第104話 怒れるお兄様

「皆さま、ゆっくり焦らず、ご移動お願いしまーす」

「こっちです。押さないでくださーい」


 係員たち俺たちを誘導していく。


「せっかく楽しめると思ったのになぁ……」

「そうだな。スタンピードが起こるなんて間が悪い」

「悲しい」


 七海もシアもせっかくESJにやってきたのにアトラクションを楽しめなくて悲しい顔をしている。


 俺の妹と上司にこんな顔をさせるなんてスタンピード許すまじ!!


―ドォオオオオオオンッ


 悠長に移動していた俺達の元に、すさまじい爆発音が届く。爆発音の方向を見ると、すぐ近くのテーマパークの一番外の外壁が爆発によって崩れ、大きな煙を上げた。


「キャー!!」

「ウワァ!!」

「おかあさーん!!」


 あまりに大きな音に来場者たちはパニックを起こし始める。一部の人たちは係員の指示に従わずに恐怖の逆らうことが出来ずに逃げ惑う。


「落ち着いてください!!」

「押さないでください!!大丈夫ですから!!」

「探索者が近くを守っています!!安心してください!!」


 係員が来場者達に向かって声を張り上げたけど、来場者達をさらに混乱させる元凶が現れた。


 爆発で濛々と立ち昇る煙の中から、黒い影がポツリポツリと姿を現し始めた。それは普通の動物でも、まして人間でもないシルエットをしていて、煙から現したその姿は異形の存在、つまりモンスターだった。


「モ、モンスターだぁ!!」

「いやぁ、来ないでぇ!!」

「ひ、ひぃいいいいい!!」


 モンスターの登場が完全な引き金となって人々が入場ゲートの方に群がるように走っていく。


「お客様!!落ち着いて!!落ち着いてください!!」

「大丈夫です!!大丈夫ですから!!落ち着いてください!!」


 係員たちが叫んでいるんだけど、誰も聞き耳を持たない。


 そりゃそうだ。誰だって自分と家族の命が可愛いと思う。

 係員の言葉を信じたからと言って助かる保証はない。

 それなら自身の考えを優先してしまうのも無理はないかもしれない。


「きゃ、きゃぁあああああああ!!」


 俺のすぐ近くで悲鳴が聞こえたと思えば、小さな七海が人ごみに呑まれ、入り口の方へと流されていく。


 ちっ。迂闊だった!!


 俺の手が届く範囲ならよかったんだけど、少しだけ離れていたのが仇となった。


 七海はまだ探索者になったばかり。一般人に毛が生えたようなものだ。


 モンスターならまだしも人間達に危害を加えることはできない。あれ程人と人の間に押し込まれるような状態では探索者の力を発揮するのは難しい。ラックの影の力を使って七海一人だけを収納するというのも難しいと思う。


「ラック!!影で七海についていって守れ!!」

「ウォンッ!!」


 俺はひとまず影に潜んでいるラックに指示を出して七海について行かせる。


 これで七海が人間によって危ない目にあう可能性はかなり減るはずだ。モンスターに関してもラックもモンスターを倒して強くなっているので、Dランクモンスターまでなら何とかなると思う。


「全く……俺が七海に喜んでもらおうとせっかくESJに連れてきたっていうのに、俺の邪魔をするのはお前たちか?」


 俺は一人モンスター共が現れた方へと歩き出す。


 俺は一日にDランクボーナスモンスターを数百匹屠る男。Dランクモンスターごときであれば何匹だってかかってこいやぁ!!


「私も行く」


 俺の隣にシアが追い付いてきてそう呟く。


「いいのか?」

「ん」


 俺とシアは並んで駆け出した。


「お客様!?」

「そっちは危険です!!」


 俺とシアに気付いた係員が止めようするけど、俺とシアは止まらない。


 煙の中から出てきたモンスターは所謂日本古来の妖怪、という表現が一番正しいと思う。鬼や河童といった二足歩行のものや、猫又、狗神、野狐と言われる動物系の妖怪らしいモンスターが近隣のダンジョンのモンスターらしい。


「お前らかぁ!!俺の妹を悲しませる奴らはぁああああああ!!!!!!!」

「許さない」


 俺とシアは怒りの威圧を放つ。


―ビクッ


 俺たちの怒りを受けたモンスター達が一瞬足を止めた。それは致命的な一瞬。


「せいやぁああああああ!!」

「ふっ」


 俺とシアの怒りの一撃が炸裂する。


 俺は全力で拳を振りぬいた。


―バキバキバキバキバキッ


 俺の攻撃は一匹に留まらず何十メートルもの空間を巻き込み、その間にいるモンスターを消し飛ばしていく。シアも物凄い速さで敵を切り刻み敵を粉に変えていく。


 その様子にさしものモンスター達も怯えを感じて立ち止まった。


 それは俺達に倒してくれと言っているようなものだ。


「おらぁああああああ!!」

「はっ」


 俺とシアはどんどん敵の数を減らして、壁の外までモンスターを追いやった。崩れた壁に手をかけて外を覗くと、そこには生まれたての子供ような蜘蛛モンスター達が溢れていた。


 その数、数千匹。


「上等じゃねぇかぁ!!俺の妹を泣かす奴は誰であろうが許さん!!」

「楽しみだったのに邪魔した」


 俺とシアは各々の怒りに任せてモンスターの巣窟へと特攻する。それから数時間の間俺達もモンスターを倒し続け、いつしか辺りには俺とシア以外の影は一つも見当たらなくなっていた。

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