第246話 あ、兄貴!?

「佐藤君、罠は見えるかしら?」


 結局零も負けられない戦いに挑み、天音に敗北した後で俺に尋ねる。


 二人は殆ど誤差みたいなものだったけどな。


 探索者なら誰でも見たら分かるはずだ。全員無意識系の熟練度はすぐにマックスになるはずだし。俺が五感と直感を研ぎ澄ませて把握できるのだから間違いないと思う。


「ああ、それは勿論」


 質問の意図は分からなかったけど、とりあえず見えるので頷いておく。


「それじゃあ、その動きを教えてもらうのと、どこかでタイミング良く皆一緒に転移できるように先導してもらってもいいかしら?」

「分かった」


 零の指示に従って俺は五感と直感を全開にして転移罠を捉える。


 それにしても誰でも罠のくらい分かるだろうに、なんで俺にやらせるのかな。まぁ零の事だから、俺に先導させることで客観的に観測してみたいとか、何か考えがあるんだろうね。


 俺は言われたままに転移罠の階層間をどのように移動しているかを確認しながら零に逐一報告していく。


「うーん、なるほどね。移動する階層に関して範囲が決まっているみたいだわ。でも、もう少し観察したいわね。そうすればある程度動きの法則性が見えてくる気がする」


 俺の報告を受けた零は、自分が見えた罠の動きと合わせて考えた結果なのか、転移罠の移動範囲を割り出した。今後は動きの法則性を探るため、もう少し転移罠の動きの見たいという。


「ここでしばらく罠の観察をしましょう」

「分かった」


 ひとまず俺達は転移罠が動くことが出来る階層の一つ手前まで移動し、そこで野営道具を出して俺と零以外は休憩することになった。


 俺と零は椅子に座って同じ方向をむいてひたすらに観測タイム。


 しかし、七海達はあまりに暇らしく、敵を倒しに行ってしまった。


 ダンジョン内はスマホも通じないからな。暇になるのも仕方がない。今度は漫画本や小説とか、ボードゲームとか、携帯ゲーム機とか持ってくるようにしよう。


 うっかりそういう部分を充実させるのを忘れてしまっていた。


 如何に快適で楽しくダンジョンを楽しむか、というダンキャン△の理念を忘れるなんて恥ずかしい限りだ。


「ふふふ、なんだか道路の交通量の調査のバイトみたいね」

「そうなんだ?」

「ええ、詳しくは話せないけど、ひょんなことから一度だけやったことがあるのよね」


 二人きりになると、零が昔の事を思い出したらしく、思い出し笑いをしながら話す。


「それってなんだか道の横で椅子に座って何かをしている感じのやつ?」

「ええそうよ、ひたすらに通った車の数や人の数を数えたりするの」


 俺の質問に遠い目をしながら答える零。


「なんだよそれ、滅茶苦茶暇そうだな」

「ええ、それはもうとんでもなくね。完全に眠気との戦いだったわ」


 俺の答えに退屈を持て余しそうな仕事だなと思ったら、零の返事を聞く限りその通りのようだ。


「俺だったら寝ちゃいそうだな。適当にちょろませばなんとかなりそう」

「それがたまに監視員がやってくるからそうもいかないのよ」


 俺の舐めたセリフに零は残念そうな表情を浮かべて肩を竦める。


「確かにそれだとそうもいかないか」

「まぁ私は寝ていたんだけどね」

「って寝てたんかい!!」


 俺が納得したと思いきや掌を返すようなことを言う零。俺は思わずツッコミをいれてしまった。


「ふふっ。ええ。私は探索者だから気配はすぐに分かるし。それに過去数年の交通量や天気のデータを記憶しておいたから、それによって導き出された平均的な数値にしておいたら特に何も言われなかったわね」

「なんつう記憶力というか脳の無駄遣い……」


 やってることはとんでもなく高度な事なんだけど、凄く勿体ない脳の使い方だと思った。それからしばらくの間、俺達はちょこちょこ雑談を挟みながら転移罠を観測し続けた。


「今日の所はこれでいいでしょう」

「今日の所は?」


 零の言い方だと、まるで浪岡ダンジョンの調査が今日で終わらないと言っているのと変わらないので、気になった俺は問いかける。


「ええ、日によって変わるかもしれないから曜日を変えて一週間くらいは記録を方がいいと思うわ。場合によっては1か月とかやった方がいいでしょうね、本当は」

「なるほどな。それならその日の時間帯も検証する感じ?」

「そこまで細かくやっちゃうと夏休み終わっちゃいそうだし、今はいいわ。ある程度推測が経った状態で報告書を提出して、残りは組織にやってもらいましょ」

「了解」


 零の提案を受け、数時間ほど転移罠の動きを見ていた俺達は一旦浪岡ダンジョンで調査を終了することにした。


「お兄ちゃんただいま~!!」

「ただいま」

「ん」


 丁度調査を終わらせた俺達の所に、狩りという名の遊びに出かけていた七海達が帰ってきた。


「お帰り。こっちも調査はいったん終了したから出発できるぞ」

「やった!!早くアメリカ見てみたい!!」

「まぁ同じ場所に行けると決まったわけじゃないからあまり期待しないようにな」

「はーい!!」


 調査が終わったこと告げると、七海は飛び跳ねて喜んだ。俺も人を探して転移した先のダンジョンから外に出た時、実は結構感動していたので七海の気持ちはよくわかる。


 それも今回は調査だけでなく、観光も目的の一つだから楽しみだ。


「それじゃあ、佐藤君お願いできるかしら?」

「分かった」


 俺達は全員で手を繋いで転移罠が来るであろう場所で待ち構えて罠に飛び込んだ。


「ここは……見覚えがあるな」


 辺りを見回すと、完全にこの前来たダンジョンと同じような風景だったので、おそらく同じダンジョンだと思う。


「ということは?」

「まだ決まったわけじゃないけど、多分転移先は決まってる」


 最後まで言わずに尋ねる零に俺はすでに分かり切っている答えを述べた。


「ランダムだったらどうしようと思ったけど、それなら大分楽になるわ」

「そうだな」


 俺の答えにほっと一息履いて安堵の表情を見せる零に、俺も同意するように首を縦に振る。


「上に通じる階段はあっちだな」

「分かったわ。私が先頭を歩くわね」

「了解」


 零が先頭で俺が殿を務め、七海とシアと天音はその間に挟まれる形で先に進んでいく。


 しばらくすると俺が覚えのある気配が俺達に近づいているのが分かった。


「先からこっちに現地の探索者が向かってくる」

「了解」


 俺は念のため零に報告しておく。


 暫くすると、見覚えのある装備に身を包んだ探索者のパーティが歩いてくるのが見えた。彼らがいるということはここがアメリカのダンジョンであることは確定した。


「お、可愛い日本人じゃん。俺達と良いことしないか?」

「ねぇねぇ。どこから来たのお茶でもしようよ」


 数十秒後、彼らは俺達の前にやってきてうちの女性人たちをナンパし始める。


 はぁ……こいつらは性懲りもなく……。


「おい、おまえら!!」


 俺は見ていられなくなったので男たちの前に立つ。


「ああん、男はお呼びじゃねぇんだよ、失せろ!!」

「そうだそうだ。邪魔なんだよ!!」


 俺の事を覚えていないとでも言うのか、俺に向かってそんな暴言を吐く見覚えのある二人。


「はぁ……お前ら、本当に俺のことを覚えてないのか?」

「はぁ?お前みたいな男なんて……」

「そうだそうだ。お前みたいなガキは……」


 俺はがっくりと大きなため息を吐いてから睨み付けると、二人とも途中まで強そうな雰囲気を醸し出していたのが完全に霧散してしまった。


『あ、兄貴!?なぜここに!?』


 二人は声を揃えてそんな風に叫んだ。


 どうやら俺のことを覚えていたらしい。


 しかし、俺は断じてお前たちの兄貴ではない!!

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