ろされた落とし格子の脇の衛兵に、封書を手渡しつつ伝えて待つこと暫し。少し屈みながらでなければ通れない狭い通用口の鉄扉を開け、その衛兵が「どうぞ中へ」と招き入れた。そうして、体を小さくして扉をくぐってみれば、視界には木と石で出来た大きな屋敷が飛び込み、それから少し離れたところに、木材だけで作られたであろう小屋が見える。
最初、屋敷に通されるものだとアルテンジュは思っていたが、衛兵の案内に従えば、近づいてきたのは木の小屋の方。間違いではないかと疑うも、その小屋の周辺には多数の衛兵が配置され、自らの思い込みを早々に省みることとなった。
先導役の衛兵が扉を軽くノックすると、さして響かぬ重たい音から少し遅れて「いつでも構わんよ」との声。
「こちらで領主様がお待ちです。どうぞ中へとお進みください」
と、二人の方へと向きなおり声をかけるなりきびきびと扉から離れ、背筋をピンと伸ばして道を空け、アルテンジュとブラークが通り過ぎるのを待った。
そしてブラークが重たい扉を開け支え、アルテンジュを先に中に入らせる。彼がその後に続き、先程の衛兵が外からしっかりと扉を閉めると、二人のちょっとした足音と、紙をめくる音、そして緊張感が辺りを
「オドンジョ様、どうも初めまして。私はアルタンと申します」
「私はブラークと申します。お会いできて光栄です」
二人は入口付近から口上を述べ、両手を前で組んで床に浅い角度で視線を落とす。対するエルマンは彼らを無言でじっと見つめた後、手紙を置いてゆっくりと立ち上がり、アルテンジュに近づいた。次いで右手を差し出し、アルテンジュも
「よくここまで来なさった」
そう呟いてアルテンジュの体を解放した彼は元居た椅子に戻り、対面のソファーに座るよう、二人に手振りで案内したのである。
「さてと、アルテンジュ王子」
アルテンジュの目の前にいるこの男――エルマン・オドンジョは50代前半といった風格で、いずれも白髪の目立つ焦げ茶の短髪に焦げ茶のフルビアードの髭。服装は、と見れば、質の良さそうな麻の半袖シャツに光沢のある絹のシャルワール、そして袖の無い深緑色の
「なんでしょうか、エルマン殿」
先ほどアルタンと名乗ったばかりだが、エルマンは既に手紙から情報を得ていることは間違いない。取り繕わずに王子として話をした方が失礼が無いだろうと、アルテンジュはすぐに頭を切り替えた。
「ふむ、第6王子……か」
「何か不満でも?」
「いや……。ところで
「ええ」
アルテンジュは返事を濁したエルマンを追及せず、言われるがままに腰袋から
「うむ、確かに」
目的を達したであろう短い言葉とともに、彼はこの上なく慎重に、小さな敷物の上に印璽を座らせる。
「ところで王子よ。儂がここで玉璽を奪い取るとは考えなんだか?」
「ええ、全く」
「それは何故だね?」
「第一にエルマン殿は各氏族からの封書を読んだ上で、私をここに通した。玉璽を奪い取る心積もりであれば、門の中に入った時点で衛兵たちに捕らえさせれば良い。第二にあなたがここで玉璽を手に入れたとして、それを利用できる環境ではなさそうだ。王を名乗るべきほどの領地も無ければ、他勢力の後ろ盾もないし、それを玉璽で得られるとも思えない。その上、ここから北隣にあるイスケレ家のギュネシウスを奪い取ろうとしているようにも見えない。よって、あなたには奪い取ろうという野心がそもそもない。違いますか?」
「ほう、……ほうほう。なるほど、なるほど。短い時間にそこまで考えられるか。大したものだ。随分と見くびられたものだがね」
エルマンはわざとらしく肩を
「儂としたことがチャイも出さぬとは、うっかりしておった。許せ、王子よ」
「いえ」
暫くして、深緑色した膝までの丈の丸首の半袖シャツを着た女性が、奥の扉を開け、グラスに注がれた
「さて、王子はどのような目的でこのエルマンの元に来なさったのかね?」
暫しの時間、無言でチャイを楽しんでいたのだが、エルマンが髭を揺らして口を開き、アルテンジュとブラークは現実に引き戻されてしまった。エルマンによれば、3氏族からの
ああ、これは
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