第042話 恐怖の呼び出し

―トゥルルルルッ


「誰だろう?もしもし」

『もしもし、私です』


 次の日の昼、電話に出ると聞いたことのある女性の声がした。


 物凄く嫌な予感がする……。


「私私詐欺の方ですか?」

『違います。生徒会長の北条時音ですよ』

「なんで俺の携帯番号知ってるんですかねぇ!?」

『ふふふ、ご想像におまかせしますわ』


 やはり電話の相手は会長だった。滅茶苦茶楽しそうな声色をしている。俺の携帯番号を知っているのなんて妹と母さん、そしてアキくらいだ。


 とすると、アキが俺を売ったのか?

 でも、アイツは友達を売るような奴じゃないよな?

 いや……女の子に頼まれればなんの躊躇もなく教えそうだ。

 とはいえ、そんなことしなくてもあの人ならどこかから入手していそうで怖い。


「まぁいいです。俺になんの用ですか?」

『折り入って話があるので生徒会室まで来て欲しいんですが、よろしいですか?』


 話とか一体なんだよ。絶対行きたくない気配がビンビンするぞ。俺の直感が囁いている。


「できれば遠慮したいのですが……」

『あらあら、いい男は女性の誘いを断らないものですよ?』


 会長の声に揶揄いの色が含まれる。


「僕はいい男ではないと思いますけどね」

『そんなことないですよ。私の注目度ナンバーワンです』


 俺の呆れの混じった返事に、彼女はテンション高めの言葉を返した。


 この人は俺のどこに注目しているんだろうか?やっぱり、探索者としてはあまりに弱すぎる、という部分だろうか。ひいては俺がレベルもスキルも能力値もないという秘密に違いない。


「ふぅ……お断りする、という選択肢は?」

『そうなりますと、私にも考えがありますよ?』


 その言葉に俺の背筋が凍った。


 あの人は俺の秘密を握っている可能性がある。もしかしたらそれを公にされるかもしれない。


 そう思うと、断ることが出来なくなった。

 

「はぁ……分かりました」


 俺はため息と共に肯定の返事を返した。


『ふふふ、ありがとうございます。それほどお時間は取らせませんよ』

「了解です」

『それではお待ちしておりますね』


 俺の返事に満足したのか、さらに喜色を含んだ声色になった会長は、用件は済んだとばかりに電話を切った。


―ツー、ツー、ツー


「はぁ……」


 俺は電話が切れた後、今後の展開を想像して盛大にため息を吐いた。


―コンコンッ


『どうぞ』

「失礼します」


 生徒会室に辿り着いた俺はノックをして中に入る。


 中は会議室に執務室を足したような作りになっていて、正面に口の字に机が並べられていて、その奥に生徒会長の執務机が鎮座している。そして、その机の奥にある高そうな革張りの椅子に、ニンマリとした笑みを浮かべて生徒会長が座っていた。


「こんにちは。なんだか憂鬱そうな顔ですね?」


 並べられた机を迂回し、執務机の前まで来るや否や、会長は面白いものでも見るかのように俺を見つめる。


「誰のせいですか……」

「あらあら女性に呼ばれて嬉しくないとでも言うのですか?」

「そんなことはありませんけど……」


 俺が呆れていると彼女はニヤリと笑って尋ねる。


 俺は自分の秘密がバレているかどうかの瀬戸際、気が気じゃない。


 俺は言葉を濁した。


「それで、ここに呼び出された用件はなんですか?」 

「あらあら、もう少し雑談を楽しみたかったのですが、まぁいいでしょう。単刀直入に言います。生徒会に入りませんか?」

「は?」


 会長の口から飛び出した言葉は理解不能で、俺は間抜けな顔を晒してしまった。


「いやいやいや、どうして僕が生徒会に?」


 十秒ほど経って原状復帰すると、俺は慌てて問いかける。


「それはあなたを見た瞬間、ピンと来たからです」


 会長は人差し指をピンと一本と立てて答えた。


「そんな理由で?」

「私の勘はバカに出来ませんよ?一応そういうスキル持ちですから」

「マジですか……」


 理由が信じられなくて疑問を呈する俺だけど、自信ありげに会長は呟いた。


 スキル持ち。つまり俺にはない特別な力を持っていて、その力によって俺が生徒会に入った場合のメリットを感じ取っている、ということなのだろうか。


「でも、会長が生徒会に入ってほしい理由は分かりましたが、俺が生徒会に入るメリットがないですよね?」


 生徒会に入ったら生徒会の仕事にする必要がある。そうなれば必然的にダンジョンに行く時間も減る。出来るだけ早くすべての熟練度を上限にしたい俺としては避けたいことだ。


「もうひと押しですか、はっきり言いますが、生徒会に入るとモテますよ?」

「え?何言ってるんですか?」


 俺は女性が言うとは思えない言葉にきょとんとしてしまった。


「だぁかぁらぁ、沢山の女の子にモテてバラ色の青春が過ごせますよ、と言ってるんです」


 さらに具体的に宣う生徒会長。


 いや、それは分かってるんだけど、あなたのようなうら若き女性が言う言葉ではないと思います。


「お言葉ですが会長、残念、などと言われたことは?」


 流石に淑女然とした生徒会長がそんなことを言うのはイメージとかけ離れすぎていて、なんだか一周回って冷静になってきた。


「そ、そんなことありませんにょ?」

「ぶっ」


 思い当たる節があるのか、慌てて噛んでしまう生徒会長。


 この人は思ったよりも人間味のある人だったみたいだ。


「あ、笑うなんてひどいですね!!」

「す、すいません、ちょっと可愛らしかったので……」


 笑った俺をにプリプリと怒る生徒会長。普段のお姉さんぽい雰囲気と違って、少し子供っぽい。


「か、かわい……。……コホンッ。まぁいいです。返事はいかがですか?」

「もし断ったら?」


 会長は少しの間赤面した後、一度咳払いをして気を取り直して返事の求める。


 思ったよりも初心なのかもしれない。

 しかし、ここはそんなことよりもバレてるのかどうかを確認しなければならない。


「私にも考えがあります」

「何をするつもりですか?」


 俺を生徒会に入れることが出来る自信があるのが表情から見て取れるけど、一歩踏み込んで聞いてみる。


―フニョンッ

 

「こうします」


 生徒会長は自信満々で席を立ち上がり、俺の隣にやって来て腕を取って、カップルのように腕を組んで、胸を押し当ててきた。


「つまり?」

「色仕掛けです」


 俺は訳がわからなくて確認すると、ドヤ顔でそう答えた。


 ふぅううううううう!!

 これは俺の秘密はバレてないな!!

 助かった!!


 会長の態度に俺は確信した。


「お断りします」

「え!?」


 俺の返事にあり得ないことが起こったかのような声を出す会長。


「だから生徒会の入会の件お断りします、と言いました」

「え、えぇええええええええええええええ!?なんでです!?」


 俺が念押しで入会を断ると、会長は理由が分からず、俺から離れて叫ぶ。


「俺は別にモテたくないからです」

「そんな!?」

「それでは失礼します」


 俺がその答えを提示すると、さらに信じられなかったのか、愕然とした表情になって固まった。


 そんな会長を尻目に俺はその場を後にした。


―パタンッ


「はぁ……良かった……」


 俺は生徒会室から出て扉が閉まったのを確認すると安堵の息を吐いた。


 生徒会長は俺の秘密に到達していなかった。それが分かっただけで非常に心が軽くなる。そのせいか、同時に別の事を思い出す。


「ふぅ……柔らかかったな……」


 腕に残る会長の感触がやけに鮮明に感じられた。


『早乙女君が言ってたのに……嘘つき』


 そんな呟きが中から聞こえてきた気がしたけど、気のせいだろう、うん。

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