第355話 決定済みのシナリオ

「間に合ってよかったね」

「ああ、そうだな」


 俺達は一旦調査していた場所に戻り、そこから探索者を病院に連れて行った後で探索者組合を目指す。


 七海の言う通り、今回はギリギリのところで間に合ったから良かったものの、あと一歩遅ければあの探索者の男性は殺されていたかもしれない。


「やっぱり組合を間に挟むと、対応が遅れるわね」

「まぁな。ただ、協会から情報を貰うまで俺たちも分からないしな。そのせいで、もしかしたら対応が遅れて取り返しのつかないことになっている場合も考えられるよな」


 天音の言葉に俺も同意する。


 どうしたって現状では行方不明になっているとか、ダンジョンから戻らないとか、そういう訴えがあって初めて俺達が動くことができる。


 しかし、その後でどれだけ急いで捜査したり、調査したりしても、その情報を掴んだ時にはすでに手遅れになっている可能性も考えられるわけだ。


情報を掴むことができるなら勝手に動いてもいいかもしれないわね」

「確かに。俺達にはその手段がある」


 返事をする天音。確かに俺達にはそういうギリギリの事態になる前に情報を得ることが出来る手段があった。


 俺はその手段に視線を向ける。


「ウォン?」


 可愛く首を傾げる俺達のペット。勿論ラックの影魔達の事だ。


 ラックの影魔は現在も数を増やしていて、全世界に行けない所はほぼないと言うほどまで広がりつつあった。


 それを使えば、ダンジョン内の監視システムの構築はたやすいはずだ。世界中のダンジョンを監視していれば、最悪の事態になる前にラックの影魔によって守ることが出来る。


 それは確かに理想的な状態であった。


 うちの父さんもダンジョンに行ったきり戻ってこなかった。


 かなり念入りに準備をして、万全に万全を期しての未踏破ダンジョンの長期探索。見立ててでは父さんたちなら全く問題ないと言われていた。


 しかし、数カ月して戻って来たのは父さん以外のパーティメンバーだけ。


 あの時は母さんも妹も本当に悲しい思いをしていた。パーティメンバーは何も語らず、母さんは問い詰めたい気持ちはあったはずだけど、歯を食いしばって堪えていたのを今でも覚えている。


 勿論俺もまさかあの飄々としていた父さんが帰ってこないわけがないと高を括っていた。しかし、どれだけ待っても父さんが「よぉ」といつもの笑顔で帰ってくることはなかった。あの時は本当に悲しかった。


 あんな思いをする人間はこれ以上増えなくていい。俺達でそれを止められるならぜひともやりたいところだ。


「いっそのことそういう組織を作っちゃえばいいと思うわ。個人じゃ体裁が悪い場面も出てくるだろうし」

「それも悪くないな」


 俺は天音の提案にボーっと考えながら頷く。


「言質、とったわよ?」

「え!?ガチなのか?」


 天音は俺の返事を聞き、顔を覗き込むようにしてニヤリと口端を吊り上げる。俺はまさかそんなに急にだと思わず驚いて声を荒げてしまった。


「そりゃあ、そうでしょ。まさか冗談だとでも?」


 呆れたように聞き返す天音。


 それもそうか。確かに思いついたが吉日というし、今日を逃したら次やろうと思うのはいつになるのか分からないな。


 この際だ。やってみるか。


 俺は覚悟を決めた。


「いや、そうだな。作るか」

「分かったわ。ということで零?」


 俺がしみじみと呟くと、まるで予定調和かのように天音が零に話を振る。


「ええ、手続きは任せてちょうだい」

「なんだなんだ、随分準備がいいな」


 零もニッコリと頷いて請け負うので、俺は面食らった。


「元々そういう組織があった方がいいと思っていたのよ。普人君がその気なら渡りに船だわ」


 零が面白いものをみるような顔で俺を見ながら話を続ける。


 いや、それだとまるで俺が代表になるみたいじゃないか?


「まさか俺が代表になるとか言わないよな?そういうのは零がやったほうが良いだろ?」


 俺は外部との交渉なんかできないし、営業とかもできない。出来るのは戦うことくらいだ。そんな俺が代表をやるなんてありえないだろ。


「何を言っているのお兄ちゃん。代表っていうのは組織の顔だよ?それが女性だと舐められたり、雑に扱われるかもしれないでしょ。だから、男の方がいい決まってるじゃん」


 しかし、七海はそんな俺の気持ちを知ってか知らずか、反論しにくいことを言ってくる。


 確かに未だにそういう風潮はある。七海の言っていることは正しい。


「そうね。実務や運営は主に私が請け負うからそれでどうかしら?」


 さも七海にそう言わせることが最初から決まっていたようなタイミングで、零がお飾りでいいと提案してくる。


「はぁ~……わかった分かった。それでいいよ」


 俺はもうこれは覆せない流れだと理解して両手を挙げて降参し、代表になることを承諾した。


「さっすが私のお兄ちゃん!!分かってるじゃん!!」

「はいはい。やればいいんでしょ、やれば」


 七海が嬉しそうに抱き着いてくる。俺は歩きながら、呆れるように七海をポンポンと撫でる。


「なんだか押し付けるみたいになってしまったごめんなさいね」

「いや、いいよ。俺にとってもやりたいことだったし。俺が代表をやることで丸く収まるならそれでいい」

「ありがとう」


 俺達はそんな話をしている内に探索者組合の豊島支部に辿り着くのであった。

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