第365話 困惑

 零が手続きに行ってしまった後、俺達は夕食を食べた。シア・天音が今日の当番なので、ラックが一緒に付いていき、俺は週末なので家に泊まることにした。


「今日こそはお兄ちゃんと寝るんだからね!!」

「はいはい、分かった分かった」


 最近兄離れさせるために、あまり一緒に寝てなかったのだけど、目が血走り、鬼気迫る雰囲気を纏っていたので諦めて承諾して頭を撫でた。


「んふー、お兄ちゃんのにほい、久しぶり〜!!スーハー、スーハー、クンカクンカ」


 七海は寝る際に俺に抱きついて俺の体に顔をぐりぐり押し付けてテンションを上げていた。


 全く俺が好き過ぎるのもどうかと思う。

 しかし、俺自身は嬉しいからこれ以上何も言わないけどな。

 でも本当に将来大丈夫なんだろうか。


 俺は心配しながらも強く拒むことができない、妹大好きな自分を呪いながら意識を落とした。


 あくる日。


「朝か……」

「おにいちゃん……むにゃむにゃ……」

 

 目を覚ますと七海が物凄い体勢で寝ていて、半分俺の体の上に乗っかっていた。


 相変わらず凄い寝相だ。


 俺は七海を起こさないように七海の下から体を抜いて彼女をきちんと寝かせて布団を掛けて部屋を出た。


「ウォンッ」


 ラックが現れる。


 どうやら俺と七海の睡眠を邪魔しないように控えていたみたいだ。どこまでも俺たちの事を考えてくれる可愛い奴だ。


「おはよう普人。ラックちゃんも」


 リビングには母さんがすでに起きていて俺達を目にして挨拶をしてくる。


「母さん、おはよう」

「ウォンッ」


 俺とラックも挨拶を返し、俺は椅子に腰掛け、ラックは床に座る。俺がこの時間に起きてくることを見越して既に料理が準備されていた。


「はい、ラックちゃんの分ね」

「ウォンッ」


 すぐにラックの分の食事も用意してくれた母さん。ラックは犬であって犬ではないので何を与えてもオッケーだから俺たちと同じものを食べている。


 母さんも自分の分を用意して席に腰を下ろす。


『いただきます』


 俺と母さんが食事の挨拶して食べ始めた。


「普人、今日は何をするの?」


 ご飯を食べ終わり、お茶を飲みながら母さんが俺に問いかける。


「探索者協会から受けた依頼をこなすだけだよ。リストも結構減ってきたし」


 新藤さんから受けた依頼のリストに載っていた行方不明者の半数以上をすでに救助している。


「お前ら、何がなんでも助けるスピード早すぎ!!」


 とは、新藤さんの言葉だ。


 ここ一週間程で助けた人数としては異常らしい。


 それも当然だよな。世界中のリアルタイムの情報を集めることが出来、その中から必要なものを判別して、俺達に伝えられる存在がそばにいるんだからな。


 ラックのことを知らない新藤さんには何も言えないけど。


「そう。最近夜も働いてるみたいだし、無理しないようにね」

「わかってるって」


 俺は心配そうに眉を寄せた母さんに注意を受けながら朝の時間を過ごした。


「確かにちょっと気負いすぎていたかもな……」


 リビングから部屋に戻る途中で母さんの顔を思い出して呟く。


 誰も死なせたくないと思っていたけど、それは土台無理な話だ。なぜなら俺達の腕の長さには限界がある。


 それにもかかわらず、ラックという力を得て自分ならなんとか出来ると勘違いした、いや、調子に乗っていたのかもしれない。


 実際ラックが協力してくれればなんとかなりそうな所が、自分ならできると思った要因だと思う。


「クゥン?」


 考え事をしていたら、以前のようにまた顔を覗きこまれてしまった。


「いや悪いなラック。大丈夫だ。ちょっと焦り過ぎていたみたいだ」

「ウォンッ」

「ありがとな」


 ラックの頭を撫でると、ラックはもっと頼って欲しいと鳴いた。


―ピンポーンッ


「あ、誰か来たみたいだ。母さん俺が出るよ!!……結構朝早いけど誰だろう」


 時間的には七時過ぎくらい。誰かが来るには早い。


 丁度玄関の近くにいた俺が出ることにして、母さんに声をかけて玄関の入り口を開けて出る。


「あ、佐藤君。おはよう」


 外に立っていたのは零だった。


「う、うん、おはよう。滅茶苦茶朝早いけど、どうしたの?」


 予想外の人物の予想外のテンションに俺は狼狽えながら用件を尋ねる。


「ええ。佐藤君が考えたアビスガーディアンって名前なんだけど、登録されてなかったわ!!だからそのまま会社として立ち上げてきたのよ!!」


 ぐいっと俺に詰め寄るように体を近づけて鼻息荒く嬉しそうに話した。顔が予想以上に近くてドギマギする。


「ま、まぁ、ちょっと落ち着いて……」

「これが落ち着いて居られると思うの!?こんなにも素晴らしい名前がまだ誰にも付けられていなかった幸運がどれ程のことか佐藤君には分からないの!?」


 俺が近すぎる零の肩を押さえて俺から話そうとすると、零が俺の手をどかして俺の肩を逆につかんでガクガクと揺らす。


 普段の零からは考えられない姿だ。


「そ、そうか。それは確かに運が良かったな?」

「そう!!そうなのよ!!とんでもなく運が良い事なの!!」


 俺が揺らされながらも同意すると、ようやく俺を解放して、俺にビシリと指を突きつけながら言い聞かせる零。


「俺は昔から運だけは良かったからな」

「はぁ……そうなのね、佐藤君の運に救われたのかしら。これから私はアビスガーディアンと名乗ることが出来る幸せを毎日かみしめることが出来るわぁ」


 俺が肩を竦めると、零はウットリした表情をしてどこか遠くを見つめた。


 大丈夫なのか、これ……。


 俺は少し不安になった。


「あ、そうだ。ちょっと上がっていくか?」

「いいえ!!ちょっと報告したかっただけだから!!これから色々しなければならないことがあるからこのまま失礼するわね!!それじゃあまた!!」


 俺はふと玄関先で話していることを思い出して零を家の中に通すように空間を開けたんだけど、零はそのまま早口で今日来た目的を達したと言い残し、去っていった。


 報告ならメッセージで良かったのでは?

 いや、直接報告したいほどテンション上がっていたんだろうなぁ……。


 それにしても会社できるの早すぎない?


 俺のそんな疑問を解消する相手はすでに存在せず、疑念は露となって消えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る