第4話

『プレイヤー藤堂円架、陥落かんらくしました』


 耳触りの良い、どこか無機質なメッセージでテストプレイ一周目は終わった。






 次に気付いた時、俺は学校から約一キロ離れた歩道に立っていた。どうやらスタート地点は毎回一緒らしい。ということはつまり。


「理人兄、おっはよー! 何ぼーっとしてるの? 遅刻しちゃうよ!」


 突然俺の左腕が温かく柔らかいものに包まれた。ふわりと香る花の香と視界の端を通り過ぎる栗色。……やっぱりこう来るのか。

 隣にはたった今頭に浮かんだ少女の姿があった。柔らかい栗毛、くりんと大きな瞳、身長は低く幼さが抜けきれない部分はあるが、自分の可愛さを充分に知って魅せる少女だ。まあ所詮子供だが。

 彼女は俺の一つ下で、ご近所さんかつ幼馴染の高坂美琴、らしい。その立場があるからか、スキンシップ過多で遠慮がなく、正直面倒臭い。


「高坂さん、べたべたくっつかないでくれ」

「えー理人兄、何言ってるの? 昔みたいに『みーちゃん』って呼んでよぉ」

「高坂さん、離してくれって言ってる」

「『みい』でもいいよ。わたしも昔みたいに『りっ君』って呼ぼうかなあ」

「やめてくれ」


 強めに振り払うと、するりと腕が解放された。肌寒さを感じ後方に目線を向けると、立ち止まった彼女が猫のように吊った大きな目でこちらを見詰めている。あ。ヤバイ。


「どうして理人兄……そんなに、イヤ? わたしりっく……理人兄と学校一緒で嬉しくて、昔みたいにしたかったんだけど、迷惑だった?」


 あー。。。

 俺はあまり優しい性格じゃない。こういう幼い感じの子も正直全然好みじゃないし、人前での過剰なスキンシップも迷惑だ。だから前回は最初が肝心とばかりに、思い切りばっさり切り捨てたんだが。


「……せめて『りっ君』はやめてくれ、美琴」


 溜め息をつきながら白旗を振ると、彼女の潤んだ瞳が一一層丸くなり、笑みの形をかたどった。こういう素直さは可愛いと思う。


「うん。わかったよ理人兄!」


 そして再び腕に温かい感触。最初よりは接触面積が減ったから良しとすべきだろう。へたれだって? 何とでも言え。前回は道端で大泣きされるわ陥落アナウンス流れても状況変わらんわで大変だったんだっ!!


「藤堂さん」


 学校に近付いたら、前方を歩く藤堂さんの後ろ姿が見えた。そうか。藤堂さんのスタートは俺より学校に近かったんだな。肩を落とし心なしか疲れているようにも見える彼女は、俺の声に振り向いた。


「ああ、鷹村さんお疲れ様です。いえおはようございます、ですかね」


 当然だがこのゲーム世界に相応しい高校生姿だ。ちなみに会社でたまに見かける彼女はスレンダーな体型と理知的な眼鏡で、クールな印象が強い。だがここでの彼女は全体的に体つきも丸みを帯び、一転して可愛らしい感じだ。

 藤堂さんタレ目だったんだな。しかもちょっと童顔。幼いのは好きじゃないが、藤堂さんの場合は今の姿の方が、俺は好みだ。柔らかくて抱き締めたい感じになる。

 彼女が俺の左側をちらりと見た。彼女が口を開く前に先手を打つ。


「言いたいことは何となくわかるが、スルーしてくれ。こっちも色々大変なんだ」

「それは……お疲れ様です」


 ああやっぱり何かあったな。左腕を拘束する力が強まったことは無視して彼女の顔を窺う。


「藤堂さんの方は何があったんだ? 随分疲れているように見えるが」

「聞きたいことはわかりますが、スルーして下さい。色々疲れたんで」


 流石の返しだ。そう言われてしまうと何も言えない。


「ただわたしはもう絶対に授業サボりたくないんで、時間厳守でお願いします! 校内での通信も諦めましょう!」

「……」


 本当に何があったんだ……と聞いたらダメなんだろうな、と目が座っている藤堂さんと歩調をあわせて歩きながら思う。


「とにかく、序盤から強敵との負け戦イベはある意味定石なんで、ここからです! 何かあればこの登校タイミングかクラスでコンタクト取るということで」

「俺も色々リサーチして共有するが……定石か? 序盤でプレイヤーが殺られたら進まないだろう」

「RPGではよくあることです。ミステリーだと──」

「りっ君~、早く行こうよ。遅刻するよ」


  突如会話に割り込んできた高い声に、藤堂さんが目を丸くして立ち止まり──そして吹き出した。


「ぶふっ! りっくん! 何それ可愛いすぎ! クールぶってる鷹村さんがりっくん……ッ! ヤバイお腹痛い……っ」

「高坂さん」

「えへ、ごめん理人兄。怒らないで。ボーッとしてると本当に遅刻だよ?」

「りっく……くっくくっ」


 藤堂さんも遅刻は嫌なんだろう。肩を震わせお腹を押さえながらも急ぎ足になった。元気になったのはいいが、めちゃめちゃ歩き辛そうだな。遅刻で違反カウントを積んでくれても俺は全然構わないんだぞ?

 俺は、溜め息をついた。 テストプレイは始まったばかりだ。まだ登場人物すら出揃っていないにも関わらず、前途多難な雰囲気がぷんぷんする。ただとりあえずわかったことが一つ。

 藤堂円架は笑い上戸だ。






「今回は、正門前イベで高坂美琴に陥落しなくて良かったですね」


 その言葉を残して藤堂さんは自分のクラスに向かっていった。知ってるか? 藤堂さん。察しの良い女はビジネスシーンでは喜ばれるけど、ミステリーAVGアドベンチャーゲームでは犯人に邪魔者扱いされて、序盤で殺されるんだぞ?

 一組の教室に入ると、何人かのクラスメイトに挨拶された。どれも知らない顔だが、実際顔をあわせてもひどく印象に残りにくい。一目でメインキャラと見分けをつけるための汎用的なキャラデザインのせいだ。ただよくよく考えると、現実で初めて見知らぬ環境に放り込まれた時も周囲の顔が妙にのっぺりして見えるものだ。そう考えると現実に即した正しい仕様なのかもしれない。

 席がわからず周囲を見渡すと、クラスメイトと話をしていた一人の女生徒が声をかけてきた。


「鷹村おはよー。何きょろきょろしてるの? 早くおいでよ」


 どうやら彼女の隣が俺の席らしい。肩にかかるかどうかの髪を揺らし手を振る彼女は、まあ言わずと知れた攻略対象だ。

 背は高くも低くもなく、標準体型、顔もめちゃくちゃ可愛いという訳ではないが、自然な笑顔を浮かべたモテそうな子だ。


「おはよう清水しみず。変わったことはないか?」


 俺は彼女の隣に座ると刀の形をしたチャームがぶら下がる鞄を机の横にかけた。何で名前がわかったかって? 周囲の生徒が『おはよーりつ』『鷹村、清水おはよう』ってわざわざ名前付で挨拶してくるからだ。親切設計ってやつだな。俺も一応呼び方をあわせてみる。ついでに質問を投げたのは情報収集のためだ。序盤はとにかく情報が不足する。


「変わったこと? 鷹村が二人の女の子を侍らせて登校したとか?」


 真下から覗き込むように見上げる彼女の瞳は、悪戯気に煌めいている。


「二股!? すげぇ鷹村」

「なんつーひでぇヤツだ詳しく話せっ! 話すまで諦めんぞっ!」

「うるさいわっ! 二股でもないしむしろそれ以前だっ!」


 続け様に冷やかしてきた両脇の男子生徒にがなってやると、きゃーと大げさに逃げられた。制作者に言いたい。ここはモブキャラまで使って冷やかす所か!? 完全にお遊び会話だろこれはっ!


「はーい。皆授業よー。席に戻ってー」


 クラスメイトとやりあっている内に、教室に女の先生が入ってきた。あいつらのお陰で何も聞けずに時間になってしまったな。ああ、担任は攻略対象じゃないんだな。

 生徒達は自席に戻り、授業が開始する。目前にブルーの画面が展開され、軽快な音楽と共に文字が浮かび上がってきた。


『制限時間内に、次の問いに答えなさい。第一問』


 さて初授業だ。






 休み時間になったので、とりあえず教室を出る。行先を校内か校庭かで逡巡するも、窓から見えた光景に興味を惹かれ、外に出ることにした。絶対時間内に戻ろう。藤堂さんの様子から、授業に遅れると碌なことにならないことは想像に難くない。

 辿り着いたのは校庭の端にあるテニスコートだ。たっぷりした陽光の元にはハードコートとクレーコートが計四面並んでいたが、流石に練習している生徒はいない。

 だが練習をしていない生徒・・・・・・・・・・ならばいた。

 どくん。胸が大きな音を立てて鳴り響く。風に揺れる長い黒髪、まっすぐ伸びた背筋と、華奢という訳ではないのにどこか儚げな雰囲気。

 コートの傍にすらりとした女生徒が立っていた。あいつ・・・に似てる? いやそんなはずはない。

 こちらに気付いた彼女が髪をかき上げ微笑んだ。上質な絹糸のように光を弾く黒髪の隙間から、小振りな蜂蜜色の耳が覗く。その指、なだらかなそのライン。


「こんにちは。テニス部の子じゃないよね? 見学の一年生かな?」


 耳に残る柔らかく甘い声。彼女の顔から眼を離せない俺は、意識して口を開かないとならなかった。どうにか出せた声は酷くひび割れていた。


「二年の……鷹村理人、です。貴女は……」

「三年の一条雅いちじょうみやびよ。鷹村君はどうしたの? コートに何か用事があったのかしら?」

「テニス昔やってたんで、ちょっと気になって」

「中学テニス部だったの? それは勿体ないなあ。今部活は?」

「いえ……特には」

「そっか。中途入部や転部する人も全くいない訳じゃないから、もし良かったらテニス部への入部も考えてみてね。じゃあ」


 一条雅はふわりと笑うと、俺の横をすり抜けて校舎の方に去っていった。爽やかで透明な、でもどこか甘さを含んだ香りが微かに残る。これは違う・・・・・

 そう。違う。あいつじゃない。あいつがここにいるはずがない。だからそう。これは恐らく俺の問題だ。目の前に映っているのはAIが作り上げた虚像なのだから。

 うるさく胸を叩く鼓動を宥め、俺は大きく息を吐いた。後ろを振り返った時には、彼女の姿はもう見えなかった。






『理人、今度シングルス再戦よ。私最近調子いいんだから』

『また朝から勉強? 休日くらい休んでもいいんじゃない』

『今週も会えないの? ううんいいの。私も友達と映画行くから』

『理人、私……何でもない。今週もお仕事頑張ってね』

『──理人、私達長く一緒に過ぎたんだと思うの。お互い空気みたいな存在で、いても気にならないけど、いなくても困らない。貴方は……私が隣にいても見ているのは前だけ。私のことは見ていない。一度離れましょう』




「サポーター、攻略対象の情報を知りたい」

『承知きる』


 次の休み時間に空き教室でサポーターを呼び出し言うと、女生徒のアイコンが並ぶ画面が写し出された。清水律、高坂美琴、一条雅、そして間をあけて藤堂円架。横に並ぶ数字は清水律が赤一の青五、高坂美琴が五の三、一条雅が一の十五、そして藤堂円架が三の三。期せずして今までうっすら考えていた俺の予想はほぼ確信に変わったが、今はそれを追及したい訳じゃない。


「サポーター、一条雅の詳細情報を」

『承知きる。こちらですきる』


 一条雅。三年二組。テニス部所属。


「……これだけか?」

『ここには貴殿が知ったこと以上のことは記載されないですきる。対象の好感度を上げて、情報収集するきる』


 ノートのような位置付けか? まあ他人の情報を裏から入手するのはフェアじゃない、か。仕方ない。


「ではサポーター、ゲームに出てくる人物がリアルとリンクしている、もしくはモデルとされている場合はあるのか?」


  可能性をつぶすために聞いてみると、黒い柄頭が明るい木目を叩いた。


『リアルとリンクしているのは基本プレイヤーだけですきる。モデルになっているかは我にはわからないきる』

「基本ということは例外もあるのか?」

『緊急モードがあるきる。でも気にしなくていいきる。同時接続人数を増やすとプレイヤーの負担が大きくなるきるから、最初に同時ログインしたプレイヤーのみがリアルとリンクすると思えばいいきる』


 あいつの存在を会社で漏らしたことはない。普通に考えて製作者があいつのことを知っているとは考えにくい。似ているのは単なる偶然か気のせいだろう。AIが俺の未練を汲み取った可能性は……考えたくないな。


「わかった。じゃあ攻略のヒントとなる情報はあるか?」


 とりあえず一条雅を攻略してみようとキルキル鳴く刀に聞くと、ヤツは小さな柄頭で二度机を叩いた。


『それは攻略を進めていくことによって得られるきる。今は好感度が低すぎて知り合い程度の情報しかないのですきる』

「知り合い……まあそれはそうだが」

『まだ序盤きる。仲良しじゃなくて焦っても仕方ないできる。地道に頑張って下さいできる~』


 俺は深々と溜め息をついた。

 なあ何でだろうな。そのよくわからん語尾に今初めて苛ついたぞ?

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