第63話

 ケヴィンがかすかな悲鳴を聞きつけたのは、馬車の男たちに捜し人を見た旨を伝えて、酒場に戻ろうとしていたときだった。


 村の外の森だと思い、ケヴィンは悲鳴が聞こえたほうへと全速力で走った。


 断続的に聞こえてくる悲鳴を頼りに走っていくと、森の中で四人の暴漢に襲われている少女の姿を見付けた。


 その光景を見た少年の心に、怒りの炎が灯った。


「──お前たち、そこで何をしている」


 ケヴィンは男たちに詰問する。

 だが聞かずとも、答えなど分かっていた。


「テメェ、酒場にいた冒険者……! どこから現れやがった」


「クソガキが、騎士ナイト様気取りかよ! 構わねぇ、こいつもやっちまえ!」


 四人の暴漢のうち、エメラインを捕まえている男以外の三人が、ケヴィンに向かって襲い掛かってきた。


 だが所詮はチンピラである。


 この頭抜けた実力を持つ聖騎士見習いの少年に、敵うはずもなく──


「ぐえっ!」

「がはっ……!」

「おげぇっ……!」


 素手で反撃したケヴィンによって、三人の男たちはあっという間に打ち倒され、地べたを舐めることとなった。


 さらに──


「舐めてんじゃねぇぞガキが!」


 ケヴィンの背後から現れた別の一人──エメラインによる金的のダメージから回復して追いついた男──もまた、武器を振り上げ、少年に奇襲を仕掛けようとしたが、


「もう一人いましたか」


「──うげっ!」


 ケヴィンはその攻撃もあっさりとかわし、前のめりになった男の首に手刀を叩き込む。

 男はその一撃で意識を失い、どさりと倒れた。


 そうして四人の男たちはあっという間に倒され、地べたに転がっていた。


「なっ……バ、バカな……!?」


「強い……」


 エメラインを捕まえた男と、捕まえられた少女本人が、驚きの声をあげる。


 だが男は、はたと思い出したように腰から短剣ダガーを引き抜いて、捕まえている少女の首筋にその刃をつきつけた。


「そ、それ以上、近付くんじゃねぇ! この女がどうなってもいいのか!」


「──これ以上近付くな、ですか」


 ケヴィンはおもむろに身を屈めて、小さな石ころを一つ拾い上げる。

 その動作があまりにも自然だったので、男の反応が遅れた。


「なっ……!? う、動くなっつってんだよ! この女を殺されてぇのか!」


「いえ、どちらもお断りします」


 ケヴィンは拾い上げた石ころを、指で鋭く弾いた。


 石ころはクロスボウから放たれた短矢クォレルもかくやという速度で飛び、狙い過たず男の手に命中した。


「ぐあっ……!」


 男は短剣を取り落とす。


 そこに少年はすぐさま飛び込んで、無防備な男の顎を掌底で撃ち抜いた。


 その掌底はエメラインが放ったものと似ていたが、比較にならないほどに洗練された美しい技だった。


 下あごを鋭く撃ち抜かれた男は、白目をむいて後ろに倒れる。


 一方、支えを失った貴族令嬢エメラインも、膝の力が抜けて倒れそうになった。


「おっと」


 ケヴィンはそれを、倒れないように抱き支える。


 半裸の少女が、少年の腕の中に抱かれる形となった。


「あ、ありがとう、ございます……ですわ……」


「うあっ……あっ……えっ……はい。……そ、それより……何か、着るものを……」


 ケヴィンは頬を赤らめあたふたとして、周囲を見回した。


 その様子を見たエメラインは一瞬きょとんとして、次に今の自分の姿に気付き、顔から耳までが真っ赤に染まった。


 破り捨てられたエメラインの衣服のうち、フード付きの外套だけは比較的無事な状態で残っていたので、少女はひとまずそれに身を包んで半裸の体を隠すことになった。


 それでもまだ、あまり見てはいけない姿をしているエメラインの肢体から目を逸らせて、ケヴィンは少女にお説教をする。


「だ、だから言ったじゃないですか。もっとちゃんと、自分の身の危険を考えてくださいって」


「……ごめんなさい、ですわ」


「馬車の人たち、エメラインさんのことを心配してましたよ。……戻りませんか?」


 ケヴィンのその言葉に、伯爵家の令嬢は今度こそ、こくんとうなずいた。

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