第320話 眠り姫の目を覚ますのは
「え?あ?は!?し、死ぬ?一体なんで!?」
零の言葉に俺は驚いて口が上手く動かない。
「落ち着いて。エリクサー飲ませれば大丈夫よ。ただ、おかしいとは思ってたけど、この子体が異常に衰弱してるわ。本来少しずつ回復していく魔力も枯渇したままだし。私はこれと似たような症状を以前見たことがあるわ。これは魔力が枯渇した時、生命力を魔力に変換することで魔法を使えるようにする生命力変換という珍しいスキルを酷使した場合の症状にとてもよく似ているの。おそらくそのスキルそのものか、それに準じるスキルを持っているんでしょうね」
「そ、そうか。エリクサーを飲ませれば問題ないな。えーっと、これを飲ませてくれ」
俺は零の説明を聞いて落ち着いた気持ちになっていたけど、全然落ち着けてなくて、狼狽えて既に出しているにも関わらず、再び影を漁ってエリクサーを出して渡した。
「分かったわ」
零はエリクサーを受け取り、蓋を開けてノエルの口元に持っていって傾ける。しかし、瓶から流れ出たエリクサーはノエルの口から溢れ、外に漏れ出てベッドへと流れ落ちていった。
「駄目だわ……。この子、もう自分で飲む力もないみたい……」
零が力なく首を振る。
どうやら自分で嚥下する力もないらしい。
「じゃ、じゃあどうするんだ!?」
「口移ししかないわね」
慌てて尋ねる俺に、零は落ち着いた様子で答えた。
そうか、そういえば液体を飲む力がない相手に口移しで飲ませるというのは良くある。確かにそうすればノエルは助かる。
「そ、そうか。それじゃあ頼んだぞ」
俺は零にエクリサーをさらにもう一本渡した。
「ええ、任せておいて」
「ああ」
零は躊躇することなくエクリサーを受け取って一気に煽り、ノエルに口付けする。
俺たちはその様子を固唾を飲んで見守る。誰も何も口走ったりしない。
「ゴホッゴホッ」
「きゃっ」
しかし、まるで拒むかのようにノエルが咳き込み、エリクサーを吹き出して零はその全てをその身に浴びてしまった。
「お、おい、大丈夫か!?」
「え、ええ、私は大丈夫よ……。でもこのままじゃ本当に不味いわ。どんどん衰弱してる。一体どうすれば……」
エリクサーを体に浴びてビチャビチャになってしまった零に声をかけると、ノエルから離れるように体を起こし、焦り始める。
折角助けられたのに、このままでは死んでしまう。
一体どうすれば……。
「お兄ちゃん!!こういう時は王子様のキスで目を覚ますんだよ?」
「何を言っているんだ!?今口移しは駄目だったじゃないか!!」
真面目な状況での七海の発言に俺は思わず、怒鳴ってしまう。
「だぁかぁらぁ、女の人じゃダメってこと!!」
「え、いやいや、そんなの意味ないだろ?」
七海もムッとして俺の反論するけど、口移しが男か女かなんて何も関係ないじゃないか。
「兎に角できることはやってみないといけないでしょ!!」
「た、確かに……」
七海の言う通り可能性がある物は片っ端から試すしかないという理屈も分からなくはない。
「それで、一体誰がやるんだ?」
王子様なんてこの場にいないので尋ねる。
「何を言っているの?そんなのあなたに決まってるじゃない」
「え!?」
あなた以外に誰が居るの、と言いたげな目で見る天音に、俺は思わず彼女の顔を見る。
「普人君以外ここに男なんていないでしょ」
「そ、そうか」
俺の顔を見て続けられた予想通りの言葉に、俺は狼狽えながら返事をした。
どうやらあまりに気が動転していて自分のことをすっかり忘れていた。
「急いで!!」
「わ、分かった」
俺を急かす零。俺は迷っている場合じゃないと考えなおして影からエリクサーを取り出して口に含む。
俺は緊張しながらもノエルに口づけした。
エリクサーを押し出すようにノエルの口の中に送り込む。
―ゴクッゴクッ
なんと零の口移しが嘘だったかのように嚥下されていくのが体に伝わる感覚と、その音によって理解できた。
そして体が輝いてその酷かった状態もみるみる良くなっていく。
「ふぅ……どうやら死の危機は去ったみたいね」
「やっぱり王子様のキスが大事だったのよ!!くぅ~、でもお兄ちゃんとのチューなんて羨ましい!!でも医療行為だから目を瞑ってあげる!!」
「ん。仕方ない」
「んほー!!あんな情熱的なキスがされたいのじゃ!!」
その様子を見て零が安堵のため息を吐くと、七海とシアとミラが興奮しながら何かを言っているけど、俺は聞く余裕がなかった。
「ん……んん……」
俺の眼の端でノエルが薄っすらと眼を開く。
―ガシッ
そして数瞬して目を見開くと、彼女は俺の体を足と腕を使ってがっちりとホールドし、ぶちゅーっと俺の口に吸いついたのだ。
「~~!?」
俺は思いがけない出来事に混乱して彼女から離れようとするけど、がっちりとホールドされていて全く抜け出すことが出来ない。
しかも気が動転している内に、口内にしっとりした軟かな異物が侵入してきた。
「んん~!?」
俺の口の中を蹂躙していく異物。
俺は離れたくても離れられなくて為すが儘にされてしまう。口内に這いずり回る異物によって俺の背筋にゾクゾクとした寒気が突き抜けた。
誰か助けてくれぇ!!
「こらぁ!!」
「んきゃ!?」
俺の思いが通じたのか、七海が俺の口を貪っていたノエルの頭をはたくと、彼女は俺からようやく口を離して手と足も緩んだので、その隙に俺はその場を離脱することに成功した。
「何やってんのよ、あんた!!」
「ふぇ!?勇者様との初夜は?」
酷いクマなどが残っているけど、大分顔色の良くなったノエルを七海が怒鳴りつけると、ノエルは目覚めたばかりで夢と現実の区別がついていないらしく、おかしなことを口走る。
「それは夢よ!!あんたは今まで死にかけてたの!!お兄ちゃんが口移しでエリクサーを飲ませてなかったら死んでたんだからね!!」
「ああ、やっぱりキスは夢じゃなかったのですよ~……よかったですよ……ス~ス~」
七海が状況を説明すると、俺とキスしたことが夢じゃなかったことに安堵して、そのまま意識を落とすノエル。
まさか死んだのか!?
「大丈夫よ、ただ気絶しただけ。もう命の別状はないわ」
「はぁ……」
俺は動揺したけど、零がすぐにノエルに駆け寄って状態確認したら、どうやら酷い状態から回復したばかりで気を失っただけらしい。
俺は思わずため息が出た。
「寝るんじゃなぁあああああああああい!!」
しかし、途中で勝手に寝落ちされて梯子を外された七海は、天に向かって思いきり咆哮するのであった。
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