第二章 恐怖との遭遇と知られざる脅威

第034話 強くなりたい(第三者視点)

「んっ!!」


 光も刺さないほど深い森の中で、一人の少女の短い叫びと共に白銀に輝く美しい剣が煌く。


「グギャァアアアア!!」


 人の大きさほどもある蜘蛛型のモンスターに剣が深々突き刺さり、モンスターの体液が舞い散った。


 すぐに追い払おうと、複数の足が少女に向かって次々と襲い掛かるが、花弁が風の力でひらりと舞うように、迫りくる足を少女は華麗に躱し、地面に残っている足を次々に切り飛ばす。


 足を失い、バランスを崩した蜘蛛に隙が出来る。


 少女は待ってましたとばかりにグッと足に力を籠め、渾身の力で跳躍し、蜘蛛のどてっぱらを深く切り裂き、後ろへと駆け抜けた。


「グギャァアアアア!!」


 再び絶叫する蜘蛛。そして、それは断末魔でもあった。


「グギャ……ギャ……」


 蜘蛛は声にならない音を発しながらその場に崩れ落ち、死体は粒子となって消え去った。


「ふぅ……」


 間違いなく死んでいるのを確認し、周りの安全も確保した後、少女は一息つく。


 それは偉大な父の教えだった。


「止めを刺したと思った時、敵を倒した後、そこに隙が出来る。絶対に気を抜くんじゃないぞ」


 それが父の口癖だった。少女はその言葉を片時も忘れずに実践している。しかし、その父は傍にはいない。


「こんなんじゃ……」


 少女は視線を落とし、自分の掌を見つめると、強く握りしめた。少女の顔には、表情が豊かではない彼女でも分かるほどに、もどかしさからくる焦りが現れていた。


 それに、最近出会った一人の青年が、命を懸けてダンジョンに潜っているわけでもないのに、予想していたよりも圧倒的に強く、自分よりも遥か高みにいることが、その焦りに拍車をかけていた。


「弱いと思ったのに……」


 彼女には早く強くなりたい理由があった。


 しかし、モンスターを探すのも簡単ではないし、強い敵と戦うために次の階に向かうのもなかなか時間がかかる。


 早く強くなるために一つ上のランクのダンジョンにやってきたが、広大な森のダンジョンの中ではモンスターを探すのも一苦労だった。


「迷宮ダンジョン……」


 Eランクダンジョンである迷宮ダンジョンの方が敵との遭遇率が高く、レベルは低いにしても、迷宮ダンジョンである朱島ダンジョンの方がレベル上げの効率が良い可能性があった。


「失敗……」


 彼女は森のダンジョンに来たことを後悔して俯いた。敵に会うにも、先に進もうにも、広大な森ダンジョンではかなり非効率的だということを学べたことだけが彼女にとって幸いだった。


「帰る」


 彼女はもうしばらくの間、蜘蛛や熊、狼などのモンスターを探し歩いた後、数匹ほど倒してダンジョンから脱出した。


 外に出ると辺りは既に日が傾き、山の向こう側に沈む寸前。青とオレンジが織り交ざり、日暮れ寸前の独特な雰囲気の光景を作り上げている。


「遠い……」


 学校からそれなりに距離があり、帰るのに一時間程かかるのも欠点の一つ。森のダンジョンはレベル上げには全く向かないダンジョンであった。彼女はもう二度とここに来てやるものかと心に決めた。


 彼女はダンジョンから出てバスに乗って駅に向かい、駅から学校の最寄り駅行きの電車に乗った。幸い席が空いていたので人が少ないところに腰を下ろし、なんとはなしに外の景色を眺めて出発するのを待つ。


 今でも鮮明に思い出せる父と母の顔。


 父親は少女を抱きかかえて色んな話を聞かせてやり、母親はそんな私たちを眺めながら料理する。そんな光景が当たり前だった。


「もう少し待ってて……」


 一家の団欒の光景を白昼夢で見た少女の、その蒼穹のように青い瞳には決意の色が浮かんでいた。


 電車が動き始めると、少女はおもむろに携帯を取り出してネットを閲覧する。そして、彼女はダンジョンリバースのニュースがトップページに表示されているのを見つけた。


「朱島ダンジョン……ダンジョンリバース!?」


 学校に近い朱島ダンジョンがダンジョンリバースを起こした事に驚くと同時に、ゲートが無惨にも壊れた姿が写真に鮮明に映っていた。


「ここ!!」


 少女は電車内にも関わらず大声で叫び、希望が叶いそうで思わず感情が溢れてしまったのだ。


 無惨に壊れたゲートならカードを翳さなくても通る事が出来るはず。見張りさえなんとかすれば、あのダンジョンの中に入り込める。


「もっと強く」


 俄然やる気になった少女は、ダンジョンリバース後の朱島ダンジョンについて情報を得るため、さらにネットの世界へと迷い込んだ。


 先程の写真の中に、探索者組合の緊急対策室のメンバーと、ダンジョンから帰ろうとする普人が小さく映り込んでいたのだが、少女が気付くことはなかった。

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