6.居場所
ロイヤルオークロードに遭遇したミル・ファインズ団長ミルフォードは、前線にひとり残ったカインを囮に全員に退却の命令を出した。
ロイヤルオークロードの前に震え恐れるカインだったが、クララやシルファール、そして雷牙の助力もありこれを撃破。クララと気を失ったカインはシルファールの転移魔法で王都まで戻って来た。
「王都だ……、良かった、生きて戻れて……」
クララは王都に着いた安堵から一気に疲れを感じた。しかし隣で気を失っているカインを見て思う。
(誰かな、この子。まあ、でも放っておけないよね、とりあえずウチまで運ぶか……)
クララは倒れているカインを背負うと近くにあるララ・ファインズの
「お、重かった……、やっぱり男の子だよね……」
クララはホームにあるベッドにカインを寝かせた。誰も居ないホーム。クララの声だけが響く。クララはカインの顔を改めて見る。
(あれ、この子ってもしかして『竜の魔心』を持っているとか言ってた子じゃない?)
クララはまじまじとカインの顔を覗き込む。
「間違いないわね。だとしたらあの一刀両断も竜の力なのかな?」
クララはカインがロイヤルオークロードを叩き斬った場面を思い出した。自分も勧誘に名乗りを上げた男の子。やはりその強さを見て『逃した魚は大きいなあ』とひとり思った。
クララはすやすやと眠るカインの傷の手当てを手際よく行う。結局カインは翌朝まで眠り続けた。
「わああああ!!! こ、ここはどこ!?」
翌朝目覚めたカインが声を上げる。隣で資料に目を通していたクララが気付いて言った。
「おはよう、起きた?」
「え!?」
見知らぬ部屋。見知らぬ女性。ベッドの上、そして朝。カインの頭の中に色々なものが浮かんでは消えて行った。カインの驚いた顔を見てクララが言う。
「私はララ・ファインズの団長クララよ。あなたが考えているようなことは何一つないから安心していいよ」
カインは心を見透かされたようで恥ずかしくなった。それと同時に思い出す昨日の戦い。彼女はオークに睨まれて震えていた自分を助けに来てくれた女性だと気付いた。無事に帰って来ているところを見ると雷牙が頑張ってくれたみたいだ。
「あ、あのお……、助けてくれてありがとうございます……、確か『おかしな魔法使い』の……」
「助けてって、助けてくれたのはあなたでしょ? それに私は『お菓子な魔法使い』だよ。発音が違う」
「あわわわっ、ご、ごめんなさい!」
クララは目の前の人物が昨日のオークを斬った人物とはまるで違うことに少し戸惑った。カインが言う。
「あ、ああ、そうでした。ごめんなさい。ぼ、僕はカインと言います。本当にありがとうございました」
ベッドの上に正座をして丁寧に頭を下げるカイン。クララが言う。
「知っているわよ。竜の魔心を持ってるんでしょ?」
「……」
黙り込むカイン。クララが言う。
「あれ、何かまずいことでも聞いちゃったかな」
「いえ、実は……」
カインは竜ではなくそれが大トカゲであることを話した。それを聞いてきゃははっと笑いだすクララ。カインは一瞬驚いたが、そんなクララの笑顔を見て少し気が楽になった。
「いいんじゃない、トカゲさんでも。魔心を持っているだけで十分だよ」
「は、はい……」
カインは素直に嬉しくなった。久しぶりに他人から肯定される言葉を聞いた気がする。しかしそれと同時に部屋にある時計を見て驚いた。
「あああ!! ファ、ファインズに戻らなきゃ!!」
クララは思う。
(見捨てられたファインズに戻る? 凄くお人好しなんだけど、その前に戻る場所はあるのかな……)
そう思いながらも必死に準備をするカイン。そして支度ができるとお礼を言って部屋を飛び出して行った。
「お前はクビだ。役に立たない。トカゲだったと騙しやがって、ふざけるな!!!」
それがミル・ファインズに戻ったカインに掛けられた団長ミルフォードの言葉であった。頭が真っ白になるカイン。
クビ。
役立たない。
見捨てられた。
我に返ったカインが必死にミルフォードに言う。
「あ、あの、僕はもっと、その……、が、頑張って……」
ドン!!
「うっ」
そう言おうとしたカインをミルフォードは思い切り蹴飛ばした。後ろに倒れるカイン。静まる部屋。皆の哀れな視線がカインに注がれる。
「要らねえんだよ、トカゲ野郎。スキル『重複』? 何の役にも立たねえクソスキルなんて持ちやがってよ!!!」
そう言って更にカインを足蹴りにするミルフォード。その仕打ちを止めようとマリエルが声を出そうとしたが、ミルフォードが先に大声を出した。
「もうウチにはもうお前の代わりが居るんだよおお!!!」
そう言って団長に紹介を受けた真新しい鎧を着たキザな冒険者がカインの前に立つ。
「ハーイ、君がトカゲくんかい? 噂は聞いているよ。素晴らしくくだらない噂をね」
カインはそんな話を無視するようにミルフォードに懇願する。
「お、お願いです! クビだけは勘弁してください。じゃないとじっちゃんとの約束が……」
ドン!!
「ぐわっ!!」
再びミルフォードの蹴りがカインに命中。そして怒声が響く。
「早く出ていけ!!! お前など必要ない、ゴミ野郎!!! 消え去れ!!!!!」
ドン!!!
「ぐはっ!!」
そう言って足蹴りにされたカインはそのままドアを打ち破って外に転げ落ちた。
「ううっ、うううっ、痛い……、どうして、どうしてだよ……」
道路に横になったまま埃まみれになったカインが涙を流す。
ファインズを追い出されたら強い冒険者になるどころか、生きて行くのすら辛くなる。ファインズあっての冒険者。特に駆け出しの冒険者にとってそれは死活問題であった。
蹴とばされたカインを心配してマリエルがドアの方へと走る。しかしその光景を見てすっと身を隠した。
「行く所がないのかい?」
涙を流しながら下を向いていたカインの頭の上に優しい声が響いた。顔を上げるカイン。それは先程助けてくれたララ・ファインズ団長クララであった。クララが優しい顔で言う。
「じゃあ、うちにおいでよ」
その言葉がカインの心の奥深くまで響いた。まるで天使のような声、笑顔。自然とカインの口が開く。
「う、ううっ……、ううっ、は、はい……」
カインは涙を流しながらその差し出された手を取った。温かい手だった。小さくか弱い手であったが、カインにはそれがとても強い手に感じた。クララがにっこり微笑む。
――いつも心に笑顔を。
「さ、笑顔で帰ろ。
「は、はい、う、ううっ……」
カインはクララの笑顔が尊く、そして眩しかった。
マリエルはそんな二人を陰から見つめた。
その日の夜、カインから変わった雷牙がその日の日記を読んでいた。お互いがつける日記は情報を共有する大切な手段。無言で読んでいた雷牙はクララが掛けたその言葉を見て身体が固まった。
「うちにおいでよ」
雷牙の目に涙が溜まる。雷牙は数年前のことを思い出した。
高校で辺り一帯を仕切る
その強さは本物で、売られる喧嘩はすべて圧倒的力で完膚なきまで叩きのめした。女性には手を上げないと言った硬派なところもあり、その人柄を慕って沢山の部下がついた。
そんな雷牙に転機が訪れたのは高校卒業の日。
皆が心配する中、無事高校卒業できた雷牙は、家に帰ると父親の怒声と母親の泣く声に驚いた。
「黙れ!! 口答えするな!!!!」
そう言って母親を一方的に殴る父。いつも自分を『出来損ない』と言って蔑んだ両親。しかし母を殴る父の姿に、雷牙が初めてキレた。
ガン!!!
その時のことははっきり覚えていない。
ただ初めて父親を殴り、血まみれになるその姿だけはぼんやりと覚えている。
雷牙はそのまま家を飛び出し、電車に乗って遠い遠い場所まで宛てもなく彷徨った。
しかし喧嘩は強かれど社会から見れば高校を卒業したばかりの子供。
数日で手持ちのお金が無くなると、雷牙は公園で寝泊まりするようになった。
「俺、ひとりじゃ、何もできないじゃねえか……」
小雨が降る中、空腹に気が狂いそうになった雷牙。汚れたベンチに座ると自然と涙が出た。自分の小ささを感じた。自分の無力さを感じた。体は一人前でも生きる術を知らない未熟な雷牙を、重く辛い現実が圧し潰そうとする。
その時だった。
雷牙の頭の上に女性の声が響いた。
「若いのに何やってんだ? 行く所がないのか?」
顔を上げると傘をさし、日に焼けた細身の女性が立っている。雷牙はじっとしたまま動けない。女性が言った。
「うちにおいでよ」
女性は雷牙に手を差し出した。雷牙は頭で考えるよりも自然とその手を取った。
この女性、後に雷牙が住み込みでお世話になる街の鉄工所の女社長であった。
――うちにおいでよ
雷牙は日記に書かれたカインの言葉をもう一度繰り返した。そしてその日記にこう記した。
「良かったな、いい居場所が見つかって。応援するぜ」
雷牙はカインのその新たな場所を心から祝福した。
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