第69話

 洞窟の前に出たケヴィンとガウは、十歩ほどの距離を置いて向かい合う。


 二人の周囲には、取り巻きの狼牙族や冒険者たちが、輪になって集まっていた。


 取り巻きの一人であるジャスミンが、同じく取り巻きに混ざったワウに聞く。


「なあ、ワウのお父ちゃんって強いの?」


「ああ。父ちゃんはワウの集落で一番強い戦士だぞ」


「ほーん。けどまあ、だとしても少年やろ」


「ケヴィンさんですからね」


 ルシアも混ざってそんな会話をしていると、同じく取り巻きに加わっていた狼牙族の青年ウルドが、横から噛みついてきた。


「おい、オマエたち! まさかアイツが族長より強いと思っているのか?」


「ん……? 思っとるよ」


「まあケヴィンさんの強さは、自分の目で実際に見ないと信じられませんよね」


「ケヴィンはちょっとかわいいからな。ワウも最初は騙されたぞ」


「???」


 三人の冒険者たちの声に、混乱した様子を見せるウルドである。


 一方で、取り巻きに囲まれて対峙した二人の戦士。


 狼牙族の族長ガウは、重心を落として、素手で構える。

 彼はワウに武術を教えた武闘家なのだ。


 対する少年は、少し迷う素振りを見せてから、剣を引き抜いて盾を構えた。


 少年が構えた姿を見て、ガウは心の中で舌を巻く。


(どこを攻めても打ち破れそうにない堅牢さだ。口だけではないようだが──さて)


 ガウが「行くぞ」と言うと、少年は「どうぞ」と答えた。


 わずかな受け答えの中にも、少年の余裕とも不遜とも思える態度が見てとれる。


(このオレを挑戦者だと思うか──面白い!)


 ガウは地面を蹴った。


 静かに構える少年に向かって突進したガウは、まずは牽制にと鋭い足払いを放つ。


 剣や盾を使う人間の戦士は、足元が留守になりがちだ。


 それでも目の前の少年は跳躍して回避するだろうから、その隙にさらに接近して素手の間合いに持ち込もうというのが、ガウの目論見だった。


 だが──


「何っ……!?」


 一瞬の後、驚きの声を上げていたのはガウのほうだった。


 少年はガウの足払いを回避することなく、そのまま脚で受け止めたのだ。


 鉄の塊でも蹴ったのかと思うような凄まじい重さが、ガウの蹴り脚に響き渡る。


 対する少年は、わずかによろめく様子すらも見えなかった。


 直後、ガウに向かって、少年の剣が振るわれる。

 おそろしく速い剣閃。


「ぐっ……!」


 その一撃は、狼牙族特有の敏捷性と知覚力もあり、ガウはとっさに飛び退って回避することができた。


 だが二撃、三撃と追撃を仕掛けられれば、どうにか回避はできても、ガウはどんどん窮地に追い込まれていく。


 ガウが不覚にも足をもつれさせて転倒したところに、四撃目の鋭い突き。

 とても回避できるものではなかった。


 ガウの首を貫く直前で、少年の剣がぴたりと止まる。


 よほどの実力差がないとできない、命中寸前での正確な寸止めだった。


 ガウは大きく息を吐いて、少年に言う。


「まいった、オレの負けだ、ワウの友ケヴィン──いや、戦士ケヴィンよ。お前は強い」


「ありがとうございます。ガウさんの蹴りも、やせ我慢しましたけど、実は少し痛かったです」


 少年は剣を引いて鞘に収めると、ガウに手を差し延べる。

 ガウは少年の手を取って、立ち上がった。


 一方、それを取り巻く周囲の狼牙族たちは、ざわざわと驚きの声をあげる。


 狼牙族の青年ウルドもまた、あんぐりと口を開けて二人の闘士の姿を見ていた。


「う、ウソだろ……!? 族長が、負けた……? それも、こんなにあっさり……。あいつ、オレサマより年下だろ……? メチャクチャだ……」


 なおワウ、ルシア、ジャスミンという三人の先輩冒険者たちはというと──


「どうだ、ケヴィンは強いだろ! な? な?」


「まあケヴィンさんですから当然ですね」


「ふふん。ま、こうなることは最初から分かっとったけどな」


 なぜかわが事のように、ケヴィンの勝利を自慢げに誇っていたのだった。


 そうしてケヴィンの実力は、狼牙族の族長ガウによって認められた。


 結果、ケヴィンらは狼牙族の戦士たちとともにヒュドラ討伐に赴くことになるのだが──


 その前には、もう一幕の出来事があった。


 それは部族の呪術師である老婆が持ち出した、依頼報酬に関する話であった。

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