第81話 再会
いっそ、目の前にいるこの男が心臓を一突きしてくれれば、どんなに救われたか。
* * *
シェドニィドゥベジェを発つ日、護衛対象が増えた。
集合場所に1人ついてきたときには見送りかと思っていたのだが、ルッツさんの一番下の弟、18歳になる利発そうな男の子がお店を手伝うといって聞かないそうだ。
護衛対象が増えれば必要な傭兵の数も増やさなければならないことも多く、そうなれば自然、依頼料も上がるのだが、ここはイヌイからもアシハラ王国からも離れた神聖リヒト圏のシェドニィドゥベジェ。傭兵を追加するわけにもいかず、ルッツさんから絶対に離れないように、それから一般人用の武装をするように、との条件付きでルッツさんを含めて渋々と同行を認めた。お金の話はイヌイの組合に帰ってからニクラウスさんと話し合ってくれれば良いだろう。
突然に護衛対象が増えた復路だったが、新たにパーティに加わったルッツさんの弟さんであるところのマチェイ君が、無口なお兄さんとは違ってお喋りが大好きで大層、いや、言い過ぎか、少し賑やかになった。
アシハラ王国のこと、イヌイのこと、傭兵のこと、今回の旅のことを何度も聞いてきたり、こちらが聞いてもいないのに、つい先日行われた5月祭りで振られたことなどを話してくれて、イヌイ到着までの約1ヶ月間、彼がいてくれたお陰で精神的に楽だったことは疑いようもない。
そして、帰りの道中、馬車の車輪は3回ほど交換を余儀なくされはしたものの、一度も野盗に襲撃されなかったことは幸運だった。ついぞ、デニスさんと再会することは無かったが。
それ以外では、マチェイ君がルッツさんのことをルジェイ兄さんと呼んでいたことが気になった。触れて良い事なのかも分からずに逡巡している内に、「依頼に関係することなので」と前置きしてバルナバスさんが聞き出してくれて助かったが、アシハラ王国でやっていくぞと覚悟した際、王国では目立つ大陸北部山岳地帯風の名前を捨てて、王国風の名前に変えたらしい。不便はないものかと思うのだが、バルナバスさんが「そうする方って多いですよね」と言っていたので、こちらの世界では一般的なのだろうな。
*
「では、早速、我がフォーゲル家へ参りましょうか!」
依頼料の精算を終え、傭兵組合の玄関先でルッツさんとお別れした直後、喜色満面で両手を腰に当てたオスヴァルトさんに声を掛けられた。
約2ヶ月の任務を終えたばかりだというのに元気が良いなあ。俺より細身のこの体のどこにそんな体力が詰まっているのだろうか。
「えっと、すみません。もう日が落ちてますし、荷物の整理もあるので流石にこれからはちょっと……」
「ああ、失礼。私としたことが説明不足でした。行く日を決めましょう。二人の門出のために!」
門出?二人の???
「……私としたことがやらかしてしまったようです。冗談も通じないほどあなたが疲れているとは……。よよよよよ……」
そう言って、元・執事はしょんぼりしている。
そうか、いつものようにツッコミを入れて欲しかったのか。俺は駄目な
「相方じゃねぇし!」
思わず自分にツッコミを入れてしまった。そしてハッとしてオスヴァルトさんを見ると、戸惑いと憐みの目をこちらに向けている。
やめて。そんな目で見ないで。
「……明日の午前中、うーん、11時過ぎくらいに組合で決めましょっか」
耐え切れずに普通に提案してみた。良いツッコミが出来なくてごめんよ、執事。
「では、それで。お大事に」
たまに辛辣なことを言うけど、ボクに接していたときと変わらず、良い奴だよな。それにしても……
荷物の整理と夕飯、それからマザーへの挨拶を済ませ、久しぶりの我が家の布団にその身をくるまれ、スヴァンは考えた。
俺は、一体誰なんだ?
魂は循環する。『この世界にも輪廻は有ってね、記憶を引き継ぐことは極めてまれだが、魂は絶えず循環しているんだ』。自称神様はそう言っていた。……もう自称を外しても良いか。不思議な
『魂は』循環するのだ、魂は。では人の『心』は循環するのか?どうして脳が繋がっていないのに記憶が引き継がれるのか?自分が循環している自分であるということはどういうことだ?或いは自分が前世とは異なる『個』であることはどう証明する?肉体の違う自分という存在は連続しているのか、それとも不連続であるのか?本当は魂は循環していない、あくまでも今の自分はスヴァンベリで、須田半兵衛やシュテファンの記憶が残っているだけではないのか?そしてそれは魂の『循環』と言えるのだろうか?
……よし!分かんない!早く寝よ!
*
それから数日後、オスヴァルトさんと一緒に
「おかえりなさいませ。オスヴァルト様」
門衛の一人に声を掛けられ中に通される。特に用事も聞かれず、オスヴァルトさんの友人という扱いですんなりと入ることが出来た。
3メートルくらいの高さの石壁、窓のある無骨な鉄の門を抜けると、簡素だが広い前庭とその奥にツチダの代官屋敷の2倍くらいの広さがありそうな2階建てのクニヒト屋敷が在る。
視界を遮る物が無い前庭には、季節の花が植えられた花壇が屋敷の玄関に向かう通路の両脇に少しあるだけ、それから作業道具などが収納されているであろう小屋を除いて、ほぼ何もない。うん、ほぼ何もない。
太い木の棒を十字に組んだ
「あ、スヴァンさん。木人が気になるようですね。打ち込んでいきますか?」
前を歩いていたオスヴァルトさんに現実に引き戻されちゃったよ。やっぱりあるんだ、木人。見間違いじゃなかったんだ。
「……今日は、遠慮しておきます。アルマさんに会うのが目的ですし。ところでどうして前庭に木人があるんですか?」
俺の質問にオスヴァルトさんはきょとんとした顔で答えてくれた。
「いつでも好きなときに打ち込めるからに決まってるじゃないですか。前庭のみならず庭のいたるところに設置してあります。常識ですよ?ま、イヌイのお館の庭には木人が無かったので、今はおかしいとは思いますけどね。はっはっはー」
おかしいと思ってるなら途中までのドヤ顔やめて。
これは
そんな下らない会話を楽しみながら玄関に近づくと、丁度誰か出てきた。背筋はピシッと伸びているが、白髪頭のご婦人のようだ。上等な生地の服ではなく庶民が着るような装いだから、使用人だろう。女性にしては珍しく、頭巾は着用していない。
どこかで見覚えがあるなと思っていたのだが、ふとオスヴァルトさんに目をやれば
「ご無沙汰しております、
「オスヴァルト坊やか。
オスヴァルトさんがお婆様と呼んだその老齢の女性は俺に視線を移すなり、言い放った。
「なんだ、いつぞやの
再会したのだ。ツチダで道を教えてくれた
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