第330話 復活(第三者視点)

 誰もいない一室で一人の生物、と呼べるのかは分からないが、人の形をした黒いもやがパソコンのモニターのような物と対峙していた。


 そのモニターは触手を寄り集めて大樹をかたどった物体の根本に埋まっていて、そのモニターの下にはキーボードに相当する部分がある。


「おお!!ついに」


 その靄はモニターに現れた文字を見て、のっぺらぼうの顔にある口が自然と吊り上がり、喜色を浮かべているのがありありと分かる。


 それもそのはず。


『システムが正常化しました。通常運転に移行します』


 モニターにそう書かれていたからだ。


 数か月前に自身のミス―原因はそれだけではないが―で、負担を掛け過ぎたせいでダンジョンシステムがオーバーヒートを起こし、最低限の機能以外はダウンしてしまっていた。


 それが正常化し、通常通りに稼働するようになった。


 ダウン中は、元々行われていた適度なスタンピードもダンジョンリバースも起こらず、地球の魔力濃度をほとんど高めることも出来なかったし、魔界側の手勢を送り込むことも出来なかった。


 ようやく地球侵略を再開できるとなれば、その喜びは一入ひとしおだろう。


 それに休眠期間中に、どんどん高まる上司から圧力。それから解放されると考えれば、靄の喜びようも分かるというものだ。


「それでは、早速、現在の状態を確認しなければいけませんね」


―カタカタカタカタカタッ


 靄はキーボードのようなものを操作して、現在の地球のダンジョンの状態や設定の確認を行う。


「これは……完全に初期化されてしまっていますね……。はぁ……原状復帰に時間がかかりそうです」


 靄がダンジョンの状態を確認すると、設定が初期化されてしまっていた。


 侵略しながら調整していた部分が軒並みまっさらな状態になっているので、これから何日かかるか分からないが、早急に復旧する必要がある。


 そうしなければ、待っているのは今度こそDEATH


 靄としては死にたくはないので必死に設定をやり直すしかない。


「今の魔力濃度までくれば、それほど急がずとも早晩魔力濃度がこの魔界の最低水準に到達しますから、スタンピードやダンジョンリバースはそれほど起こさなくてもいいでしょう。またオーバーヒートなどが起こってしまっても困りますしね。それにないかとは思いますが、一度オーバーヒートしたせいでどこかおかしくなっている可能性もあります。慎重に少し控えめな設定にしておきましょう」


 彼は地球の状態を確認した上で、一番効率よく、かつ出来るだけシステムに負担をかけない形で地球上のダンジョンの設定を書き換えていく。そのスピードは人間では到底出せない程に早く、画面内の特殊な言語が流れるように書き加えられていった。


 作業が進むにつれて触手が寄り集まった大樹の様な物体の隙間から紫色の燐光が徐々に溢れだし、本格的な稼働が始まったことを告げる。


「再稼働も問題ないようですね。それではこのまま作業を進めましょう」


 その光に気付いた靄は安堵して軽く微笑みを浮かべた後、再び作業に戻った。


―カタカタカタカタカタカタタンッ


 小気味のいい音が切りよく終わりをつげる。


「ようやく全設定が完了しましたね。流石に疲れました」


 それから七日七晩不眠不休で作業を続けた結果、黒い靄地球に関するダンジョンシステムの設定を終えた。


 人とは違い、魔族である黒い靄は肉体的に何日続けて働こうが、何しようが、疲れるという概念はないのだが、人格というものが彼にも存在しているがゆえに、精神的な疲労は存在する。


 流石に最上級の存在である黒い靄も一週間ぶっ通しでの作業は疲れるのだ。


「稼働状態も問題なさそうですし、ここまでやれば、前回の報告通り、数カ月以内に我々もあちらで活動できるようになるでしょう。それでは一度休みましょうか」


 靄は触手大樹を見上げ、淡い燐光を放ち、静かに稼働している状態を確認すると、正常に運用できるようになったことに安堵して休もうと考えた。


「順調か?」


 しかし、その時、後ろから不意に声がかかる。


「これはこれは、まさかこちらにいらっしゃるとは……」

「そういう前置きはいい。実際はどうなのだ?」


 声の主は黒い靄の主人。


 彼は今か今かとダンジョンシステムの復帰を待っていたため、なかなか報告に来ない靄に焦れて自ら赴いた所である。


 靄は心臓が飛び出しそうになる程に驚いたが、すぐに佇まいを正して、頭を垂れようとするが、主人に止められ、報告を促された。


「は、はい。丁度今作業が終わった所でして、念の為、再びオーバーヒートしたり、その他の不具合が起こる可能性を鑑みて慎重な設定にしております。しかし、安心してください。以前ご報告した通り、数ヶ月以内に魔力濃度も規定値に達する見込みです。近くなりましたらご報告いたします」

「おお!!おお!!ついに復活したか!!これまでの数百年に比べれば数ヶ月など微々たるものだ!!それに我々の悲願と、あの我々の計画を悉く邪魔をするサトツへと復讐が叶うとなれば、その程度待つことなど瑣末なこと。きちんと準備を進めるのだ」


 靄からの報告を受け、その有り余る魔力を迸らせて喜ぶ主人。


「はっ!!」

「うむ、どうやら今度こそ貴様の命も諦め時のようだぞ?サトツ?」


 そのまま地球侵攻の準備を進めるように指示を出し、返事を聞いた主人は、別の世界にいる憎き敵に向かって、一人呟くのであった。




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いつもお読みいただきありがとうございます。

カクコン用の新作を公開しております。


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どうぞよろしくお願いいたします。

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