第107話 北町奪還作戦②

「よし、やるか」


 一団のリーダーと思われる長身の男が声を出すと、3人の男が先ほど見た棍棒を構える。視線の先には詰所の敷地内で訓練に励む50名ほどの集団。それが数瞬の間に上半身、或いは首から上だけを残して地面に埋まった。先ずは50。

 今度は異変を聞きつけた兵が次々と詰所の中から出てくるが、それも同様に埋められてゆく。今ので20ほどか。

 情報によれば100名ほどの兵士が詰めているというが、残り30名はどこにいるのか。一団が相も変わらず遠くから観察するも、詰所に動きはない。


「狼煙を」


 長身の男が言葉少なに指示を出すと、後ろに控えていた男が光弾を打ち上げる。するとどこに潜んでいたのか、松明を持った男が納屋に火を付け、そして走り去った。それもわざわざ詰所の中から見えるように姿を見せて。

 やがて煙が立ち昇り、空を仰げば天へと伸びる白い筋がもう一つ見える。その間、詰所の中からも周辺からも新たな人影が現れることはなかった。そこにあるのは地面に半分以上を埋められた兵士たちの悲嘆とも悲鳴ともとれる声ばかり。

 それを見届けたところで、遠巻きに見ていた一団はもう一筋の煙が立ち昇る場所を目指して進みだした。直後、それと入れ替わるように武装した150人余りの一団が南町の詰所に向けて悠々と行進する。

 先ほどの一団はセルハンが預かる魔法兵部隊。

 今度の一団はイーキンが指揮する一般武装の兵士たちであった。


 北町の役場で持久戦を演じる一方で、ドゥシュナンの発案による南町占領作戦が着々と進められていたのである。先ずは一人の死者を出すこともなく、短時間で詰所を制圧。次いで狙うはバルクチュ屋敷、セルハンが向かった場所だ。


 それにしても、彼らはどのようにして南町に潜入したのか?


 実に御尤ごもっともな疑問である。北町役場に400の兵を引き付け、北町詰所にも100の兵がいるだろう。これでも総勢1000近くの兵がいるバルクチュ側からしてみれば、半分程度。残り500前後の兵で厳重に警戒していたのだから、セルハンの率いる少人数の一団ならばともかく、イーキンの部隊はすぐに見つかってしまうだろう。通常であれば。


 簡単なことだ。常日頃より北町と船を行き来させている南町の商人組合が、全面的に協力してくれたのだから、荷物か船員に紛れてしまえば良い。バルクチュ軍もよもや南町の商人たちが協力しているとは夢にも思わず、或いは長い平和を謳歌し過ぎたか、すんなりと潜入に成功したのである。


 さて、次の標的では目下のところ、庭の南東側、屋敷と往来を隔てる土塀近くで突如として発生した小規模な火災に対して、使用人と衛兵の10名ほどが消火活動にあたっている。付け火に失敗したのではなく、元より陽動のため、そして屋敷の損傷を少なくするための結果であった。

 屋敷のそばに辿り着いたセルハンの一団は、野次馬の多く集まる南側を避け、北西側の土塀を崩した。ほぼ正方形の敷地は1辺300メートル、高さ2メートルの土塀で囲まれている。その一部を魔石の力で外から内に倒したのだ。その幅、およそ2メートル。予想外に骨組みが無く、想定よりも倒せなかったが、作戦の遂行には問題ない。

 当然、付近には大きな音が鳴り、敷地を巡回警備していた衛兵が5名駆け付けたのだが、付近には魔法など何も分からぬ野次馬と、それに紛れたセルハンの一団がいるのみ。衛兵たちも首をかしげるばかりで原因は分からなかったようだ。次善の策として、野次馬たちに土塀に近づかぬように告げると、見張りを2名だけ残して中に戻っていった。


 ――おかしい。


 セルハンは直感した。

 兵が少なすぎるのだ。別の場所で警備にあたっていたとしても、詰所と領主屋敷から煙が立ち昇っているのだ。兵が集まってきてもいいはずなのにと一頻り逡巡すれば、導き出した答えは簡浄素朴。先ほどの崩れた土塀から見えない位置に目立たぬように移動し、領主屋敷の上空目掛けて光弾を射出。到達を確認すると塀の切れ目を目掛けて猛然と駆け出した。


 突然現れてはすぐに消えた眩い光に、何事かと迂闊にも背を向けていた衛兵二人を音も無く仕留める。その頃には武装した島の民たち50名が詰所から駆けつけ、軍装に着替えた魔法兵と共に次々と屋敷に突入していった。

 バルクチュ家の屋敷は石造りの3階建て、200メートル四方でこちらもほぼ正方形。敷地のほぼ中央に置かれているが、やや北に寄っている。その建物の出入口は大きな正面玄関、そして使用人が平時に利用する通用口が正面玄関付近と北側に1カ所ずつ、計3カ所である。

 作戦通りであれば、セルハンたちは北側の通用口から、南側からはイーキン率いる50名が土塀を崩して侵入しているはずであるが、北側からは確認しようがない。お互いが制圧に向けて進むのみの状態であった。


「セルハン殿! 屋敷の内部にかなりの数が立て籠もっている模様です!」


 セルハンが屋敷から離れたところで作戦を反芻していると、先行していた一般兵が緊迫した様子で状況を伝えにきた。どうやらバルクチュ軍の指揮官は屋敷が攻められることを予想し、落されてはならぬと兵を集結させていたようだ。だが、それも織り込み済み。


「末恐ろしい奴だ……」


 誰にも聞こえぬように呟くと、一呼吸の後に指示を出す。


「魔石を持った奴らを全員、ここまで下がらせてくれ。それ以外の人員は距離を置いて屋敷を囲め。ところで正門はどうだ? 動きは見えるか?」


「こちらからは見えませんが、敵の動きから推測すると多少の動きはあるようです!」


 聞いたセルハンの表情は曇るが、ここは既に戦場である。制圧できるように、場合によっては最小限の被害で撤退できるよう、判断をし続けなければならない。


「分かった。先ほどの伝令、よろしく頼む」


 その間に、どうしたものかとセルハンは考える。屋敷の下の土をごっそり移動させて転覆してしまえば話は早い。だが、エルデ石に頼り切っている状態では、使い切ってしまったときに何もできなくなる。他に何かないだろうか? アイン石の光で視界を奪うのはどうか? 強烈な光を放ったとしても今は昼間だ。じきに慣れる。ではナハト石の闇で視界を奪うのはどうか? いや、そもそも敵兵をすべて視認出来ている状況ではないのだから、効果は限定的だ。同士討ちの危険もある。残るはギューテ石の水、ヤクト石の火、そしてライゼ石の空気か。水と火は目に見えるところにはない。空気は至るところにあるが、空気を動かして風を起こしたとしてどうなる? 精々、銃弾の軌道を逸らすことが出来る程度ではないか?


 堂々巡りで答えが出ないかに思われた自問自答だったが、全ての魔法兵が戻ってくる頃には結論が出ていた。


「3名は屋敷の周りに堀を作れ。残土はこちら側に盛って一般兵の壁にしろ。北と西だけでいい。4名は俺と一緒に来い」


 銃声が響く中、土塀の外へと消えた5名がやがて戻って来たと思えば、引き連れてきたのは大量の水。容器もないのに深みがあり、何やら潮の匂いもあたりに漂う。

 何を始めるつもりかと、敵も味方も固唾を呑んで見ていると、セルハンを前列の中心にWの字に並び、号令の下に前列2名が棍棒の先から水を高射するが、屋敷には届く勢いはない。

 すると今度はセルハンが棍棒を前に突き出した。先の二人と同じく水を出すのかと思われたが、次の瞬間、辺りを突風が駆け抜ける。その突風は高射された水を伴なって容赦なく屋敷に叩きつけ続けられ、庭に向けて銃を構えていた者はおろか、開け放たれた窓から横殴りに入り込み、多くの兵を水にまみれさせたのである。


 これこそが狙い、敵の持つ最新式のフリントロック式マスケット銃の無効化であった。制御が難しかったが、幸いにして島の民の一般兵で巻き込まれた者はごく僅か。こうなれば、あとは屋敷の中になだれ込み、兵器の優位で制圧を推し進めるだけだ。

 だが、総員突入と言いかけたセルハンを、先ほどの伝令の声が中止させた。


「正門よりイーキン殿の部隊が突入! しばし攻撃を止められよ、とのことです」


「……分かった。こちらの部隊はここで合図があるまで待機! ところでイーキンは他に何か言ってなかったか?」


「は! 重要人物の身柄を拘束したため、降伏勧告を行なう、とのことでした」


「重要人物? ふむ。上手くいくことを願うしかないな」


 それから1時間も経たず、屋敷に立て籠もっていたバルクチュ兵は武装を解除し、島の民に投降した。

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