第47話 オレ㉖
3月に赴任してから7か月。1ヶ月以上の依頼と言われていたものの、一向に終了の連絡は来ず、衛兵の仕事にもすっかり慣れて10月、秋になった。
若い代官は傭兵に興味があるらしく、短い時間だが、月に一度くらいはオレが経験した仕事のことを聞いてきた。特にオータフルスに興味があるらしく、拙いオレの話を何度か聞いては、いつか行ってみたい、と言うので、その時にはご指名で護衛依頼をお願いします、と返すのが定番のやり取りになっていた。
秋のある日、猟師が奇妙な生き物を仕留めたということで、代官が町長、執事、そしてオレを伴って、その奇妙な生き物とやらを見に行くことになった。以前に組合から連絡があった”異常な動物”のことかも知れない。お供のついでに、よく観察しておこう。
それは町の外、形ばかりの北門のすぐ近くで荷台に横たわっていた。見た目は完全に鹿だと思うのだが、大きさ以外にもどこか、はっきりとは分からないが違和感がある。内臓は既に処理されているようで、腹は開いていた。
代官が、仕留めた猟師にあれこれと質問をしつつ、たまに執事にも指示を出している。オレよりも10歳くらい年下のはずなのに、中々堂に入ってて大したものだ。
近くで町長と一緒に、代官と猟師のやり取りを聞いていたが、どうやら弓矢では仕留められないが、刃物でなら問題ないみたいだ。意味が分からないが、血がヘドロのようだったということと何か関係があるのかも知れない。
そう言えば、先ほど猟師が代官に促されて渡していた、青くて綺麗な丸い石も不気味だ。神紋があるとのことだったが、どうしてそんな物が動物の体内から出てくるのだろう。おかしなことだらけだ。
一通りの話が終わると、代官は猟師を町へと帰し、今度は町長に話しかけた。
「ところで町長もこいつを見るのは初めてかい?」
「私も初めて見ますな。閣下から聞いてはおりましたが、先ほどの猟師の話でますます気味が悪くなりました」
町長は大袈裟に身震いしながらそう答えた。
「スヴァンも初めてかい?」
「ええ、オレも初めて見ます」
「どう思う?」
「うーん、さっきの猟師の話だと矢で仕留められないみたいですから、しっかりと武装した兵士が対応するのが良いんじゃないですかね。出来るだけ近い距離で鉄砲を確実に急所に当てるか、難しいようだったらそれこそ槍とかハルバードで距離を取りながら肉を斬っていくか」
恐らく、穴を開ける武器では動きを止められないのだと思う。刃物が通るなら、体を動かす肉を斬るのが良いだろう。
「うん、そうだね、ボクもそれが良いと思う。では、町長」
「はい」
「奇妙な動物を見かけたら攻撃や挑発をせずに、すぐに衛兵に通報するよう、住民に布告してください」
「はい、畏まりました」
代官が対応を指示すると、町長は恭しく頭を下げて足早に去っていった。執事には近隣の農村への対応などを指示したようだ。
「スヴァンも、執事と一緒に衛兵たちの対策会議に参加よろしく」
「はい、分かりました」
翌日の朝、衛兵長、班長3名、執事、オレの6名で対策会議を行なったが、警備については特に増員等なく、奇妙な動物の連絡があり次第、待機班かそのときの警備班が対応することになった。罠にかかっているのならば暴れ終わるまで待つ、罠にかかっていない状態で発見されたものは、可能ならば森へ追い返すか、人里に近づく気配があれば、取り囲んで疲れさせてから仕留める方針だ。
他には、衛兵長から、鈍器で頭部を叩いて気絶させられるか試してほしい、と指示があったため、出動の際に必ず一人はメイスを携行することも決定した。
そのように対策を決定したが、その後、奇妙な動物と思われる動物の発見報告が11月に一度だけあったきりで、それ以降は何事も無い。そのときは待機班が出動したが、姿を確認できなかったとのことだ。
そのまま年が明け、このまま出てこなければ良いな、ところで依頼終了はいつになるんだろう?などと考えていた2月の中頃になって、罠にかかった異様に大きな猪がいるとの報告が10時ごろに入り、オレがいる警備班が対応することになった。
報告があったのは、随分前、見習いのときに熊を追い払う依頼で訪れた、徒歩で2時間ほどの村落だ。今回は徒歩ではなく、少し厚い鉄板を貼り付けた大きな盾を6人分とメイス1本を、追加で積んだ馬車で1時間少々かけて移動した。
村落へ着くと見覚えのある村長と猟師1名が出迎えてくれ、すぐに猟師の案内で罠の場所に向かう。時間が無くて村長と猟師に挨拶できなかったが、あの様子だとオレのことは覚えていないのだろうな。
「そろそろ見えてきます」
猟師に言われて少し離れたところから観察すると、なるほど、通常の1.5倍ほどはあろうかという巨大な猪が、左前脚をトラバサミに挟まれて悶えていた。時折、体を大きく揺さぶっているが抜け出せそうな気配は無い。
「よし、囲むぞ」
班長の指示で大盾を構えて、その猪を取り囲むと、途端に大人しくなってしまった。
「む?……スヴァン、こいつで頭を殴ってみろ」
班長は少し考えた後、オレにメイスを渡して、そう指示をした。正直、動物には突進されたり頭突きされたり、良い思い出は無いが、指示が出された以上、やるしかない、やるしかないんだ。
なんとか自分を奮い立たせ、左手で大盾を前に出し、右手にメイスを構えてじりじりと慎重に近づく。
じりじり、じりじり……、頼むから暴れるなよ……、じりじり、うわぁ!
「大丈夫か!スヴァン!」
班長が声をかけてくれた。猪が急に暴れ始めたから、驚いて尻もちをついてしまったが、問題はない。よっこらせと立ち上がって猪の様子を見ると、少し暴れた後は、また大人しく座っていた。
先ほど同じようにじりじりと横から慎重に近づき、メイスで頭を殴れる距離まで近づいたとき、大きな咆哮とともに左腕にもの凄い衝撃が走った。
「んが!」
猪がまたもや急に暴れ始めて体をぶつけてきたのだ。なんとか後ろに下がって距離を空ける。良かった、腕は何とも無さそうだ。大盾をよく見たら、体当たりされたと思われる箇所の木の板が折れ、表面の鉄板も派手に凹んでいた。これ以上は危険だと判断したオレは、班長の方を向いて頭の上で両腕を交差させて×を作り、元居た場所にすごすごと戻る。
「作戦変更。ハルバードと槍で切り刻むぞ」
班長がすぐさま別の指示を出した。6人で囲んで別方向から肉を斬って運動能力と体力を奪い、弱ったところで最後にハルバードを思い切り振り下ろして、首に致命傷を与えようという作戦だ。
近づくと危ないので、あまり深い傷は与えられないが、それでも傷が増えるたびに弱っていくのが分かる。前に聞いた通り、刃物は問題なく通っている。皮や肉が特別硬くなっていることはなさそうだ。それにしても、本当に血がどろどろしているな。
弱り果てて動きが鈍くなったところで、班長が猪の首めがけてハルバードを思い切り振り下ろし、この異常な猪をやっと仕留めることが出来た。
猟師にこの猪の血抜きと内臓の処理を頼み、代官屋敷に運び込むべく荷馬車に乗せた。内臓の処理の際に見つかった綺麗な玉は透明感のある茶色で、ジグザクした線と真っ直ぐな線が1本ずつあるエルデ神の神紋が見えるが、不思議なもので、神紋は表面とも玉の中とも言えないような場所にあるように感じた。
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