第219話 娘のクラスメイトが人かどうか怪しい件(第三者視点)

「……」

「あなた、しっかりして……!!」


 銀髪を腰のあたりまで伸ばした三十台後半程度の女性が、意識の無い四十台前半程度の男性に語り掛ける。


 しかし、その男性は荒い呼吸を繰り返し、全身が青白く変色してしまい、もはや死を待つばかりと言った様相を呈していた。


 彼が意識がないながらも未だに生きているのは、彼が探索者である、ということと、探索者の中でも超高ランクであるSSランクの探索者であり、それだけレベルが高く、体の頑丈さが高いからだ。


 銀髪の女性は葛城アンナ。黒髪のいぶし銀な男性は葛城真。


 葛城アレクシアの両親である。


「誰か……誰か、誰でもいいから真を助けて……」


 アンナはすでに絶望的な状況ではあったが、何かに縋らずにはいられなかった。


「え!?」


 その直後、アンナの願いにこたえるように目の前に何者かが現れた。


 こんな所に突然現れるなんて尋常じゃない。

 転移の類は罠か、極稀にそういう魔法を使うモンスターがいる程度だからだ。


「だ、誰なの!?」

「えっと、佐藤普人です」


 あまりに都合よく現れた来訪者。


 敵か味方か分からず、問いかけずにはいられなかったアンナ。そんなアンナに対して普人は淡々と自己紹介を行った。


 それがアンナと普人とのファーストコンタクトだった。


 それから起こったことは、葛城にアンナには俄かには信じられない事ばかりだった。


「えっと……それで……何かマズい状況ですかね?」


 まず初めに、普人が尋ねることから始まり、真が毒に置かされていると知るや、上級ポーションを差し出し、それでだめだと知ると、ためらいなくエリクサーを差し出し普人。


 人のために超レアアイテムを一切の躊躇を見せることなく差し出せる人間がいるのかと、信じられない思いだった。しかもエリクサーは真だけでなく、自分の分までくれるという太っ腹ぶりに関心を通り越して呆れに至ったことは誰にも言うことはないだろう。


「モンスター!!お前は許さん!!とりゃぁああああ」

「あ、ちょっと待ちなさい!!君にはそのモンスターは……」


 次に信じられなかったのは、普人がダンジョンが日本にあるダンジョンだと知った時に喜びすぎて大声で叫んだことが原因で、モンスターが引き寄せられた時のことだ。


 彼はモンスターがやってくるなり、飛び掛かった。


 ここのモンスターは最低でもSランク。今いる階層に至ってはSSランクのモンスターである。


 そんな所にどうやって突然現れたかは不明だが、ダンジョンを攻略して上がってきたわけではない普人に、SSランクのモンスターを倒せるとは思えなかった。


 アンナは命の恩人である彼に死んでほしくないので、彼を引き留めようとするが、時すでに遅し。普人とモンスターはもう至近距離にいた。


 アンナは普人がやられる姿を想像し、もう終わりだと思った。


―パァンッ


 しかし、目の前で繰り広げられたのはSSランクモンスターが一撃で弾け飛ぶ光景。


「は?」


 アンナは意味が理解できずに呆然とした表情と間抜けな声を晒した。


「えっと、何か言いました?」

「いいえ、な、なんでもないわ。そ、そういえば名乗るのを忘れていたわね。私は葛城アンナ、この人は葛城真よ。今回は本当に助かったわ。ありがとう」


 SSランクのモンスターを一撃で倒したというのに涼しい顔で帰ってきた普人。彼に話しかけられたアンナは、頭が理解を拒否したため、ひとまず自己紹介をしてお茶を濁した。


「シア、という名前に心当たりは?」


 三度目の驚きは娘であるアレクシアのクラスメイトだと知った時。


 普人に突然娘の名前を言われたアンナは、これが偶然とは言えない必然であるかのように感じた。


 まるでアレクシアが彼を遣わしてくれたかのように。


 そのため、アンナと真の普人に対する信頼度が劇的に向上し、普人の指示に従おうと二人は決めたのだった。


 しかし、驚くことはそれだけではなかった。


 普人は入り組んだこの洞窟型ダンジョンの最高峰である富士樹海ダンジョンの入り口が分かると言うのだ。


 何をバカなと思っていた彼らだったが、実際に最短距離で階段に進んでいく姿を見せられれば、自ずとそれが事実だと言うことが分かり、二人は内心唖然としていた。


 それに普人の従魔であるラックにも驚愕する。


 普人はモンスターを涼しい顔で殲滅していたが、段々面倒になってくると、自分の従魔である狼に指示を出し、自分たちの先を進んだ。


 そう、従魔がこのSSSランクダンジョンのモンスターを露払いできる実力をもっているという事実が彼らにさらに衝撃を与えたのだ。


 それはつまり普人はSSランク以上のモンスターを従魔としてしたがえていることになるのだから。そんな高ランクモンスターを使役したという話は過分にして聞いたことがないので、驚愕するのも無理はない。


 そして、アンナと真にとって極めつけだったのは、ダンジョン内に非常にかさばる料理道具などをすべて空間拡張リュックに入れて持ってきている事だった。


 普通いくら空間拡張できるからとは言え、必要なもの以外持ってこないのが常識なのに、普人はまるでダンジョン内にキャンプでもしに来ているような道具の数々がリュックの中から飛び出してくるのだ。


 それで二人は理解した。


 目の前の青年にとってダンジョンなどキャンプを楽しめる程に脅威の少ない場所だということに。


 だから二人は普人に任せておけば間違いなく、ダンジョンから出ることが出来ると安堵した。


 多数の探索者を屠ってきたイレギュラーモンスターアンノウンが現れるその時までは……。


 アンノウンはダンジョンボスよりも強いと言われる、もはやランク外と言われるランクX指定の化け物。


 なぜか十階層を徘徊し、きまぐれに探索者を襲う機械型のモンスター。


 ただし、避けようと思えば避けられるモンスターでもあった。


 今回うっかり気を抜いていた二人は、のモンスターを避けるための対処法を実施するのを忘れていた。


 そのため、アンノウンはアンナたちの前に姿を現してしまった。


「俺に任せてください!!」


 しかし、絶対に勝てないと諦めていた二人とは裏腹に、普人はトンと胸を叩いて満面の笑みを浮かべる。


「お、おい。止めておけ。流石の君でもあのモンスターには勝てない!!」

「そ、そうよ。なんとか逃げる作戦を考えましょう!!」


 流石にこれまでのモンスターを一撃で倒している普人でも、アンノウンは絶対ダメだと直感していた二人は必死に辞めるように説得した。


 なぜなら今までどんな探索者も一撃の下に消し炭にされてきたからだ。


 絶対勝つことなど不可能。それがアンノウンというモンスターだった。


「ははははっ。大丈夫です!!七海と会うためなら魔王だって倒せますから!!それでは!!」


 しかし、なぜか物凄い自信をもったまま、物凄い速さで駆け出してしまう普人。


 二人はそのスピードを追うことは出来なかった。


「行ってしまったわ……」

「行ってしまったな……」


 二人は止められなかった背を見ながら、命の恩人の命をむざむざ散らさせてしまったという後悔で一杯になりつつ、呆然と呟いた。


―パァンッ


「ば、バカな!?」

「ありえないわ……」


 しかし次の瞬間彼らは目を疑った。


 難攻不落、絶対不可侵、裏ボス、呼び方は様々なれど、とにかく誰も倒すことのできない象徴とまで言われていたアンノウンが、普人の拳一発で体の大半を弾き飛ばされてしまったからだ。


 ただ、アンノウンに勝てない理由の一つに再生機能がある。ダメージを与えた探索者はこれまでにも確かに存在した。


 しかし、その再生機能によって討伐を阻まれた者しかいない。


「気を付けろ!!奴はまだ生きてるぞ!!」


 真は一縷の望みに賭けて普人に向かって叫んだ。


 普人はその言葉が聞こえたのか定かではないが、凄まじいスピードで連続でパンチを繰り返した。


 気づけば土煙が上がり、アンノウンの姿が見えなくなる。


「やった……のか?」

「あなた……その言葉は……」


 ついつい呟いてしまった真だったが、それは言ってはいけない言葉。アンナがそれを注意する。


 しかし、そのフラグが成立することはなかった。


 なぜなら土煙が晴れた先には普人と大きな魔石と宝箱だけが残されていたからだ。


「あいつ……本当に人間か?」


 真がそう呟いてしまうのも無理はなかった。


 それと同時に真の心には一つの気持ちが芽生えた。


 この男なら……と。

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