第105話 質疑応答

 領主屋敷の敷地の一角にある修練場。高い木塀もくべいで囲まれたその場所には、綺麗な玉が先端に取り付けられている杖なようなものを持ち、訓練に励む兵士の姿が在った。まばゆく辺りを照らし、或いは火の球を放ち、はたまた地面に穴を空けている。そこで繰り広げられていたのは、誰の目から見ても明らかな、お伽噺の魔法の光景である。


「エコー大陸からのお客人、これが魔石の秘密だ」


 ランプレヒトが真面目な顔で紹介するも、ドゥシュナンとセルハンの二人は耳も傾けずに訓練の様子を凝視していた。特にドゥシュナンの眼の見張りようは尋常ではない。瞬きすら忘れているようにも思える。しかし、見ているだけでは何も進まないと、セルハンはドゥシュナンに質問をするように耳打ちした。


「あ、はい。ええと、あの杖のような棒の先にあるのが魔石ですか?」


「うん? 君たちは魔石を見たことが無いのかね?」


「はい。初めて見ます」

「……俺も現物は初めてだ」


「そんな状態でよくここまで来ようと思ったものだ。神石しんせきと呼ばれている地域も多いというのに……。それはそれとして、あれは間違いなく魔石だ」


「あれが魔石なんですね。杖のような物の先に取り付けているのは、何か意味があるんでしょうか?」


「ほう。そこに目を付けるとはな。よろしい。実演も兼ねて見せてあげよう。パトリック! こちらへ来給きたまえ」


 ランプレヒトが大きな声で呼びかけると、その場にいた兵士が一斉に振り返ったが、パトリックと思しき若者以外はすぐに訓練に戻った。


「お館様、お呼びでしょうか」


「こちらのお客人に魔法を見せて差し上げろ。間隔杖かんかくじょうは使わず素手でな。魔石は水がいいだろう」


「畏まりました!」


 はきはきとした気持ちのいい返事と共に、パトリックと呼ばれた兵士は修練場の隅に置かれた大きな木箱を目掛けて早足で進む。その内、大きく水滴が描かれたものから拳大こぶしだいの青い魔石を取り出し、また早足でドゥシュナンたちの元へと戻ってきた。

 「では!」と掛け声のようなものと共に、魔石を握りしめた右手を前に突き出せば、少しを置き、そこから水が少しずつしたたり落ちてくるではないか。


「パトリックよ、その辺りでいいだろう。今度はてのひらを見せるのだ」


 ランプレヒトがそう言うと、若い兵士はドゥシュナンたちに近寄り、今まで魔石を握っていた右の掌を閲覧に供した。


「これは……、びっしょりですね」


 ドゥシュナンとセルハンがしっかりとそのさまを見たことを確認すると、今度は間隔杖かんかくじょうを使ってやってみせよと、ランプレヒトからパトリックに指示が飛ぶ。二人から距離を取り、再び「では!」と杖を前に突き出して構えると、少しのの後、先端から水が少しずつしたたり落ちた。


「ランプレヒト様。これは先ほどと同じように見えますが……」


「ふふ、同じように見えるであろう。だが決定的に違うところがあるのだよ。パトリック、頼んだ」


「は!」


 パトリックは二人に近寄り、そして杖を上に向けながら先端をいじった。すると、魔石をめ込んでいる先端の、そのおおいの一部が綺麗に外れ、魔石を容易に取り出してみせる。そうして若い兵士がドゥシュナンたちに左手に持った杖の嵌め込み部と右手に持った青い魔石を見せれば、先ほどとの違いは一目瞭然であった。


「濡れてないですね」


「ああ、確かに濡れてないな。それにしても何やら喉が渇く」


 二人の目に映ったのは、丸いくぼみのへりばかりが濡れ、内部がほとんど濡れていない杖の先端と、その形に合わせるように一部だけが濡れた魔石であった。


「これは、杖、……いや、木が触れている部分からは魔法が出ない?」


「ドゥシュナン殿は早くも気付いたか。どうしてなのかは分からないが、人の体に触れている箇所からは魔法が出てしまい、木が触れている箇所、正確にはその周辺も少し含まれるがね。ともかくそこからは魔法が出ないんだ」


「そういうことだったんですね。だから杖もわざわざ間隔杖かんかくじょうと」


「その通りだ。特に赤い魔石は火が出るから危険だな。パトリック、ご苦労だった。訓練に戻れ」


「杖に使う木は何でもいいんでしょうか?」


「当家では主にスピノサスモモを使っているが、かしかえででも問題はない。だが、その3種類しか試していないから、他は分からないな」


「杖の長さは魔法に影響がありますか?」


「ドゥシュナン殿はどんどん疑問が湧き出るのだな」


「あ、すみません」


「いや、責めているわけではないのだよ。実に羨ましいことだと思ってな。さて、質問の件だが、影響はない」


「おい、ドゥシュナン、魔法の種類や出し方の質問をしてないぞ」


 ほとんど言葉を発さず、質疑応答を聞きながら訓練を眺めていたセルハンだったが、ドゥシュナンの進め方に思うところがあったらしい。


「ランプレヒト殿はご多忙の中、俺たちに応対して下さっているんだ。質問はできるだけまとめて簡潔に、そして大事なことからにするんだ。今回の役割から考えて重要度の高い質問はなんだ?」


「え? あ、あ、そう、そうですよね。ありがとうございます、セルハンさん。では、ランプレヒト様、質問させて頂きます」


「ああ、構わんよ」


「魔法には何種類あるんでしょうか? 魔法を使うにはどうすればいいですか? 火の玉のように遠くへ放つ魔法の飛距離はどれくらいでしょうか? 魔法はどれくらいの間隔で発動できるものなのでしょう? 魔石に耐久性などはありますか?」


「ふむ。質問は五つでいいかね?」


「はい、お願いします」


「では順番に答えよう。魔法は魔石の種類だけ、つまり6種類ある。その内、武器として使えるかどうかと問われれば一つだけだが、他の五つもいくさの場で有用であることは間違いない。発動は、魔石に描かれた神紋から感じる力を念じ続けるだけでいい。集中力が続かない者は発動できないということでもあるな。飛距離についても集中力次第だ。集中力が途切れてしまえば、飛んでいる魔法も消えてしまうが、集中力が続く限り遠くへ飛ばすことが出来る、と思われる。発動の間隔も集中力次第だな。例えば火の玉を二つ続けて飛ばすことは可能だが、集中力が欠けてしまったものは消えてしまう。そして最後の耐久性だが、これが厄介でな。予兆もなく魔法が急に使えなくなってしまうんだ」


「急に、ですか」


「ああ、急にだ。魔石が欠けるわけでも摩耗するでもなく、それから魔法を発動した回数に関わりなく、突然、どこにでもあるただの石ころになってしまう」


「それは確かに厄介ですね。……あ、それで間隔杖かんかくじょうは脱着が出来るようになっているんですね」


「その通りだ。いくさで使うのであれば、腰袋こしぶくろ内飼袋うちがいぶくろなどを装着して、予備の魔石を持ち歩かなければならないだろうな」


「なるほど、勉強になります。ところで魔法の種類についてですが――」


 そうしてドゥシュナンとセルハンは貪欲に魔石の知識を吸収していった。更に6種類の魔石を300個ずつ譲ってもらい、イヌイを後にしたのであった。帰りもマチェイ商会の荷馬車である。


「セルハンさん、北町は無事でしょうか?」


「さあな。間にイキレンキ海峡があるとは言え、一度に多方面から攻め寄せられてしまえば、手の打ちようがなくなるからな。ま、イーキンがうまくやっていることを願うしかない」


「魔法、間に合いますかね?」


「ああ、間に合うよ、きっと」


「そうだと、いいですね」


「ああ、そうだといいな」


 二人を乗せた船は再び銀の海を渡る。それは、これから起こる戦いのことなど全く予感させない、静謐な時間だった。

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