第31話


つかつかと、やや早歩きで廊下を歩く。そして、気付けば義弟とよく過ごしていた学校の中庭に辿り着いていた。



―あぁ、私は無意識にユーリを探していたのね。



私はその事に気づき、一気に脱力した。

数分前まで“この調子なら義弟からの自立も難しくない”と思っていたのに…。結局はこのザマだ。情けない。


心が弱っている時に、いつも私を支えてくれていたのは紛れもなく義弟だ。だが、その義弟は居ない。


私は中庭にあるベンチに腰掛けた。臀部から伝わるベンチの冷たさにぶるりと身体が震える。

義弟と一緒に過ごしていた頃の中庭の木々達は青々としていたが、今ではその葉も抜け落ち、すっかり冬の装いになっている。その寒々しい風景に、落ち着いていた寂しさがぶり返してしまった。

その寂しさを誤魔化すために服の下にある硝子細工のネックレスに触れる。これは義弟がデューデン国へ旅立つ前の日に私にくれたお守りだ。義弟に「これはお守りなので、常に肌身離さず着けていて下さいね。服の下にしまっておいた方が無くさなくて良いかもしれません。」と旅立つ前に言われたので、言われた通りに毎日首からかけて服の下にしまっている。不思議なことに、このお守りに触れると安心するのだ。


お守りの効果なのか、少しづつ私に冷静さが戻ってきた。



―…殿下に失礼な態度をとってしまったわ。



いつだって、その事に気付くのは物事が終わってからだ。後悔の念が遅れて押し寄せてきた。やってしまった事を悔やんでも、後戻りなんて出来ない。まさに、後悔先に立たず。そんなこと、わかっている。


私を散々傷つけたアルベルト様は、この新しい世界には居ないのだ。あの人はもう私にとって、過去の人。だから本来ならば、テオドール殿下からの戯言ぐらい笑って流せるはずなのに……



―それが出来なかったって事は…私がまだアルベルト様に囚われているってことよね…。



私の中でアルベルト様は、まだ過去の人になっていないのだ。

魂に刻まれてしまったアルベルト様に対する恐怖心はそう簡単には拭えない。


あの人の存在が未だに自分の心を蝕んでいることを思い知った。あの人が私の心に居座り続ける限り、私は前に進むことは出来ないだろう。

だからこそ、300年前に何があったのかを知り、私の中に居るアルベルト様を完全に過去の存在にしたいのだ。


そうすれば、私は前に進める。…はずだ。



「…はぁ。」



ため息をつけば、それは白い息となる。だいぶ気温が下がってきた。


ノルデン帝国の冬は長く、厳しい。あと何日も過ぎれば雪も降り、帝国は一気に銀色の世界に包まれるだろう。

冬の脅威を前にすれば自分の存在など、ちっぽけなものだ。そのことが今の私には重くのしかかった。



―殿下に、謝りに行かないと…。



ずっとここに居たら、何だか泣いてしまいそうだ。

ベンチから腰をあげようとすると、突然私に人影が覆い被さった。



「あの、大丈夫ですか?」



頭上から可愛らしい少女の声が降ってきた。鈴が転がるような声とは、こういう声のことを言うのかもしれない、と思いながら私は顔を上げた。




******


テオドールside



―あ、やべ。やりすぎた。



エリザベータの顔が強ばったのを見てそう思ったが、思った時には遅かった。

部屋から出ようとするアイツを慌てて引き留めようとしたが、アイツのまるで人形のように冷たい視線に思わず怯んでしまった。なんて、情けない。自分に腹が立つ。

1人残された部屋で大きく溜息をつき、頭を掻きむしった。


普段ツンと澄ました態度をとっているエリザベータが、珍しく顔を真っ赤にして照れている姿につい調子に乗ってしまった。調子に乗った結果がコレだ。俺はアイツを怒らせてしまった。


エリザベータにとって、アルベルトは地雷だということを誰よりも分かっていたというのに……調子に乗りすぎるのは俺の悪い癖だ。反省。



―アイツ、昔と同じ顔してたな。



あの状態のエリザベータをほっとくのは危険だ。俺はエリザベータを追いかけようとドアノブに手をかけた。



――コンコン



扉を叩くノック音が聞こえた。そのタイミングの悪さに思わず舌打ちをする。



「誰だ。」

「フーゴでございます。殿下のお耳に入れておきたいことがありまして…」



フーゴとは俺が学校にいる時の従者だ。またジジイからの煩い言伝かと思った俺はフーゴを部屋の中へと招き入れた。



「あぁ、お前か。入れ。」

「失礼致します。」



フーゴは音を立てずに静かに部屋の中に入ってきた。いつもは落ち着いた男なのだが、今はその顔に焦りが見られた。



「どうした?」

「実は…―――」



耳に入ってくる内容に、まるで鈍器で頭を殴られたような衝撃が俺を襲った。

そして、俺の身体は考えるよりも前に動いた。



「で、殿下どちらへっ!?」

「決まってんだろ、お前も突っ立ってないで探せっ!クビになりてーのかっ!」

「は、はいっ!畏まりました。」



俺は部屋を飛び出した。



駄目だ。今のアイツに会わせては駄目だ。



会ってしまったら、きっと…



アイツは壊れてしまう。






焦っていた俺は、部屋の窓から見える中庭にエリザベータが居るのに気付かなかった。




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