第274話 長距離戦と警告(第三者視点)

『そろそろ現地に到着予定だ。ネバタ州には話を付けてある。多少の被害は構わないが、できるだけ被害を出さないように注意して作戦を実行しろ!!』

『了解!!』


 通信機器の先から聞こえてくる司令官の声に兵士達が声を揃えて返事をする。


「今回の作戦は一度話した通り、超超長距離からの狙撃がメインだ。それが成功次第、近接へと切り替える。ターゲットの周囲を四キロ圏外からわが軍きっての狙撃手である諸君たちが包囲して、狙撃を行う。いいか、絶対殺すな。行動不能にするだけに留めろ。いいな?」

『了解』


 彼らが今回考えた作戦は相手の知覚外からの狙撃攻撃。これであれば、近づいて黒い影の化け物に襲われることはないはずだ。


 彼らは四キロまで近づいてようやく兵士たちに攻撃を仕掛けてきたことから、そこが活動限界だと判断し、今回の作戦を立てるに至った。


 狙撃手たちは全員探索者で、その上『透視』と『望遠』、そして『貫通』というスキルを持っている。『透視』は文字通り、遮蔽物を透過してその先を見ることが出来る能力。『望遠』は常人が見通せない程遠く、キロ単位で見通すことが出来るスキル。『貫通』は威力が減衰しないスキルだ。


 それらのスキルがあることにより、超超長距離からの攻撃が可能になる。


 攻撃によって建物や人的被害が出る可能性はあるが、普人という強大な力を確保するためには致し方ない犠牲だと判断された。


「それでは配置につけ!!」

『了解!!』


 先行組の狙撃手たちは足の軽い車両で移動したため、目的地付近へと到着した。後続のメンバーたちは戦車や魔術師などの兵器と共にやってくる。


 いざとなれば被害を無視しての戦車の砲撃や魔術師たちの一斉攻撃も辞さないつもりなのだ。


 狙撃手たちは自身の武器を背負い、車両から降りて各自に与えられた近隣の高所へと登っていく。そして全員がいつでも攻撃できる体制を整えた。


 後は司令官からの指示でいつでも攻撃できる……はずだった。


『ぐわぁああああああああ!?目が!!目がぁあああああああ!?』


 しかし、突然通信機器から隊員の悲鳴が響き渡った。


「こちらスナイプスリー、スナイプシックスどうした!?返事をしろ!!」


 兵士の一人が通信で呼びかけるが、反応は返ってこない。


「くそっ!!」


 一体誰が仲間を攻撃したのか?

 敵は四キロ以上先には攻撃できないのではなかったのか?

 どうやって俺達の位置を知った?

 どうやって俺達に攻撃をした?


 兵士の頭の中に様々な疑問が沸き起こる。


「兎に角ターゲットを確認しなければ……」


 様々な疑問が沸き上がったが、一旦それを棚に上げて、スキルを使って自身の武器である弓を構えた。


 兵士の眼に映ったのは楽しそうに買い物を楽しんでいるターゲット。


 しかし、そのターゲットの眼が兵士に向いたその瞬間……。


―パァンッ


「ぐわぁああああああああ!?」


 兵士の眼がはじけ飛んだ。


『おい!!スナイプスリー大丈夫か!?返事をしろ!!』


 仲間の声が通信機器から返事が聞こえるが、いきなり目を失うという痛みは尋常ではなく、身もだえて返事をする処ではない兵士。


 兵士は痛みとターゲットの得体のしれない強さによる恐怖に意識のほとんどが飲み込まれていた。


 ターゲットからここまで約五キロメートル。


 『望遠』スキルでさえ限界に近い距離だ。

 それにも関わらず、相手は何かをしたそぶりもなく、唯見ただけで自分の眼を奪った。


 そんな相手に恐怖をするな、と言う方が難しいだろう。いつでもどこでも殺せると言われているようなものなのだから。


『ぐわぁああああああああ!?』

『ぐわぁああああああああ!?』

『ぐわぁああああああああ!?』


 今度は別の兵士の悲鳴が通信機器を通してスナイプスリーの元に響き渡る。しかし、何も見えなくなってしまった彼にはなすすべはない。


 それからも幾度となく、兵士たちの悲鳴が響き渡り、いつしか誰の悲鳴も聞こえなくなった。


『おい、誰か応答しないか!!』


 誰の悲鳴も聞こえなくなった所で、司令官の声が通信機器から聞こえた。しかし、誰も答える様子はない。


『ちっ。やられてしまったか!!こうなったら仕方がない!!魔術師と軍事兵器による攻撃を開始する。作戦通りに集団魔法と合せて砲撃で攻撃せよ!!』

『はっ』


 司令官は舌打ちをした後、後続部隊に対して命令を出した。


『~~……』


 魔術部隊の兵士たちが呪文を唱え始めた。


―パァンッ


『ぐわぁあああああああ!?』


 しかし、魔術部隊の兵士たちの悲鳴が聞こえた。彼らもまたターゲットによって無力化されてしまったのだ。


―ドォオオオオオンッ


『ぐわぁあああああああ!?』


 今度は戦車が爆発した音と兵士の悲鳴だ。


 戦車部隊もターゲットに傷一つ付けることが出来ずに無力化されてしまった。


「我々は……手を出してはいけないものに……手を出してしまったのでないか……」

 

 スナイプスリーは部隊が壊滅する音を聞きながら独り言ちる。


 そう、彼らは決して手を出してはいけない相手に手を出してしまったのだ。普人は本気の殺気を無意識に感じ取って、反射的に殺気を乗せて睨み返した。


 それだけで相手の目ははじけ飛んでしまう。相手が悪すぎる、客観的に見れば誰もがそう言うだろう。


「うっ」


 後悔するスナイプスリーは何かに包まれ、気づけば意識を落としてしまった。彼の周りには黒い影が纏わりついていた。



◼️◼️◼️◼️◼️



「バカなバカなバカなバカな!!」


 司令官室で司令官が呆然としながらに叫んだ。自慢の部隊がたった一人の人間になす術もなく、一瞬で壊滅してしまったのだ。然もありなん。


「ウォンッ」

「ひぃひいいいいいい!?」


 しかし、突然現れた黒い影によってその叫びは悲鳴へと変わる。なぜならその影は映像で見た化け物そのものだったからだ。


「私が悪かった!!殺さないでくれ!!」


 司令官はみっともなく叫んで懇願する。


「ウォウォンッ」

「ひぃひぃいいいいい!?」


 黒い影の声が今度は後ろから聞こえて来て、司令官は恐怖で飛び上がって振り向いた。


 しかし、そこにはもう何も居なかった。司令官はこれを警告と受け取った。「次はないぞ」という。


 ラックとしては「あんまり邪魔すると面倒だから止めてくれよ」程度だったのだが、意思疎通のできない司令官には知る由もない。


 後日、兵士たちが無傷で見つかったことで司令官はさらに呆然とすることになるのだが、それはまだ少し先の話だ。

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