第479話 始まりの場所から俺たちはまた始める

「ここは……学校の屋上?」

「そうだ」


 俺たちがやってきたのは学校の屋上だった。


 シアはアルコールがきちんと抜けているらしく、さっきまでの甘えん坊モードから大分いつも通りの雰囲気に戻っている。


 ふぅ。全く世話が焼ける。誰だ。未成年が飲める場所にお酒を置いていたのは。見た目がジュースっぽかったから間違えただけだろうけど。


「なんでここに?」

「ここが俺とシアの関係が始まった場所だからだ」

「始まり?」


 ここに連れてきた理由を述べるとシアは首を傾げる。


「覚えてないか?ここで俺に鍛えてほしいって頼んできただろ?」


 シアが覚えていないことに少しショックを受けながらここで会ったことを説明した。


「覚えてるけど、スカートに頭を突っ込まれたのは?」


 いや、実際はここでの出来事は覚えていたけど、俺が入学式の時に学校前のまっすぐ伸びる道でシアと衝突してしまった所が出会いというか始まりじゃないのかということらしい。


 しかし、あの出会いは最悪で、あの後は冷ややかな視線を浴びることになったし、あまり好意的だったとは言えない。


 それを考えればとても始まりとは言えないだろう。


「ま、まぁ、あれも始まりと言えなくはないけど、それがあったせいで心象が悪くなったし、その時はあれ以上俺に関わろうとは思わなかっただろ?」


 別に嫌な顔をしている訳じゃないけど、当時のことを思い出して慌てて俺の考えを述べる。


「確かにそう」

「それで実際に少しの間、あまり関わりはなかった」

「ん」


 俺の考えを聞いて同意するシア。


「そしてその後色々あって俺が屋上に呼び出した時、シアが鍛えてほしいって言わなければ俺たちは一緒に行動することはなかっただろ?」

「そうかも」


 あの件がなければ、秘密がばれたくない俺は誰ともパーティなんて組むことはなかったはずだ。すべてはあそこから始まった。


「それがなかったら、俺はダンジョン探索部に所属することもなく、ずっと一人でダンジョンに潜っていたと思うし、実家に帰った時にキャンプをしようと思わなかっただろうし、ダンジョンも見つけることはなくて七海が覚醒することもなかっただろうし、天音や零と一緒に行動することもなかったはずだ」

「そんなことない」


 シアがいたからこそ俺一人ではしなかったであろう行動を起こし、その結果いろんな人と関わることになった。シアは否定するけど、彼女との出会いがなければ本当に灰色の高校生活を送っていてもおかしくなかったと俺は思う。


「そこまでは確かに言い過ぎかもしれない。でも、間違いなく俺が今こうして皆と楽しく過ごせているのは、シアが俺と一緒に行動してくれるようになったことが大きな要因に違いない。ありがとう」

「ん。照れる」


 面と向かって感謝されることに慣れていないらしく、俺からの感謝に少しだけモジモジとした動きをして頬もほんのりと赤くなる。


「最初は俺に鍛えてもらいたいなんて言ってたけど、実際は俺の方がもらうもの多くて感謝してもしきれない」


 確かに最初は俺が手伝うことでシアのレベルは上がったかもしれない。でも、途中からは自分で戦っていたし、俺はほとんど何もしてない。


 彼女自身の力でレベルを上げ、成長を遂げていった。


「ううん、私だって沢山もらった。一緒にダンジョンに潜って見守ってくれた。お父さんとお母さんも助けてくれた」

「あれはたまたまだ」

「それでも事実」

「まぁそれはそうだけどな……」


 俺の感謝に彼女も自分が貰ったものを普段長く話さないその言葉を使って真摯に俺に伝える。


 確かに彼女の言う通り、俺が彼女にしてあげられたこともあるんだろう。


「それはそれとして俺はシアに物凄く感謝している」

「私も」


 ただ、それは話の本筋からずれるので話を戻す。


「そして、それと同時にこれからもずっと一緒にいたいと思っている」

「結婚?」


 俺の言葉に首を傾げるシア。


「いや、覚えているか分からないけど、さっきも言ったように流石にそれは話が飛び過ぎだ」

「うん」

「……だからその前段階からお願いしたい。シア、好きだ。俺と付き合ってほしい」


 流石に過程をすっ飛ばして結婚という結論を出す勇気は今の俺にはない。でも、彼女が好きな事には間違いない。だから意を決して俺の思いの丈をシアにぶつけた。


「……」


 あれだけ俺にべったりだったから断られる可能性は低いとは思ってるけど、それでもそれは絶対じゃない。


 沈黙するシアに俺の鼓動はどんどん高まっていく。


 まさか……。


 俺の心の中で拒絶されるという恐怖が膨らむ。


「え?」


 しばらく待っていると、彼女の瞳から一筋の透明な液体が流れ落ちた。突然のことで俺は呆けた声を出してしまう。


「お、おい、どうした?」

「嬉しくて……」


 俺はアワアワと慌てて彼女の傍により尋ねたら、溢れ出る涙を拭くこともなく、上擦った声で短く答えた。


「そ、そうか」

「ん……私も大好き……よろしく」


 俺がホッとしたのもつかの間、彼女から正式な返事が返ってくる。


 その顔は涙に塗れていたけど、笑みを浮かべていてこんな時にも関わらず綺麗だと思ってしまった。


 俺たちは二人の始まりの場所から新しい関係を始まることになった。

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