第412話 終息(第三者視点)

 とても広く、落ち着いた調度品で整えられた一室。


「くそっ!!もうどうにもならん!!」


 もうすぐ夜明けという時間帯に、執務机に座る内閣総理大臣である中津川が机をたたく。


「国内生産もすぐに上がるわけではないですからね」

「分かっておるが、これ以上どうしようもない」


 中津川はやれるだけの対応を行ったが、物流が回復する見込みがなく、国内での物資の生産が早くなるでもないため、物価の上昇はどうあっても避けられず、もはや平均収入程度の家庭が生活もままならなくなるほどに物価が高騰してきた。


 それだけでなく、直接被害があったわけではないが、モンスターが目に見える形でダンジョン外に常時存在している姿は、単純に国民の不安と恐怖を煽ることになり、政府に対する批判も増えることとなった。


「ああ……どこかにこの状況を打破してくれるヒーローでもいないものか……」

「ははははっ……。本当ですね」


 もはや何をやってもダメとなると、神頼みもしたくなる。


―ドンドンドンッ


 お手上げのお通夜状態になっている室内に、乱暴に扉をたたく音が響き渡る。


「こんな時にいったい誰でしょう」

「まぁいい。いれてやれ」

「はっ」


 困惑顔の部下に指示を出して、そのノックの主を出迎えさせる。


「首相!!」

「いったいどうした?」

「テレビを……はぁ……テレビを見てください……はぁ……」


 扉を開けるなり室内に飛び込んできたのは若い部下で、息を切らせて中津川にテレビをつけるように言う。


「なんだと?」

『今日未明空のモンスターが消えていることが判明しました。詳細は不明ですが、我々もいつものように空を見上げたら、モンスターがいなくなっていることに気付きました。これは世界各地で観測されている模様です。……』


 中津川の疑問などお構いなしに元々室内にいた部下がテレビを点けると、ニュースが報道されており、その内容は信じられないものであった。


―プルルルルルッ


「はい、こちら中津川だが?」


 テレビで空の状況を知ると同時に、中津川のスマホがなり、電話に出る。


「ふむ。そうか。なんだと!?」


 電話越しにもたらされた情報に驚愕して声を荒げてガバッと立ち上がった。


―ピッ


 中津川は一通りの報告を聞き終えると通話を切ってスマホを放り投げる。


「どうかされましたか?」

「空の観測を任せていた機関からの連絡だ。自分たちもわからないうちにモンスターが消えていただと!?いったい何を観測していたんだ!?報道と変わらんではないか!!」

「まぁまぁ。落ち着いてください。いいことではありませんか」


 部下が尋ねると、観測所からの連絡の遅さに中津川は憤慨するが、部下にたしなめられた。


 観測所も夜の間はそれほど監視を徹底していたわけではないので、モンスターがいなくなっていることに気付くのが遅れてしまったのである。


「はぁ……それもそうだな」


 怒鳴っていても始まらないと、立ち上がっていた中津川はその優しく体をささえてくれそうな高級な執務椅子に腰を下ろして背を預けた。


「しかし、これは朗報ですね。これが本当なら貿易も再開できます」

「そうだな。ただ、本当に消えたのかどうかには観察が必要だ。すぐにとも行くまい。もちろんできるだけ早く再開を目指すがな」


 ニュースと観測所からの報告を受けて部下はうれしそうな顔をするが、中津川はまだ予断を許さないと渋い顔のままだ。


「そうですね。これで株価の暴落や円安に歯止めがかかってくれるといいんですけど」


 空路の断絶は当然のように株価や為替にも影響を与えていた。交易が回復する見込みがあるのなら、こちらも元に戻っていくことが予想される。


「ああ。とにかく今やるべきは空の調査だ。すぐに手配してくれ。君もありがとう。下がってくれていいぞ」

『はっ』


 中津川が部下に指示を出し、空の報道を教えてくれた若い部下に対して下がるように指示を出すと、部下たちは執務室からバタバタと出て行って、各々の仕事へともどていった。


「はぁ……一時はどうなるかと思ったが、神の思し召しかわからないが、本当に助かった」


 中津川は椅子のリクライニングを思いきり倒して目を瞑って呟く。


―ピロリロリンッ


 そんな中津川のスマホが再び鳴った。


「いったい誰だ?こんな時に……これは!?」


 中津川が起き上がってスマホを取り、ロックを解除して通知の元を開くと、そこには夜の間に雲をせん滅したという内容に報告書が送り付けられていた。


 またご丁寧に動画付きであり、積乱雲が消滅する瞬間が捉えられている。


「こんなにも異常な事態が起こっていたのに、なんで観測所は捉えられなかったんだ……まぁいい。これでほぼ空の状況は改善したということは分かった。あとは交易再開に向けて動くだけだ……それにしても、いったいこの者たちはどこの誰なんだろうな……。アビスレディか……ネーミングセンスはいまいちだが、我らにとっては紛れもなく神の使いだ。感謝しかないな」


 椅子に座っていた中津川は独り言ちながら外から差し込んできた光に、窓のカーテンを開けると、ちょうど日が昇る頃。


 太陽が顔を出して、世界に色づく光景は、まさにこれからの世界を祝福しているかのようであった。

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