第078話 佐藤家の息子は手が早い

「あら、佐藤君。おはよう。今日はどちらに行かれるんですか?」

 

 今日も寮の前で待ち伏せする会長。本当に意味が分からな過ぎて不気味で怖い。


「ひ!?ダンジョンです」

「そうですか。お気をつけて」


 あまりの恐怖に嘘をつくと、彼女が纏わりつくような笑みをニタリと浮かべた。その蛇のような笑みに、俺はさらに恐怖を募らせる。


「は、はい、会長も」


 俺は恐怖を拭い去るようよすぐさまに学校を離れ、駅へと移動した。駅前には既にシアが待っていて、他の人たちから注目を浴びていたし、実際声もかけられていたけど、全く相手にせず、手を出そうとしてきた相手はボコボコにやり返していて、近くに敗者の山が出来上がっていた。


 その山によってもう誰も話しかけてこないみたいだけど、俺が近づくと、お前やめとけよ、お前みたいな地味男は無理だよ、みたいな顔でやじ馬たちが見てくる。


「待った?」

「ん」


 シアに話しかけると、彼女は首を振る。ただ、彼女の服装は制服で私服ではなかった。


 学校じゃない場所に出かけるのに制服というのはどういうことなんだろうか?


「制服なのか?」

「これしかない」


 服が制服しかないとはこれ如何に?


「いつも出かける時はどうするんだ?」

「武装か制服」

「そ、そっか」


 そういえばシアはダンジョンに潜ることばかりに夢中だった。出かける時はいつもダンジョンが多く、それ以外の用事がある時は制服を着ていったらしい。


 服装に口出しするのも違うだろうし、彼女自身がそれでいいと思うならそれでいいんだろう。


「それじゃあ、新幹線に乗ろう」

「ん」


 俺とシアが一緒に連れだって駅の中に入ると、なんでお前が!?みたいな顔をされたが、シアとは断じてそういう関係ではないので勘違いしないで欲しい。


 俺の実家は東北にある田舎だ。実家の周りには田園が広がっているが、時期が時期だけに一面の緑や金色の風景を拝むことは出来ない。むしろこの辺りではまだ桜で花見をすることが出来る。


 二時間程で道程を走破し、新幹線が止まる一番近い駅から電車を乗り継いで、さらに一時間ほどかけて実家近くの無人駅に辿り着いた。


「久しぶりだな」

「のんびり」


 俺とシアは各々の感想を述べる。


 田舎特有の淀んでいない空気と、穏やかな空気感が俺たち出迎えた。俺は懐かしさを、シアはせわしく動く人間がおらず、雄大な自然が支配する景色からのんびりした時間の流れを感じとっているようだった。


「ここからはそんなに遠くないし、歩いていこう」

「ん」


 最寄りの駅から俺の家までは数キロ程。探索者の俺達にとって大した距離じゃないし、荷物は全てラックの影の中に入っているので身一つだ。それに久しぶりの田舎をゆっくり堪能して帰りたかった。


「そういえば、本当に良かったのか?」

「ん?」


 俺は、シアが自分についてきて良かったのか尋ねる。しかし、彼女は言っている意味が分からなかったらしく、小動物のように首を傾げる。


「いや、俺についてこないでシア一人でダンジョンに潜ったほうが絶対強くなれだと思うからさ」

「そんなことない。ふーくんといるのが最善」


 俺は申し訳なさげに隣を歩く彼女の顔を見ながら思ったことを伝えると、彼女は一度目を瞑って首を振って俺の考えを否定する。


 一体俺のどこにそんな価値があるのか全く分からないけど、彼女がそう言うのなら俺に断ることは出来ない。


「シアがそういうなら良いんだけど、もし一人でダンジョンに行きたくなったら言ってくれよな」

「ん」


 俺の言葉に彼女は小さく頷いた。


「何もない」

「だろ?この辺は田んぼばかりさ。ダンジョンがある市街地まで行かないとな」

「でも好き」

「そっか?なら良かったよ」


 俺と彼女はのんびり歩きながら実家を目指す。シアは道の周りに田んぼしかない風景を目を細めて眩しそうに眺めている。


 遮るもののない田舎道に彼女のような誰もが息をのむような美少女が歩いていると、日の光に照らされて彼女の居る所だけ明るく、天使が降臨しているように神々しい。


 隣を歩く彼女との距離に、彼女に弱みを握られていなければ……。レベルやスキルを普通の探索者と同じように持っていれば……、とたらればの気持ちが沸き上がる。


 そんな視界に入れるのも恐れ多い程可愛らしい彼女と、もっと仲良くなれたんじゃないか、と。


 シアと歩いていると、前方から第一村人が歩いてくるのが見える。しばらく歩いていると徐々にその人影が大きくなり、ご近所付き合いのある近隣の民家のおばさんであることが分かった。


「よしえおばさんか」

「知り合い?」


 俺がそのおばさんの名前を呟くと、シアが俺に尋ねる。


「昔からよくお世話になったもんだよ」

「ん」


 俺は昔を思い出しながら答え、彼女は短く頷いた。


 おばさんは母さんと仲が良く、頻繁に家にお茶のみに来ていた。その時よくお菓子を貰ったり、遊んでもらったりしてもらった記憶がある。


「あら?普人君じゃない?」

「あ、はい。おばさんこんにちは」


 すれ違う時によしえおばさんが俺に気付く。


 よしえおばさんは関東にいた時期が長かったらしく、この辺じゃウチと同じくらいに訛っていない。


「確か都会の学校に行ったって聞いてたけど、どうしたのかしら?」


 俺がここにいることを不思議に思ったよしえおばさんがその理由を尋ねる。


 特に隠す理由もないし答えても問題ないよな。


「ゴールデンウィークなので帰省しにきました」

「あらあらまぁまぁそうなのねぇ」


 俺の答えに彼女は納得したのかウンウンと頷く。


「はい。妹が寂しそうだったし、俺も特に用事はなかったので」

「相変わらず七海ちゃんが大好きね。それはそうとそっちの物凄く可愛いお嬢さんは誰かしら」


 帰省理由に呆れながら、おばさんは今気づいたとばかりにシアに視線を送る。


「ああ、彼女は葛城アレクシアさん。同じクラスメイトだよ」

「ん。ふー君には良くしてもらってます」


 俺がシアを紹介すると、いつもよりほんの少し長めに返事をする彼女。


「あらあら、まぁまぁまぁ!!そういうことなのね!!まだ新しい学校に行って一カ月も経ってないのに、普人君も手が早いし、しかもこんなに可愛い子だなんて隅に置けないわねぇ!!」

「いやいや、彼女とはそういう関係じゃないから」


 俺の答えとシアの反応をどう解釈したのか俺がシアを口説き落としたと思ったらしい。


 彼女も女性なのでそういった色恋沙汰には目がないのか、目に好奇心を宿らせて俺の肩辺りをツンツンと指でつついてくる。


 シアと一緒にいるだけでこうも勘違いされるのは一体どういうことなんだろうか。こんなに可愛い子と俺が釣り合うわけないだろうし、そんな勘違いをされるのは彼女にとっても迷惑だと思う。


「うんうん、おばさん分かってるわ!!うふふ、これは今度赤飯でも焚いてお祝いしなくっちゃ!!」

「いやだから、彼女とは「みなまで言わなくていいわ、普人君。あ、私そろそろ行かなくちゃ。それじゃあまたお祝いの時にね!!」」

「おばさぁあああああん!!」


 どんどん勘違いを拗らせてなんだか張り切ってる彼女を止めようとするが、彼女は用事があるらしく、急いで走り去っていった。


「はぁ……」


 俺は勘違いを正すことができずため息をつく。


「面白い人」

「ははははっ。ごめんな?変な勘違いさせたままになってしまって……嫌だったろ?」


 よしえおばさんが去った後、シアがポツリと呟いた。俺は気を悪くさせたと思って苦笑いを浮かべながら頭を掻いて謝る。


「全然」


 彼女は俺の言葉に首を振った。特に機嫌が悪そうでもない。それどころかアホ毛は弾んでいた。


 よしえおばさんがよっぽど面白かったんだな。


「そっか。それじゃあ、さっさと家に行きますか」

「ん」


 俺たちは気を取り直して家に向かって歩き出した。多分数日後には俺の噂がこの辺り一帯に広まっていると思うと、滅茶苦茶気が重くなった。


 後日この辺りに「佐藤家の息子は手が早い」という噂が広まっているのを知るんだけど、今の俺が知る由もなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る