第50話 決戦(3)
「くっ……!」
ケヴィンはとっさに身を捻って、頭上から振り下ろされた鉤爪攻撃の回避を試みる。
だがわずかに及ばない。
飛行中だったケヴィンの脇腹が、鋭い爪の先によって引っ掛けられ、少年の小さな体はボロ雑巾のように吹き飛ばされた。
ごろごろと地面を転がり、やがて力尽きたように突っ伏した状態で止まる。
それでもケヴィンは、どうにかという様子で身を起こして立ち上がった。
「がはっ、げほっ……! はぁっ……はぁっ……く、そっ……!」
少年の脇腹は、竜の爪によって鋭くえぐられていた。
赤い染みが、衣服にじわりと広がっていく。
しかも今のケヴィンは、
ただ立ち上がることすら、気力を振り絞らなければままならない状態。
先ほどまでのような集中力で戦うことは、とうてい不可能だった。
そこに怒り狂ったブラックドラゴンが、四足獣のように地を這って襲い掛かってくる。
凶悪な力を持った怪物に立ち向かえるだけの力は、今のケヴィンにはもはや残されていなかった。
それでも少年は、一度上空に退避しようと、飛行能力を働かせる。
だが間に合わない。
あっという間に目の前まで来たドラゴンの口が、鋭い牙でケヴィンをかみ砕こうと襲い掛かり──
「──ケヴィン!」
少年は横合いから何者かに飛びつかれ、抱きつかれて、二人で絡み合ったまま地面を転がった。
柔らかくて温かな、獣人の少女の感触。
ドラゴンの牙からは、間一髪のところで逃れていた。
獣人の少女はすぐに起き上がると、ケヴィンを抱きかかえてその場から離脱する。
その動きは、普段とは比べ物にならないほど素早い。
狼牙族の少女は、
「ワウさん……」
「ケヴィン、かっこよかったぞ! さすがワウが見込んだオスだ!」
ワウはやがて立ち止まり、ケヴィンを地面に下ろす。
そこには神官の男が待ち受けていて、少年に治癒の神聖術を施していく。
一方──
「今や、撃てぇっ!」
盗賊ジャスミンの号令とともに、ドラゴンを遠巻きにした村人や冒険者たちが、手にした弓から一斉に矢を放った。
矢の大半は外れるか、ドラゴンの硬い鱗に弾かれたが、鱗のない腹部などに命中した何本かが浅く突き刺さりダメージを与えた。
弓手たちの先頭に立ったジャスミンは、その戦果に舌打ちする。
「チッ、硬い鱗やなぁ。よく少年はあんなのザクザク斬ってたもんよ」
「だがちっとは効いてるようだぜ。もう一発だ!」
慣れない弓を手にした斧使いダリルは、次の矢をつがえていく。
ジャスミンや盗賊の少年、それに村人たちも同じように二の矢を準備していった。
さらに──
「氷の槍よ、わが敵を穿て──アイシクルジャベリン!」
「猛き稲妻よ、撃ち貫け──ライトニングボルト!」
二人の魔導士から氷の槍と雷撃が放たれ、ブラックドラゴンへと突き刺さる。
さしものドラゴンも、これには小さくないダメージを受け、苦悶した。
だがそれで力尽きはしない。
もはや風前の灯火という様子を見せながらも、ブラックドラゴンはまだ倒れずにいた。
「ダメっ、墜ちない……!」
「まだだ! 次を撃ち込めば──!」
ルシアとローナ、二人の魔導士はさらなる呪文詠唱を開始する。
だがそのとき、ドラゴンの目がぎらりと光った。
竜は直前の攻撃で彼にもっとも大きなダメージを与えた魔導士──ローナに向かって、再び地を這うようにして襲い掛かる。
巨体ゆえの歩幅が成す、おそるべき速度。
第二の魔法攻撃は間に合わず、弓矢攻撃もろくなダメージを与えられずに蹴散らされる。
「──ローナ!」
ダリルが弓を放り捨て、ローナを庇うように前に立つ。
ドラゴンは邪魔者を、鉤爪で振り払おうとして──
「──うぉおおおおおおおっ!」
そのドラゴンの横合いから、少年が突っ込んだ。
ケヴィンの神聖力を宿した剣が、ブラックドラゴンの首元に深々と突き刺さる。
その突撃の勢いに押され、弱っていたドラゴンはバランスを崩して横転した。
そこに──
「氷の槍よ、わが敵を穿て──アイシクルジャベリン!」
「猛き稲妻よ、撃ち貫け──ライトニングボルト!」
魔導士二人による再びの魔法攻撃が、ドラゴンの胸部に突き刺さった。
氷の槍に身を穿たれ、雷撃に貫かれたブラックドラゴンの巨体は、びくびくと痙攣し──
巨大モンスターはついに、その生命力のすべてを失い、力尽きて動かなくなった。
「や……やったの……?」
「た、多分……」
トドメの魔法を撃ったルシアとローナが、自信なさそうにつぶやく。
場が一時、しんと静まりかえる。
そして次の瞬間──
「「「うぉおおおおおおっ! ドラゴンが倒されたぞーっ! 冒険者たちがやってくれたぞーっ!」」」
村人たちの快哉の叫びが、村じゅうに響き渡った。
やんややんやの大騒ぎだ。
一方でケヴィンは、倒れた竜のそばで大の字になり、もう一歩も動けないという姿で空を見上げていた。
「は……ははっ……勝った……よかった……」
ケヴィンはホッと安堵していた。
自分が戦って倒すと言っておいて、最後は仲間たちに助けられてしまった。
結果として一人も犠牲者が出なかったから良かったものの、危ないところだったのだ。
何か一つでもかみ合わせがズレていたら、この結果にはならなかったかもしれない。
ほかにもっと良い方法はなかっただろうか。
自分以外、誰も危険な目に遭わずに、誰の命も奪われずに済む方法は──
そんなことを思っていたら、突如、ケヴィンは先輩冒険者たちに襲い掛かられた。
まずはワウが抱きついてきて、抱き起こされたかと思うと、さらにジャスミンまで抱きついてくる。
「ケヴィン、お前は本当にすごいぞ! あんなに大きくて強いドラゴンを、ほとんど一人で倒したようなもんだ! こんな強いオス、ほかに見たことないぞ!」
「少年、ようやった! えらい! お姉さんがぎゅーって抱っこして、たくさんほめてあげるからな。よーしよしよし!」
「うぷっ、ぷはっ……! ちょっ……埋まるっ……二人とも、胸が……!」
ぎゅうぎゅうと二人の美女に抱きしめられ、大きな胸に挟まれて窒息しそうになるケヴィン。
そこにルシアが駆け寄ってきた。
魔導士の少女は、慌てて二人をケヴィンから引きはがそうとする。
「ちょ、ちょっとジャスミンさん! それ自分がやりたいだけじゃないんですか!? ワウちゃんも抱きつかないで! ケヴィンさんが困ってます!」
「うん……? そんなこと言うて、ルシアこそ自分もやりたいだけやないの?」
「そうだぞルシア。それやきもちだろ。もう騙されないぞ」
「えっ……ち、ちがっ、違うもん! ケヴィンさん、二人に抱きつかれて大変ですよね? 私が助けてあげますから、こっち来てください……!」
「は……はははっ……」
力なくぐったりとした少年は、先輩冒険者たちに抱きつかれ、押し合いへし合いされ、奪い合われ、何だかよく分からない感じで揉みくちゃにされた。
柔らかさといい匂いとでくらくらして、ケヴィンの意識は遠のいていったのだった。
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