23.運命は変えられる。


 僕が行動を変えることで、他人の頭上の数字は動くのか。


 実験を試みた。


 同じクラスに、河本こうもとくんという男子がいる。野球部で、お調子者で、目立ちたがり屋。ほとんど話したことはない。


 彼は現在、隣のクラスの佐久間さくまさんと付き合っている。特に本人たちに隠してもいる様子はない。僕ですら知っているのだから、まあまあ有名なカップルのはず。二人が付き合い始めたのは、今年の五月の連休中だ。


 佐久間さんは清楚系女子で、学年でもトップレベルの学力を持っている。才色兼備で高嶺の花といった感じの女の子だ。たしかに彼女は、ハッと息をのむような綺麗な人だった。


 河本くんは入学時に佐久間さんに一目ぼれをし、何度もアタックをしてきた。しかし佐久間さんは、嫌そうにはしていないまでも、なかなか隙を見せない。しかしそれでも、河本くんは諦めずにアプローチを続けた。


 そしてついに今年の春。河本くんは一年以上の片想いを実らせた、というわけだ。


 僕は数字のおかげで、河本くんに恋人ができたことは早い段階で知っていたけれど、相手が佐久間さんであることは後から脩平しゅうへいが教えてくれた。脩平は河本くんと同じ中学出身で、それなりに仲が良い。


 河本くんと佐久間さんは学校でもよく一緒にいて、二人からは幸せそうなオーラが出ている。


 しかし、このカップルには一つの問題があった。


 河本くんの頭上に出ている数字は、220。


 佐久間さんの頭上に出ている数字は、220。そして、37。


 つまり、佐久間さんは浮気をしている。人は見かけによらないものだ。なんてことは、僕は昔から知っているけど。


 そして僕は、佐久間さんの浮気相手も知っていた。


 僕のクラスで生物の授業を受け持つ男性教師、長嶋ながしまの頭上にも37という数字がある。彼にもう一つ大きい数字があるのは、おそらく奥さんとのものだろう。


 長嶋が浮気をしていたことはかなり前から知っていたが、浮気相手が佐久間さんだということには、少し前に気づいた。


 偶然、街中で二人で一緒にいるところを見てしまったのだ。もしやと思い、数字を見てみると、同じ数字が浮かんでいたというわけだ。


 このままだと、佐久間さんと長嶋は37日後に別れ、佐久間さんと河本くんは220日後に別れることになる。


 しかし、僕がここで行動を起こせば、何かが変わるかもしれないのだ。


 なんて、ちょっと格好良いセリフ風に言ってみたけれど、やることは他人の恋愛関係に首をつっこむという、下賤な行為だ。


 行動するなら早い方がいい。僕には時間が残されていなかった。


 さっそく、翌週の月曜日の放課後、河本くんを教室に呼び出して、佐久間さんが浮気をしていることを教えてみた。


「橘田。大事な話ってなんだ? まさか告白か? 残念ながら間に合ってるんだ」


 などとおどける河本くん。お調子者だけど努力家で、クラスの人気者だ。


 そんな河本くんに、僕は今からとても残酷なことをする。


「いや。言おうかどうか迷ってたんだけど、実は僕……先週の放課後に見ちゃったんだ」


「見ちゃったって、何をだよ」


 真面目なトーンで話す僕に、河本くんは笑顔を引っ込めて怪訝な表情で尋ねる。


「夜、佐久間さんが長嶋先生と二人で手をつないで歩いてた」


 言い終わった瞬間、ぶん殴られた。


「言っていい冗談とそうじゃない冗談があんだろ!」


 激高した河本くんは、床に倒れ込む僕のことを、キッとにらみつける。


 残念ながら冗談ではなかった。二人が一緒にいたのは本当だ。見たのは先週ではないし、手をつないでいたというのも嘘だけど。でも、それくらいの嘘は目をつぶってほしい。


 まあでも、そりゃそうだよな。僕だって普段あまり話さない人から「七里さんが男の人と歩いてた」なんて言われたら怒るし。殴りはしないけど。


 さて。数字はどうなっただろう。


「……」


 僕は河本くんの頭の上あたりを見て目を凝らし――口の端をゆがめた。


「な、なんだよ、お前……。気持ちわりぃな」


 河本くんは恐怖と戸惑いの混じった瞳で僕を見ると、そそくさと去って行った。殴った相手がニヤけ出したのだから、気持ち悪く思うのも当然かもしれない。


 痛む頬を押さえながら、僕は立ち上がった。


 さて。帰るか。


「ふふふふ。ふふ………………あははははははははははははははは」


 学校から帰宅し、自分の部屋に入ると、堪えきれなくなった笑いが僕の口から漏れた。殴られた頬が痛む。運動部の拳は痛い。


 でも、僕はたしかに見たのだ。河本くんの頭上にある数字が変化するのを。


 220となっていた数字は、僕が殴られたあとに、180となっていた。


 数字は増減する。


 運命は変えられる。


 僕にはまだ、七里さんとの幸せな未来をつかみ取るチャンスがある。




 翌日。河本くんの頭上の数字は179になっていた。


 佐久間さんの方も確認した方がいいだろう。彼女は別のクラスなので、わざわざ別の教室に向かう。教室の後方のドアから、佐久間さんの姿を見つける。頭上の数字は……179と3。


 220と37だった数字が、179と3になっている。


 念のため、長嶋の数字も確認したところ、しっかりと3になっていた。


 そこで僕はあることに気づく。


 佐久間さんの浮気相手が本当に長嶋だとは限らなかったのではないか。


 今はこうして数字の増減によって確認することはできた。けれど昨日の段階では、二人とも浮気をしていて、同じ数字があるということしかわからなかった。


 たしかに二人で歩いているところを見た。浮気である可能性は高かった。しかし、それが百パーセント確実なのかと言われるとうなずくことはできない。


 一度それらしい想像をすると、それが真実だと思い込んでしまうのは、僕の悪い癖だった。


 今回は僕の想像は当たっていたようで、佐久間さんは長嶋とは3日後に、河本くんとは179日後に別れるようだ。


 昨日の僕の発言によって、心配になった河本くんが佐久間さんに事実確認をする。佐久間さんはそれを誤魔化すのか、それとも認めるのかはわからないが、3日後に長嶋との関係は解消される。そして、河本くんともしばらくしてから別れる。そんなストーリーが想像できる。


 まあ、過程はどうでもいい。大事なのは、僕が何かアクションを起こすことで、数字が変わり得るということだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る