エピソード6:お転婆な貴族令嬢

第58話

 旅の途中、ケヴィンたちは一つの村に立ち寄った。


 夜の帳がまもなく下り始める頃のこと。


 村に点在する木造住居の煙突からは、夕餉ゆうげの準備による白い煙が上がっていた。


「んんっ……! ようやく人里までたどり着きましたね。もう少し歩けば、次の街にもつくでしょうけど」


 魔導士のルシアが、うんと伸びをする。


 冒険者たちは、隣の街を出てから森を貫く街道を半日歩いてきて、ようやく落ち着ける場所までたどり着いたところである。


 ちなみに道中では、ゴブリンの群れに遭遇して襲われるといったアクシデントもあったが、当然ながら苦戦することもなくあっさりと蹴散らして終わっていた。


「けどお腹が減ったな。街まで行く前に、この村で何か食べていきたいぞ」


「そやね。酒場の一軒ぐらいはあるやろし、先に腹ごしらえにしよか」


 狼牙族の武闘家ワウと、盗賊のジャスミンがそう口にする。

 ケヴィンとルシアもその提案に賛成した。


 冒険者たちは、腹ごしらえができる店を探して村を歩いていく。


 するとその途中、彼らは一台の馬車に遭遇した。


 道端で停車しており、どうやら立ち往生しているようだった。


 馬車の周囲には数人の男たちがいて、慌てた様子で何かを探している。


 馬車は貴人用のもので、男たちの身なりも素朴な村には似つかわしくない立派なものだ。


「どうかしたんですか?」


 困り事の気配を察したケヴィンが、男たちに声をかけた。

 男の一人が返事をする。


「おおっ、キミたちは冒険者かい? どこかこのあたりで、身なりのいい少女を見かけなかったかな。長い金髪でエメラルドグリーンの瞳を持った、キミと同い年ぐらいの子なんだが」


「いえ。俺たちも今この村にたどり着いたばかりなので」


「そうか……ありがとう。もし見かけたら教えてほしい。礼はするよ」


「分かりました」


 ケヴィンは男たちに一礼して、仲間たちに合流した。


 後ろで話を聞いていたジャスミンが、またぷらぷらと歩き始めながら、のんびりと口にする。


「なんや、どこぞのご令嬢がさらわれでもしたんかな?」


「どうでしょう。だとしたら一大事ですけど」


「でもそんな感じじゃなかった気がするぞ。焦ってるっていうより、困ってる感じだった」


 ケヴィンとワウの言葉を聞いて、ルシアが口元に手を当てて思案する。


「となると、そのお嬢様は馬車から脱走でもしたんでしょうか?」


「なんでやねん、囚人じゃあるまいし。それとも逆に、あの男たちが人さらいか?」


「そういう風にも見えなかったぞ」


「「「「うーん」」」」


 冒険者たちは想像力を働かせるが、よく分からなかった。


 もっとも、とても気になるならば戻って馬車の男たちから真実を聞き出せばいいだけの話なのだが、別にそこまでして真相を究明したいとも思わないケヴィンたちであった。


 冒険者たちはやがて、村の唯一の酒場と思しき店の前にたどり着く。


 そうなれば、彼らは直前まで考えていたことなど忘れ、その興味は今日の夕食へと向かった。


 ケヴィンたちは店の扉をくぐり、中へと入っていく。


 店のカウンター席の端には、フードを目深にかぶった小柄な人物が座っていたのだが、ほかの客もいる中でその人物が特にケヴィンたちの目に留まることはなかった。


 冒険者たちは酒場の奥にある空きテーブルを選んで席につくと、注文を取りにきたウェイトレスに料理の注文をする。


 本当はお酒も注文したいが、このあと次の街まで歩くことを想定して控えることにしていた。


 ケヴィンたちは料理が出来上がるまでのしばしの間、談笑していたが──


 そのとき酒場の扉を勢いよく開いて、二人の男が店内に入ってきた。


「おい、酒だ酒だ! 早く持ってこい!」


 二人組のチンピラ風の男は、店に入るなりそう怒鳴りつけ、店内のテーブル席の一つにドカッと腰を下ろした。


 それから二人でゲラゲラと笑いながら、周囲の迷惑も考えない大声で、品のない話を始める。

 この間買った女がどうだとか、生意気なガキをボコボコにしてやったとか、そういった話だ。


 ケヴィンたちはそれに、眉をひそめる。


 酒場だから多少騒ぐのは仕方がないが、店に対する態度といい、見聞きしていてあまり気持ちのいいものではない。


「チッ、ああいうのがいると飯がまずくなるわ。行ってぶん殴ってくるか?」


「それいいな。ああいうやつらは一度痛い目に遭ったほうがいいんだ」


「でも喧嘩はお店の迷惑にもなりますよ。お店の人の対応次第で考えたほうがいいかと」


 ジャスミン、ワウ、ルシアが口々に意見を言う。


 結果、ひとまず様子を見るという方向で話がまとまった。


 少ししてウェイトレスが、男たちのテーブルに注文を取りに向かう。


「お、お客様、ご注文をお伺いします」


 ウェイトレスの声は、緊張により少しうわずっていた。


 対して、会話をさえぎって注文を聞かれた男たちは、露骨に不機嫌そうな様子を見せる。


「ああ? 酒はどうした酒は。さっき注文しただろうが」


「い、いえ……ご希望のお酒が分からないと、お持ちできませんもので……」


「はあ? チッ、気の利かねぇ店だな。こっちの飲みたいものぐらい察して持ってこれねぇのかよ」


「そ、そんな……すみません……」


 そうした会話を離れた場所で聞いているだけでも、冒険者たちのイライラが急上昇していく。


 店内のほかの客たちも、ちらちらと男たちのほうを見ていた。

 店主は厨房で鍋を振っているようで、今のところ出てくる様子はない。


 そんな中、ついに決定的な出来事が起こる。


「おい女ぁ。テメェはこんなところにばっかり栄養が回って、頭ん中がお留守になってんじゃねぇのか? あぁん?」


 席から立ち上がった男の一人が、ウェイトレスの少女に背後から抱きついて、笑いながらその胸を揉み始めたのだ。


 もう一人の男もそれを見て、ゲラゲラと笑っている。


 ウェイトレスは悲鳴をあげて身をよじり、逃げ出そうとするが、男に抱きすくめられていてすぐには抜け出せない様子だった。


 ケヴィンたち一行の我慢は限界だった。

 冒険者たちが席から立ち上がろうとした、そのとき──


「そこまでですわ、暴漢ども! 店員さんを放しなさい!」


 カウンター席の端で食事をしていた小柄なフードの人物が、一足早く立ち上がり、そう声を上げていた。

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