第474話 デザートタイム

「さぁ、お待ちかね、ケーキの時間よ」

『わぁああああああああ!!』


 アンナさんがまるで舞台の緞帳のような布の前に立ってドヤ顔を決めると、女性陣が目をキラキラさせながら沸いた。


 まるで推しのアイドルのライブにでも来たかのような雰囲気を放っていて、俺とアキはモブとして遠目で眺めているしかできない。


―ドォルルルルルル……


 ドラムの音と共に室内の照明が暗くなる。ていうかドラム真さんが叩いてんじゃん。何やってんだろ、あの人。しかもめっちゃノリノリで叩いてる。物凄く楽しそうだ。真面目そうな人かと思ったら思った以上にお茶目な人なのかもしれない。


「それでは、クリスマスケーキの登場です!!」


―ドドドンッ


 アンナさんの合図とともに暗闇の中でミラがひもを引いたら、その緞帳が落下してクリスマスケーキが姿を現す。


 そこには色とりどりのホールケーキが淡く光を放つ木をモチーフにした枝状の台にいくつも乗せられていてお菓子の家にでも訪れたような気分になる。


『わぁああああああああ……』


 先ほどは完成のようにきゃぴきゃぴした声色だったが、室内の雰囲気と相まってさらにファンタジー感が強まり、今度の女性陣の声は驚きと戸惑い、そして感嘆を含んでいた。


 そのケーキの周りには白い煙が光に照らされてフヨフヨと浮かんでいる。


「冷たい?」


 流れてきた白い煙に触れると冷気を感じた。


「ええ、何もせずにここに置いていたら折角のケーキがダメになるでしょ?」

「そうですね」

「そこでダンジョンで手に入れた魔法を使ってこのケーキの近くを冷やしているのよ」


 俺の独り言を拾ったアンナさんがその冷たさの理由を説明してくれた。確かにそのまま放置しておくのは良くないな。


「それはともかく皆も待ちきれないみたいだから早速食べましょう」


 俺が女性陣の方を見ると、血走った目でケーキを見つめていた。


 これ以上我慢させるのは酷という物だろう。


「そうですね」

「それじゃあ、せっかくのケーキだから沢山食べてちょうだいね!!」

『はぁーい!!』


 俺がアンナさんの言葉に頷くと、彼女は皆の声を掛けてケーキを食べ始めることになった。


 女性陣はすぐさまケーキの傍に置いてあるケーキを盛り付ける用の皿とトングを取って、各々狙っているケーキの許に赴く。


「あっ。これちゃんと切れてるんだ」


 七海がケーキを持ち上げようとすると、きちんと切り分けてあったようだ。


「ワンホールでもよかった」


 しかし、シア的にはワンホールで食べたかったみたいだけどな。


 女性陣がある程度取り終わると、彼女たちはケーキに舌鼓を打ち始める。


「おいしーい!!」

「おいし」

「うまいわね!!」

「おいしいわ!!」


 パーティメンバー達は美味しそうにケーキを頬張っている。そろそろ俺達も取りにってもいい頃合いだろう。


「おい、アキ」

「……」


 反応がない。ただの屍のようだ。


「おい、アキ、いい加減戻ってこい」

「……」

「はぁ……」


 こいつはゲームから戻ってきてからずっとこの調子だ。よっぽど結婚を楽しみにしていたんだろうな。


「あ、美少女」

「え?どこどこどこどこ?」


 しかし、思い付きでまさか引っかかるとは思わない方法を獲ったら、あっさりひっかかった。


 アキはどこまで行ってもやっぱりアキだった。


「いくらでもいるだろ、あそこに」


 俺はケーキを喰ってる女性陣を視線で指し示す。


「うるせぇ!!お前のお手付きばかりじゃねぇか」

「失敬な。俺は誰一人として手を出してない」

「お前とほとんど一緒にいるんだから出しているようなもんだろ」

「横暴すぎんだろ。それにパーティメンバーはともかく、それ以外とはそんなに一緒にいないわ!!」


 アキの言い分に思いきりツッコミを入れた。


「うるせっ。俺は……俺は……綾香ちゃん……う、ううっ……」


 強がっていたアキだけど、また思い出したらしく、がっくりとうなだれてさめざめと泣き始めてしまった。


「ほら……とりあえず甘い物でも食って元気だそうぜ」

「そうだな……」


 俺はアキの肩を叩いてケーキの場所に連れていく。


 さて、何を食べようか。


 まぁ食べられるだけ食べよう。探索者になって以来食べられる量が増えた。勿論食べなくても問題ない。それにいくら食べても太らなくなった。


 それを女性陣に行ったら滅茶苦茶羨ましがられた。彼女たちもそう変わらないと思うんだけど、女性は体重が増えやすいのかもしれない。


 俺はとりあえず、全種類一つずつ食べるために複数の皿をもってすべてのケーキを制覇してさらに乗せ、近くにあるテーブルに座っているアキの前に腰を下ろして食べ始める。


「うっま!!」


 アキがケーキを食べた瞬間、目を見開いて声を漏らした。


「うっま!!」


 俺も口に含んだら同じ感想を呟く。


「「……」」


 俺たちはお互いの顔を見合わせてしばらく見つめあう。そしてどちらともなく次のケーキに手を付け、ガツガツと食べ始めた。


「あぁ~、美味かった……」

「本当にな……」


 俺たちはあまりにも美味いケーキに満足げに腹を撫でて背もたれに体重をかける。


 どうやらアキの機嫌も大分戻ってきたみたいだ。やっぱり美味い物は正義だな。


「よし」


 俺は再びケーキを取りに行って食べ始めた。

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