第27話



 キノコの原木は木材を生産している植林場のすぐそばに設置した。見た目は苔の生えた丸太のような木にしか見えないのだが、本当にここからキノコが生えてくるのだろうか?



 そんなことを思いながら見ていると、いきなり原木からむくむくとものすごい早さでキノコが生えてきた。



「まるで録画した映像を何倍にも早送りして見てるみたいだったな」



 よくテレビのネイチャー番組なんかでよくある光景を実際に見ているようだった。なにはともあれ、無事にキノコが生えてきたのでさっそく採取してみると、予想通りポーションの材料である【ブルーキノコ】が数個とシイタケやエノキダケといった食用のキノコも入手することができた。



 これでポーションを作るための材料が揃ったわけだが、肝心なことがまだわかっていない。それがなんなのかといえば、集めた材料を調合する方法だ。



「とりあえず、木材でボウルとすりこぎを作ってすり潰してみるか」



 そう言うと、俺はさっそく自分が発した言葉の通りの行動を取った。石の作業用ナイフでボウルの形にくり抜き、同じようにすりこぎの形になるようナイフを使って削っていく。



 道具が完成したところでさっそくボウルに薬草を入れすりこぎを使ってすり潰していく。すり潰された薬草から汁が溢れ出しいい感じに出てきており、いかにも調合やってますといった雰囲気を醸し出している。



「ご主人、何やってるニワ?」


「ポーションを作ってるんだよ。お前はまたサボりか?」


「違うニワ、素材が回収できるまで待ってるだけニワ」



 という体のいい言い訳だろうと思ったが、敢えてツッコまないでやった。言った所で暖簾に腕押しになるだろうしな。



 すり潰した薬草にブルーキノコをナイフを使って細かく刻んだものを加え混ぜ合わせていく。そして、出来上がったものがこれだ。



【異物が混入した薬草の汁】:ポーションを作ろうとしてできた失敗作。運営「馬鹿め、そんな簡単にできると思ったか!」 レア度:コモン 効果:なし(不味い) 品質:最低



「……説明欄に運営の感情が。これはさすがに職権乱用過ぎるだろ」



⦅特定条件を満たしました。プレイヤー【スケゾー】は【初級調合】を獲得しました⦆



 出来上がったものは最悪だったが、それでもスキル獲得条件を満たしてくれたようで欲しかった【初級調合】を覚えた。



 スキル内容は調合の成功確率に補正が掛かることと、レベルが高くなるにつれ一回で調合してできる個数が増えていくというのが特徴的だ。調合もプロダクトと同じく材料を消費することで自動的に生成することが可能だが、品質が高くならないという仕様もどうやら同じらしい。



 試しに手作業ではなく自動生成で調合してみると問題なく下級ポーションを作ることができたが、NPCが売っている回復アイテムが回復量30なのに対し、今作ったものは回復量25と若干少なかった。



「やはり手作業による調合でなければいいものはできないか」



 それからしばらく手作業による調合を続けていたが、最初に手に入れたブルーキノコが底を突いたので取りに行くことにした。



 工房から外に出てキノコの原木を設置した場所に移動していると、奴がやってきた。



「ご主人、ご主人、これ見てニワ。こんなにたくさんのキノ――ほげっ」


「……」



 何が起こったのかありのまま全て話そう。ブルーキノコの補充をしようと俺はキノコの原木がある場所へと向かっていた。そして、その道中ドロンが何か両手一杯に抱えたままこっちにとてとてとやって来た。ここまではよかった。



 何かの拍子に足を引っかけたのだろう、そのまま前のめりに倒れ込むドロンの姿を目視した次の瞬間、何かが雨のように降ってきた。



 それは俺が今から補充しようとしていたブルーキノコだった。



「お前、なにやってるんだ?」


「いててて、転んでしまったニワ」


「おい、ドロン。なにか俺に言うべきことがあるんじゃないのか?」


「うん? えーと、テヘペロ♪」


「よーし、よく言った! ならば戦争だぁー!!」


「なんでぇー!?」



 それから小一時間ほど俺とドロンの鬼ごっこという名の追いかけっこが開催され、最終的にドロンが捕まるという結果で幕を閉じた。ドロンを捕まえた俺がそのまま何もしないわけもなく、一番最初に調合して失敗したときに出来上がった【異物が混入した薬草の汁】を罰として飲ませたのは言うまでもないことだ。



 ちなみに飲んだ感想としては「し、死ぬかと思ったニワ」と言っていたので「そこは“不味い、もう一杯”だろうが」と指導しておいた。



 ……なに、パワハラだって? これはパワハラではない調教である。口で言ってもわからないような奴は、体にわからせてやるまでのことだ。



 ドロンとのふれあい(?)が長引いてしまったせいでもうそろそろログアウトの時間が迫って来ていた。しかも今回のログアウトはただのログアウトではなく、現実世界で終業時間のためによるログアウトなのだ。



 ポーション作りが乗ってきた所だっただけにこのタイミングでのログアウトは少々後ろ髪を引かれる思いであったが、会社での業務も残っているため仕方なくログアウトした。






「はぁー、ドロンの奴め」


「ははは、お疲れ様」



 ゲームの世界から現実の世界へと引き戻された俺を上司である三河さんが出迎えてくれる。どうやら、俺の呟きがなにを意味しているのか大方の想像がついているようで苦笑いで労いの言葉を掛けてくれたが、ここで少し真面目なトーンで彼女が注意してきた。



「七五三くん、ドロンにイラっとさせられるのはわかるけど、あんまりあの子に体罰をやるのは感心しないわね」


「イライラすると、ついつい殺っちゃうんです」


「なんかやるの文字が違っている気がするけど、とにかく君のやってる行為はぎりぎりハラスメントの規約に抵触する可能性があるわ。いくら運営会社の新入社員とはいえ、あんまりやりすぎると一般プレイヤーと同じようになにかしらのペナルティが課せられるから気を付けてね」


「……イライラすると、ついつい殺っちゃうん――」


「それはもう聞いたわ。とにかくそういうことだから。それから、プレイしている時に他に何か感じたことはないかしら」


「そうですね……」



 今までのプレイを頭の中で振り返ってみた。特に不憫に感じる点はないと思ったが、改めて思い返してみると疑問点がいくつか出てきたのでそれをまとめてみる。



 まずログイン可能な時間帯に制限が設けられている点についてだが、前作のMOFOでは当然だが二十四時間いつでもログインが可能だった。それに今の制限だと社会人など特定の年代層では、ログインすらできない可能性も出てくるのではないだろうか。



 次に今作のシステムとして、生産職または戦闘職のどちらかを選択しゲームを進めていく点については問題ないのだが、その二つの職の接点があまりに少な過ぎるのではないかとも感じている。もう少しお互いが交流できる公共の場所を増やして、ゲーム攻略の情報交換やちょっとした雑談ができる場を設けてもいいかもしれない。



 最後に特定のプレイヤーの個人情報の保護や、その情報が漏れたときの対応方法についてだ。現在掲示板の情報によると、俺ことスケゾーというプレイヤーの特定作業がプレイヤーたちの間で行われており、その話題で専用のスレが立てられているほど注目されている。

 今のところ特定には至っていないものの、いずれ俺がスケゾーであるということはバレてしまうだろう。そうなったときプレイヤーが情報を得るため俺に殺到する可能性が高く、下手をすればプレイに支障をきたしてしまう。その場合、運営は具体的な対応策を持ち合わせているのだろうか。



「とまあ、こんなところですかね」


「そうね、まずログイン時間に関してはあなた以外のテストプレイヤーからも指摘があったけど、今はサーバーの調整を兼ねた試運転の期間だから次のアップデートで二十四時間ログイン可能になると思うわ。それと生産職と戦闘職の交流の場を増やすことについては、開発側が話を進めていて順次そういった場が増えていく可能性もあるし、そういったイベントも考えてるみたいね。最後にあなたのことなんだけど、一応テストプレイヤーではあるけど基本的には一般プレイヤーと同じ対処法が取られると思うわ」


「そうですか、まあ俺の場合テストプレイヤーとしてというよりも一人の一般プレイヤーとしてMOAOを楽しんでて、報告はおざなりになってるって感じなんですけどね」


「その点については問題ないと思うわ。あなたのプレイ状況は開発部や他の部署にも報告が上がっていると思うし、そもそもテストプレイヤーについては一人一人に専用の人材がついててあなたのプレイ内容も逐一報告書が作られてるはずだから」



 おう……マジですか。今までの俺がやってきたことが見られていたとは。なんかちょっと恥ずかしい気分になってきた。



 でもそれって、プライバシーの侵害じゃないのか?



「そうそう、テストプレイヤーの監視については以前七五三くんが同意してくれた契約書にも記載されているし、私も口頭でプレイの内容は会社内で共有されるって説明したわよね? その時あなたもそれに頷いていたからプライバシーの侵害については問題ないはずなんだけど?」



 どうやら考えが顔に出ていたらしく、カウンター気味に三河さんがそんなことを言ってくる。まあ、見られて困ることはしていないし別に構わないんだけどさ。



「とりあえず、今日はお疲れ様。もう終業時間すぎてるから、このまま帰ってもいいわよ」


「え、いいんですか」


「まあ、報告書を書かなくちゃならないけど、それは明日の朝でもいいし今日中に書いてもらってもどちらでも構わないわ」


「わかりました」



 それで話は終了し、俺は報告書を書くため朝に案内された自分のデスクへと戻り報告書をまとめた。すべての作業が完了したのは夕方の六時を過ぎた頃だった。初仕事を無事終えた俺は、帰り支度を済ませるとそのまま帰路についたのであった。

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