第467話 変えられない過去と彼女達のいない未来
『これより人生の追体験を開始します』
「あ……」
アトラの声が空間内に反響した瞬間、突然俺の意識が闇に落ちた。
「ん……んん……ここは?」
俺が目を覚ますと、そこには誰かの顔があった。どこか見覚えのある顔だけど、俺の中にあるイメージよりも格段に若い。
「あなた、この子が普人ですよ」
「君に似てとても可愛らしいね」
見覚えのある女性がどこかに向かって声を掛ける。そこには平凡な俺をさらに整えたような容姿の男が柔らかい笑みを浮かべて立っていた。
そうか。俺が見覚えのあるこの女性は多分母さんだ。そして母さんの斜め前にいる男は父さんか。どちらも俺の記憶にいる二人よりも若いな。
それに二人がかなり大きく見えることと、さっきの台詞を聞く限り、俺は赤ちゃんになってしまったということか。
とは言え、父さんの方がそんなに変わらないか。俺が小学生の頃には行方不明になったから、最後に記憶に残っている父さんの姿は、今の母さんよりもずっと若かったし。
「いえいえ、あなたに似て将来女の子にモテそうね」
父さんに向かって笑う母さん。とても幸せそうだ。しかし、その幸せも数年後には失われてしまう。
……というか、いったいこれはどういう事だ?
追体験というのは、つまり選択した職業になるまでの人生をもう一度赤ちゃんから体験することになるというのか!?
俺はとんでもないゲームを始めてしまったと後悔した。
それにしてもFランク探索者になった人間の人生の追体験のはずなのに、まるっきり俺の人生のやり直しだ。
しかもこれはあくまで追体験。親父を助けることも何もできない。俺の体も自由には動かない。ただ、勝手に動くこの体の中から今までの人生を見ているだけの傀儡のような状態だ。
それから案の定、俺の予想通りに進んでいった。
俺は病院から退院し、東北の実家で暮らし始め、そこで母が父のダンジョン探索を見送る日々を眺めることになった。今改めて見返すと、母さんは父さんがダンジョン探索に行くたびに寂しそうな顔をしていんだと分かる。
ただ、今までの十六年間全てを体験するというよりは、重要な場面やイベントごとを中心にその前後の日常をある程度を強制的に経験することになった。
そこには七海が生まれたり、俺が幼稚園児になったり、小学生になったり、七海が幼稚園児になったり、色んなイベントが含まれていたが、何故か父さんが死んだ時の場面は追体験させられることはなかった。
これはあくまでゲームであり楽しむための者だから辛い部分までは再現しなかったのか、それとも何かしらの意図があったのかは分からない。ただ、母さんの絶望に染まった顔と七海が泣き叫ぶ顔は二度と見たくはなかったので本当に良かったと思う。
ただ、父さんが最後のダンジョン探索に向かう際の出来事が再現された。
「普人。お前は将来凄い奴になるだろう。だから瞳と七海を守ってやれ」
父さんは玄関で俺の頭を撫でてそう言ったことを思い出した。
俺はその時、「凄い奴になれなくても絶対に守って見せる」そう答えたかったが、幼い俺がそんなことを言うことはなく、首を傾げるばかりだったが、父さんのその瞳は何故か俺を捉えていた気がする。
ただ、父さんは凄い奴になると言っていたけど、俺はようやくBランクモンスターを倒せるようになった程度の探索者だ。父さんみたいに凄い探索者にはなれていない。
一体どんなつもりであんなことを言ったのか気になったが、父さんは何も言わずにそのまま旅立ってしまった。その後、帰ってこなかった時にイベントはスキップされ、ようやく七海と母さんが元気を取り戻した後から追体験は再開された。
そして零に探索者適性を見てもらう前までは全く自分の人生を追体験することになった俺だけど、そこで零に適性検査を受けた俺は、なぜかステータスもレベルもスキルもあって普通の探索者と同じだった。
ただ、違うのは熟練度が存在しないことだ。どこをどう見ても熟練度という項目は見当たらなかった。そして、追体験している俺が、初めてFランクダンジョンに入ると、グミックに遭遇した俺は、グミックを倒すのに物凄く苦労していた。
俺自身が体を動かせないからもどかしい事この上ない。その上、Fランクダンジョンを踏破する前に高校に入学することになった。
Fランク探索者と同じように目覚めていた俺は、特に緊張することもなく高校デビューに成功し、他の探索者達と同じようにパーティを組んで普通に仲良くなり、クラスでも陽キャの輪の中に入って普通に探索者していた。
しかも当の俺が物凄く楽しそうにしている。
そこにはシアも天音も零もノエルも居なくて、アキとも仲良くなっておらず、七海も探索者として目覚めることのない生活があった。
それはあまりにゾッとする話だ。もしかしたら俺にステータスがあったらとしたらこういう未来がやってきていたというのか。
これはこれで楽しいのだと思う。
でも、俺は絶対に今一緒にいてくれるシア達との生活を失う未来なんて考えられない。
嫌だ!!
俺がそう強く思うと、意識がまた真っ暗になった。
『追体験を終了します』
アトラの声が酷く耳に残って離れなかった。
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