第48話 オレ㉗

 大きな猪を討伐してから、また何事もなく月日は流れ、7月になってすぐの今、オレは何故かイヌイにいます。


 残念ながら、無事にツチダの依頼が終了したから、ではなく、――あれは6月の初め頃、雨が降る日の出来事。


「お喜び下さいスヴァンヌさん、臨時の依頼です」


「あ、いえ、いいです。間に合ってます。あとスヴァンヌじゃなくてスヴァンです」


 執事が詰所を訪ねてきて、兵長室で衛兵長も交えてのお話だ。


「それで、スヴァン君への臨時の依頼と言うのは?」


 流石、衛兵長だ。話を早く終わらせるために、横から入ってきた。


「これは失礼。臨時の依頼ですが、閣下からのご指名です」


「……ふむ、そうすると、スヴァン君がここを離れることになるのかな?」


「はい、その通りです。具体的には、7月の緊急諸侯会議で王都アシミヤに赴く際、護衛隊に入って欲しい、というお話です。ちなみに、変則的ですが、往路だけの護衛です」


 閣下と言うのは領主様のことだ。宰相という偉い役職に就いているので、閣下と呼ばれることの方が多いと聞いたことがある。それにしても衛兵長が話に入ってくれたお陰で、話が円滑に進む。


「帰りは護衛しなくて良いんですか?」


 行きだけ護衛というのもおかしな話だと思ったので、率直に執事に聞いてみた。


「ええ、往路だけです。閣下と護衛隊は何日か王都に滞在した後、イヌイに戻りますが、スヴァンさんだけは王都に着いたら、すぐにツチダまで帰還して下さい。理由は、ここの兵員がぎりぎりなので、とでも思っておいて下さい」


 少々含みのある言い方だが、そこを掘り下げても意味が無さそうに思えたので、次の質問をしよう。衛兵長は、そうすると10日くらいか、などと呟きながら早くも人員のやり繰りのことを考えているようだ。


「ところで報酬はどうなりますか?」


 イヌイからアシミヤまでの護衛も、衛兵業務と言われたらそれまでだが、確認は必要だ。


「報酬は傭兵組合の規定通り、往路だけ1日銀貨20枚です。現在の報酬もそのまま出しますので、帰路については何も出ません。良い条件だと思いますよ?」


 なるほど、確かに良い条件だ。どうしてそんなにお金をくれるのかは謎として。


「分かりました。精一杯務めます」


「それではスヴァンさん、7月1日になったらイヌイの傭兵組合で依頼の確認して、その後、11時までに領主屋敷へ行って下さい。衛兵長殿もそういうことで、よろしくお願いします。あ、ちなみに私めは、護衛に同行しません。ツチダに居ります」


「うむ」「はい」



 そんなやり取りがあり、7月1日の朝早く、武器防具類一式とツチダで使っているオダ家のリベリーを身に着けて――鉄兜と革頭巾は荷物の中だが――乗合馬車でイヌイに移動し、10時過ぎに傭兵組合のお兄さんから話を聞き終わったところだ。依頼内容については、あの執事から聞いた通りだったが、行きの護衛終了次第、その場で報酬を渡される手筈のため、イヌイに到着したら組合に一報を入れるだけで、通常の完了報告は必要ない、とのことだ。

 それにしても、受付のお兄さんは、もうお兄さんという歳でも無いと思うんだけど、全然老けない。結構年上なのだと思っていたけれど、意外と歳が近かったのか?


 傭兵組合に寄った後は、噴水広場から北西に向かう迷路のように入り組んだ緩い坂道を登り、領主屋敷に行く。何時か分からないが、11時の鐘は聞いていないから間に合っているはずだ。入口の門番に用件を伝えながら登録票を見せると、門の中にいる別の衛兵と何やら話をした後、「門の中に入って、手前の幌馬車の近くにいる護衛隊長に指示を仰げ。チュニックを着ているからすぐ分かる」と言って、門を通された。


 門番の言った通り、護衛隊長はすぐに見つかった。ツチダの衛兵長と同じチュニックを着ていた。


「傭兵組合のスヴァンです。閣下よりのご依頼で参上しました」


「うむ。12時頃には出発するが、君は、向こうのお屋敷に近い4頭立4輪馬車コーチの護衛をしてくれ。客車の中で閣下を護衛する役目だ。最初の休憩時に他の者と交代するように。ところで鉄兜は持っているかね?」


「はい、内飼袋に入ってます」


「よろしい。出発までには装着しておくように」


「は!分かりました」


 そうして革頭巾と鉄兜を被り、他の兵士と旅程の確認をしながら一緒に待機していると、お屋敷から例の筋骨隆々の厳つい閣下が出てきた。

 護衛隊長らに声をかけ、お供の老齢の執事がコーチのドアを開けると、閣下、執事、そしてオレが最後に乗り込んでバタンとドアを締める。それを確認した御者が馬に合図をしてソロソロと静かに出発した。

 護衛の兵士と荷物が詰まった、今まで見たことも無い6頭立ての幌馬車は、後ろから付いてくる。領主の護衛ともなると、兵士の数も多いんだな。


 さて、出発してから暫く経ったが、会話が無い。閣下も老齢の執事も、石のように固まっている。

 あ、そう言えば、まだ挨拶してなかった。革頭巾で顔は見せられないが、笑顔で挨拶しなければ。


「閣下、傭兵組合より派遣されたスヴァンです。ご依頼有難うございます。道中よろしくお願いいたします」


「あ、お前、スヴァンだったのか。よろしく。そう言えば聞きたいことがあるから、最初に中に入れてくれって言ってたんだった。すっかり忘れてた。スマンスマン」


 オレが挨拶をすると、閣下は半ば驚いたような顔をした後、照れ笑いをした。

 聞きたいことがあるのか?やはり奇妙な動物のことだろうか?

 そう思っていたが、閣下の質問は予想外のことだった。




「ところでお前、どれくらい覚えてる?」

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