Day23 レシピ

 亡き母が遺した特製スープのレシピを、私たち姉妹はようやく発見した。材料リストの一番上には「虚無」と書かれていた。

 私は姉と顔を見合わせた。秘密の隠し味があるらしいとは聞いていたけれど、そんなものが入っていたとは予想外だ。

 私たちはどうしてもあの特製スープを食べたかったので、いかなる手段を使っても虚無を手に入れなければならないと思った。レシピの一番上に載っていたからには、これが最も重要な材料に違いないのだ。

 ところがどこのスーパーに行っても、虚無などという食材は売られていなかった。私たちはまた顔を見合わせた。

「しかたがない。作りましょう、虚無を」

 姉が言った。

 私は裏の竹林から竹を採ってきた。その節をひとつ切り取って、姉が側面に「虚無」と書いた。

 私はそれに「虚無」と呼びかけた。姉も「虚無」と呼びかけた。もちろん応答はない。何しろ相手は虚無で、しかもほんの赤ちゃんなのだから。

 それから虚無を育てる日々が始まった。私たちは朝な夕なに竹筒に話しかけた。「今日は寒いね」とか「ちょっと大きくなったんじゃない」とか、一言添えるようにもした。

 私はデパートから人形のベッドを買ってきて、虚無の寝床にしてあげた。姉は竹筒にきれいなリボンを結んでやり、天気によって交換してあげた。今にも雨が降りそうな曇天の日には、薄紫色のオーガンジーリボンがよく似合った。

 こうして虚無を育て始めてから、三年が経った。

 素人目にもいよいよ食べ頃だろうと判断できるほど、虚無は大きく育っていた。竹筒はパンパンになり、その形状のせいですぐベッドから転がり落ちてしまう。そんなところも愛らしい。私と姉はまた顔を見合わせて、互いの困惑を確かめ合った。

「どうする?」

「どうしよう……」

 母の特製スープは食べたい。でもこの虚無を食べてしまうのはかわいそうだし、いなくなったら寂しいに決まっている。虚無だって私たちのことを、愛しているかどうかはちょっとわからないけれど、ある程度懐いてくれているとは思う。

 竹筒を割って、中から虚無を引きずり出し、ぐつぐつと煮え立ったお湯の中に放り込む。そんなことできない、と姉の目が言っていた。私の目も同じことを訴えていた。

 私は裏の竹林に入って、もう一本竹を取ってきた。今度は五本も竹筒を作った。

 これだけあれば、一本くらい食べてもいいかな、となるかもしれない。なってほしい。そうでなければ困る。

 新しい虚無たちは、先住の虚無を囲むように並んでいる。姉はいそいそとひとつずつ、色の違うリボンを結び始めている。

 その様子を眺めながら、私は三年後のことを想像する。果たしてそのとき、私たちは母のレシピを再現することができるのだろうか。

 少し、否、かなり怪しい気がする。

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