第59話
立ち上がった小柄な人物は、声から察するに女性のようだった。
目深にかぶったフードの奥には、エメラルドグリーンの瞳が垣間見える。
それを目にしたケヴィンは、先ほど遭遇した馬車のことを思い出していた。
一方では、チンピラ風の男たちのうちの一人──ウェイトレスを捕まえていないほうの男が席から立ち上がり、フードの人物へと向かっておもむろに歩み寄っていく。
「ああ? なんだテメェは。ずいぶんと舐めた口をきいてくれるじゃねぇか」
「舐めた口ですって? 私は暴行をやめなさいと言っただけですわ!」
「それが舐めた口だって言ってんだよ!」
男は手を伸ばし、フードの人物の胸倉をつかもうとした。
フードの人物は素早く動いた。
伸ばされた男の腕を両手でつかみ、男を地面に引き倒す。
男は見事に倒され、うつぶせの姿勢でフードの人物に押さえ込まれ、片腕を極められた形となった。
「なっ……!? くそっ、放しやがれ……!」
「おとなしくなさい! 腕を折りますわよ!」
「くっ……! このアマ、ふざけやがって……!」
一方ではもう一人の男が、捕まえていたウェイトレスを突き飛ばすと、腰に提げていた
短剣を手にした男は、それをフードの人物に向かってひけらかして見せる。
「おい、そこのフードの女ぁっ! 武術でもかじってるのか知らねぇが、あんまり調子に乗ってんじゃねぇぞ。痛い目を見たくなかったら、今すぐそいつを放しな」
「くっ……卑怯な……!」
フードの人物は、エメラルドグリーンの瞳で男を睨みつける。
彼女は今、押さえ込んでいる男をどうにかしなければ、短剣を手にした男の相手はできない。
短剣を手にした男は、下卑た笑みを浮かべながらフードの人物に歩み寄っていく。
「へへっ、何ならそのまま動かなくてもいいんだぜ? その姿勢のまま、こいつで服を一枚ずつ引き裂いて、ストリップショーにしてやるからよぉ」
「こ、来ないで! それ以上近付くなら、こいつの腕をへし折りますわよ! 嘘じゃありませんわ! 本当にやりますわよ!」
「おう、やってみろよ? 手が震えてるぜ?」
「くっ……!」
「お、おいやめろバカ! 挑発すんじゃねぇ!」
どうやら場が混沌としてきた。
フードの人物もかなり間が抜けていて、多少の武術の嗜みがあるという程度の素人であることが丸分かりだった。
だがいずれにせよ、こんな村の酒場で刃傷沙汰。
しかも二対一だ。
それを見ていた冒険者たちが、割って入らない理由はなかった。
まずはケヴィンが立ち上がる。
「その喧嘩、俺も混ぜてもらえますか? 丸く収まるようならと見ていましたけど、風向きがあやしくなってきましたし」
さらにジャスミン、ワウ、ルシアも次々と席から立った。
「そんじゃ、うちもやろか。大の男が二人がかりで、刃物まで持ち出したんや。多勢に無勢が卑怯とは言わせんよ?」
「ワウもひさしぶりにケンカするぞ! やるぞーっ! シュッシュッ!」
「私も……いえ、私は見物ですね。魔法でいたずらはするかもしれませんけど」
若いとはいえ、冒険者風の出で立ちのケヴィンたちである。
それが四人だ。
チンピラ風の男たちも、さすがに怯んだ。
「な、なんだテメェら、次から次と……!? そのフードの女の仲間か!」
「いいえ、知人ではないですね。あなたたちの乱暴を不愉快に思う気持ちは一緒のようですけど」
ケヴィンの返答を受けて、短剣を手にした男はあらためて状況を見回した。
人数だけ見ても五対二。
しかも冒険者たちはそれぞれ武器を携えているし、自分の仲間はすでに拘束されている。
「チッ……! くそっ、覚えてやがれ!」
短剣を手にした男は捨て台詞を残すと、逃げ足早く酒場から出ていった。
「お、おい、待てよ!」
もう一人の男もまた、フードの人物が解放すると慌てて酒場から逃げ出していく。
騒動のもとがいなくなって、酒場に安堵の空気が流れた。
その後、フードの人物とケヴィンたちが店主やウェイトレスからお礼を言われるなどしつつ、酒場は平常の場へと戻った。
フードの人物がケヴィンたちのもとへとやってきて、声をかける。
「あなたたち、冒険者ですの? ……い、一応お礼を言っておきますわ。まああんなやつら、私だけでも楽勝だったのだけれど、一応ね」
ケヴィンはそれに、苦笑しつつ返事をする。
「はい。お察しのとおり、俺たちは冒険者です。そういうあなたは、どこかの高貴な身分の方ですか?」
フードの人物は驚いた様子を見せた。
「……どうしてそう思いますの?」
「先ほど立ち往生している馬車を見かけたので、話を聞きました。人を捜していたようです。捜し人はあなたでは」
「…………」
フードの人物は黙った。
その唇がへの字に曲がっていた。
「馬車の人たち、あなたがいなくなって困っているようでしたよ。どんな事情があるのか分かりませんが、ひとまず戻って安心させてあげませんか?」
ケヴィンがそう説得すると、フードの人物はぎゅっと手をにぎる。
「嫌ですわ! 私は自由に生きますの!」
そう叫んで、フードの人物は酒場から駆け出ていってしまった。
と思ったら一度戻ってきて、支払い忘れた食事の代金を店員に渡してから、ケヴィンたちのほうをチラと見て、また出ていってしまう。
ケヴィンは困ったようにぽりぽりと頬をかいてから、先輩冒険者たちに言う。
「えーっと……俺、なんだか心配なので、追いかけてきます」
「おー、少年は面倒見がいいな〜。行ってら〜」
先輩たちからの見送りを受けつつ、ケヴィンはフードの人物を追いかけて、店の外へと出ていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます