第94話 嫩芽
ユズクが
「あなた方は、復讐をしたいと思わないのですか?」
ぼろ雑巾のように村のはずれに転がっていた彼は、介抱してくれた
当然の如く
その男――イーキンと名乗ったその男がどんな表情をしていたのか分からないが、丁重にお礼を述べて村を去った。そのときは。
しかし、3週間ほど経った或る日、イーキンは再び村を訪れ、
「他のイネキの集落二つも、それからダルマクの網元からも起ち上がると、既にお返事を頂いております。残る大きな集落はあなたのところだけなのです。どうか賢明なご判断をお願いいたします」
イーキンの話を聞きながら
しかし、起ち上がるという事、それ即ち、バルクチュ家と敵対することである。最近のコル家と南部氏族連合の例もあるとは言え、
「ところでイーキンとやら、バルクチュ家と争うのであれば武器が必要であろう? 我らには
「なるほど。確かに
「ふむ。では、聞こうではないか、その答えとやらを」
「感謝いたします。まず、武器とその扱いについてです。武器を揃えるにはデニズヨル、或いは他の大きな町、はたまたデニズヨルの南西に住まうイーデミルジュの民たちに、とお思いではありませんか?」
「うむ。確かにそうだな。それ以外にあるまいて」
「ですが、何かお忘れではありませんか?」
「ふむ。なんであろうな。すぐには思い付かぬ」
「答えはデニズヨルという町の特性と、そしてダルマクの方たちにあります」
「! そうか外地の商人から秘密裡に買い付けるのか。しかし、当てはあるのか? 我らはデニズヨルの商人たちとは懇意にしてもらっているが、外地の商人とは繋がりが無いのだぞ?
「その辺りのこともご安心ください。既に策は練ってあります。まず、商人については銀の海の向こう側、ハレ大陸のカネウラを拠点に、こちらに頻繁に商いに訪れているマチェイ商会と約束を取り付けてあります。会頭のマチェイ様が
「ほう。78歳とは随分とお元気なことだ。して、海軍は
「はい。武器を積んだ船に難破してもらいます」
「難破とな!? 外地との貿易に使用する船を難破させるとなると、相当な損失になるではないか。それに、武器を運び込めまい」
「ええ、ですので難破をしたふり、故障して舵が取れないふりをして、漂着して頂くのです。船大工も多いダルマクの集落にて、積み荷を一度降ろして修理を行なう
「それに?」
「イスケレ家も何か動いているようで、最近、海軍の巡視が明確に緩んでいます。以前は怪しい船以外にも無作為に立ち入り検査を行なっていたようですが、最近は巡視の船を減らして検査対象も絞っているみたいですね。そうとなれば、実績のあるマチェイ商会の船はお目こぼしして頂ける可能性が非常に高いと踏んだわけです。
「なるほど、分かった。ところで最後の問いに対する答えはなんとする?」
イーキンは少し考える仕草をした後、ゆっくりと口を開いた。
「私怨、ですかね」
その答えに
「誤魔化さぬのか。面白い。バルクチュの振る舞いには、我々も腹に据えかねておったところだ。ここはオルマンユユのイーキン殿の話に乗ろうではないか」
「やはりお気付きでしたか」
「イーキンと名乗り、有力者に牙を剥けというのだ。誰でもセルハンの同志だった者だと思うであろうよ。しかし、話に乗るとは言うたものの、集落の行く末を左右することを儂の一存で
「かしこまりました。では、その間、近くで寝泊まりするようにいたします。説明が必要な場合には、いつでも参じますのでお申し付けください」
「うむ」
そして、冒頭へと至るというわけである。
決して広いとは言えない集落の集会所に6人の男たちが車座に座っている。
「――ということで、儂としてはその男の話に乗り、バルクチュに一泡吹かせ、税を元に戻すことを要求したいと思っているのだが、
所々ぼかして話す
「ところで、ドゥシュナンはどう思っているのじゃ?」
今まで黙して語らず、ただ皆の意見に、うんうんと頷いていただけの長老が突然、ドゥシュナンに意見を求め、筆を止めた。
沈思黙考。
「僕は
話し続けるうちに再びぶつぶつと思索を始めたドゥシュナンであったが、我に返ったように目を見開き、慌てて5人を見回す。
「あ、ごめんなさい。そうですね、
「戦乱……」
まとめ役の一人が呟くと、他のまとめ役二人も一様に不安を隠せない表情になる。
「ふむ。だが、そうか。確かにドゥシュナンの言う通りだな。過去の時代には我ら3氏族は幸いにして争いに巻き込まれることは無かったというが、しかし、バルクチュ家の態度を見るに、我らの土地を収奪しようとする者が現れても不思議ではない。その男にもドゥシュナンの意見は伝えておくとしよう」
「ほっほぅ。さすがドゥシュナンじゃ。儂が見込んだだけのことはあるのぅ」
思いがけず
「さて、長老様、まとめ役のお三方、結論は出せたかな?」
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