第376話 叱責(第三者視点)
―コンコンコンッ
質の良い調度品でまとめられ、落ち着いた雰囲気のある一室にノックの音が響き渡る。
「入れ」
威厳を感じさせる声で部屋の主が入室の許可を出した。
「し、失礼します」
ドアを開け、消え入るような小さな声で入ってきたのは小柄でオドオドとした仕草をしている女の子。
傍から見れば中学生にも間違われそうな彼女は、普人の寮の同期生である東雲凛であった。
「聞こえない。もっと大きな声ではっきりと話せ」
しかし余りの声の小ささにほとんど聞き取れなかったため、書いていた書類の手を止め、その厳つい顔を上げて凛を睨み付けながら命令するのは東雲道元。
凛の祖父であった。
「ひぅ。し、失礼します!!」
凛はビクリと体を震わせ、涙目になりながらも自分が出来る限りの声を張って再度入室の挨拶をした。
「こんな当たり前のことさえ出来ぬとは……。はぁ……まぁよかろう」
その言葉に凛は俯いてブルブルと体を震わせて怯える。
二人の関係は明らかに一般的な祖父と孫のような生易しいものではないことが今のやり取りから簡単にうかがい知ることが出来る。
「ここに呼び出した理由は分かっておるだろうな?」
「……」
道元は路傍の石でも見るような眼で凛に問いかける。しかし、凛は俯いたまま服の裾を握りしめて沈黙したままだ。
「聞いておるのか!!」
「~!?」
すぐに答えない凛をカッと目を見開いて怒鳴りつける道元。その剣幕にさらに委縮してしまう凛。
「黙るな!!すぐに答えろ!!」
イライラしてさらに喚き散らす道元。
「ひっ……。佐藤普人君への接触に……ひっくっ……関する進捗の報告のためです……ひっくっ」
凛は恐怖で身がすくんで完全に涙を流しながら返事をする。
―ダンッ
「だからもっとはっきりとしゃべれと言っておろうが!!」
しかし、せっかくなんとか答えても道元の気持ちを逆なでしていしまい、更なる怒りを呼ぶ。道元が立ち上がり、机に拳が叩きつけられて罅が入った。
「ひっ。ひぃいいいい!?」
そのあまりの荒ぶりように凛は思わず蹲って頭を抱えて体をブルブルと震わせた。まるで肉食動物から怯えて隠れる小さな草食動物のようだ。
「はぁ……一体なぜこのような出来損ないが、武の一門である我が東雲家に生まれたのか。全く持って理解できん」
目の前で臆病に体を震わせる凛を汚らしいものでもみるかのように蔑んだ瞳で見くだす。
「今までは役に立つこともあろうかと生かしておいたが、そろそろこんな役立たずをいらんな」
「~~!?」
なんの成果も出せず、怯えてばかりで何もせずに生きている目の前の存在を道元はそろそろ容認できなくなってきていた。
それを感じ取った凛は顔をガバリと上げる。
そこには更なる絶望が彩られていた。
「いいか、死にたくないならサッサと報告しろ」
「は、はひ……。他の勢力の動きが激しく、近づけておりません……」
そこに本気を悟った凛は、なんとか生き延びるため、必死で報告の言葉を紡ぐ。
「ふむ。やはりか」
「え?」
当然そんなことを報告すれば、先程以上の叱責が待っていると考えていた凛は、道元のアッサリとした反応に、面食らって鳩が豆鉄砲を食ったような表情になった。
「いやなに、お前は余程死にたいのだと思ってな。望みどおりにしてやろうと思ったまでだ」
ニコリと口端を吊り上げる道元。
その眼が一切笑っておらず、あっさりとした反応だったのは、怒りを通り越して呆れてしまい、目の前の役立たずを処理することを決めただけであった。
「ひっ」
怯えて後ずさる凛。
「何、一瞬で終わる。安心していくがいい」
道元は椅子から立ち上がり、机を迂回して凛の許へとやってくる。
「助け……」
凛はその威圧感に腰を抜かし、必死に後ずさるが、身体が思うように動かずに道元に徐々に追いつめられていく。
「この東雲家の恥さらしがっ!!」
道元が自身の格闘術の射程距離に凛を捉えると、拳を振り上げて凛に振り下ろそうとした。
―コンコンコンッ
しかし、その時間一髪の所で扉をノックする音が響き渡った。
「ひゅ~……ひゅ~……」
涙の痕がハッキリとわかる程泣き濡らした凛の目と鼻の先で拳が止まる。凛の心臓はドクドクドクドクと凄まじい速さで鼓動を繰り返し、凛は虫の息といった呼吸をしている。
「誰だ?」
道元は構えを解いて室外の人物に問う。
「私でございます」
「谷か。何か用か?」
部屋の外にやってきたのは部下の谷。道元は再び用件を尋ねた。
「そろそろ会議のお時間です」
「そうか……はぁ。すぐに行く」
道元は今日は避けられない会議があることを思い出し、気持ちを落ち着けてから谷に返事をする。
「承知しました。お待ちしております」
谷はそのまま部屋から離れて行った。
「いいか?次に呼ばれるまでに成果を出せ?さもなくば……わかったな?」
襟を正してから這いつくばる凛に向かって恫喝する道元。その言葉に凛は無言で首をガクガクと縦に振る。
「それとその粗相も片付けておけ」
道元は凛の下の床を確認して付け加えると、部屋から出て行った。
「このままじゃ殺されちゃう……どうにかしなきゃ……」
凛は恐怖から解放されたと同時に、体をブルブルと震わせ、このままでは自身の命が危ういことを理解した。
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