第67話

「ワウ! オレサマはワウに、ずっと会いたかったぞ!」


 その青年が駆け寄ってきて抱きつこうとするので、ワウはひょいと横に動いて回避した。


 おかげで狼牙族の青年は、抱きつき動作をスカされてしまう。


「ウ、ウルド! ワウはお前に、抱きつくのを許したことはないぞ!」


「どうしてだ、ワウ! オレサマはワウと交尾したいから、ワウが集落を出ていってからもメチャクチャ頑張って、すごく強くなったんだ! ワウは強いオスが好きなんだろ!」


「強ければ誰でもいいわけじゃないぞ! ──でも父ちゃん、ウルドがメチャクチャ頑張って強くなったって本当か?」


「嘘だ。ウルドは相変わらず、いつも楽をしようとして怠けてばかりだ。ほとんど強くもなってない」


「ち、違う! オレサマは見えないところでメチャクチャ頑張ってるんだ!」


 やんややんやと、狼牙族の間で賑やかなやり取りが始まってしまう。


 ケヴィンはその様子を見て、微笑ましい気持ちになっていた。


 知己の仲同士、積もる話もあるだろうと、少年は身を引いて状況を見守っていた。


 だがそんな折、矛先がケヴィンに向かう。


 狼牙族の青年ウルドから逃げてきたワウが、ケヴィンの背後に隠れてこう言ったのだ。


「ワウはケヴィンに惚れたんだ! 今はまだトモダチだけど、ワウはいつかケヴィンと交尾するんだ! ワウが交尾するのはウルドじゃないぞ!」


「え……? あ、あの……ワウさん……?」


 ケヴィンは困った。


 ワウはケヴィンをウルドに対する盾にするように後ろに隠れているのだから、少年は必然的に、狼牙族の青年と向き合うことになる。


「おい、オマエ! ケヴィンというのか! ワウといつか交尾するって本当か!」


「えっ……いや、あの……俺は、その……」


「ケヴィン、助けてくれ! ウルドのやつ、昔からしつこいんだ。ケヴィンがワウといつか交尾するって言えば、ウルドもきっとあきらめるぞ!」


「い、言えませんよ、そんなこと!」


「どうしてだ! やっぱりケヴィンはワウのことが嫌いなのか?」


「嫌いじゃないですけど! どっちかっていうと好きですけど、そうじゃなくて……!」


 悲鳴のような声をあげ、顔を真っ赤にして慌てるケヴィンである。


 それをルシアとジャスミンが、いつものように苦笑しながら見ていた。


 そうした状況をたしなめたのは、ワウの父親──集落の族長ガウだ。


「ウルド、今はそういうときではない。お前だって分かるだろう」


「うっ……そ、そうだな族長。ワウ、この話はまた今度だ。それよりも今は──」


 狼牙族の青年ウルドは、周囲を見回す。


 洞窟内の広間に集まった狼牙族たちは、ワウが現れたことで明るい表情を見せた者もいたが、全体としては一様に暗い雰囲気だ。


 慣れない洞窟暮らしのせいか、憔悴している者も多いように見える。


 寝具もろくになく、ここでずっと寝泊まりをしていれば体力を奪われ、いずれは病に侵される者も現れるだろう。


 族長ガウが言う。


「オレたち集落の者は、ひとまずこの洞窟に逃げてきた。だがここもいつ、やつに見つかって襲われないとも限らない。今度はうまく逃げられないかもしれない。オレたちは集落を捨てて、別の場所で暮らさなければいけないのかもしれない」


「たった一体のモンスターのせいで、か……。まあヒュドラっちゅうたら、そんぐらいの怪物ではあるわな」


 ジャスミンの相槌に、族長ガウはうなずく。


 だがそれには、ウルドが食ってかかった。


「だから族長! オレサマたちであいつを倒せばいいんだ! 族長の強さとオレサマたちの力も合わせれば、きっと勝てるって!」


「ウルド。お前はまだ、あのモンスターの強さを分かっていないようだな。あのときは運よく逃げられたが、次は誰かが死ぬぞ。いや、すべての戦士が死んでなお、やつには勝てないかもしれない。やつの再生能力を見ただろう」


「そんな……! 族長は臆病だ! もう一度戦えば今度こそ、きっと勝てる!」


「ウルド、オレは族長だ。集落の皆の命を預かっている。お前のように簡単には考えられない」


「だけど、族長……!」


 狼牙族の青年ウルドと、あれこれと族長ガウは言い争いを始めてしまう。


 と言っても、ウルドが無理を言ってガウがたしなめるといった一方的な構図ではあったのだが。


 そのやり取りを見ていて、ケヴィンは思った。


 こういうときにこそ、自分の力が必要なのではないか──と。


 目の前に困っている人たちがいたら、自分の力を使って手助けをしてやりたい。


 それが自分のような、人並み以上の力を持って生まれた者の、責務のようなものなのではないか──ケヴィンは今、そのように感じていた。


「ケヴィン……」


 ワウを見れば、なにか物言いたそうな顔で、ケヴィンのほうを見ていた。


 いつもハキハキとした狼牙族の少女には珍しい、躊躇いの様子だった。


 助けてほしいと言いたいものの、彼女の立場ではそれもおこがましいと考えてのことだろうが──


 ケヴィンはワウに向かって微笑みかけ、うなずいてみせる。


 狼牙族の少女の表情が、パァッと明るくなった。


 ケヴィンはウルドと言い争いをしている、狼牙族の族長ガウに向かって一歩前に出る。


 そしてはっきりと、こう言い放った。


「ガウさん、俺に手伝わせてください。──そのヒュドラ、倒しましょう」

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