第64話 楽しいと恐怖は紙一重

 



「……であるからして、みなさ…………」


 相変わらず話が長ぇよ校長。

 皆良く耐えれるなぁ……入学式の時も思ったんだが、俺にはやっぱり無理だわ。少し目を瞑りたいと思う。


 長い長い校長の話。今日のは終業式って事もあって特に長く感じる。何だかんだあったあれから、何だかんだあっと言う間だったな。



 実力テストとか……


「うおーやべぇ、なんも勉強してねぇよ。助けてくれ蓮」

「いやいや、復習位はしとけよ」


「部活で忙しくてさー!」

「何言ってんだ、早瀬さんを見習え!」



 期末テストとか……


「うおーやべぇ、なんも勉強してねぇよ。助けてくれ蓮」

「お前、実力テストの時もそう言ってたじゃねえか! それなりの点数取ってたし勉強したんじゃないのかよ?」


「すまん、あれは……勘だ……」

「はぁ? まさかお前……マークシート全部勘で書いたのか!」


「そうなんだぁ。期末テストはマークシートじゃないんだよぉ」

「勘だけであんだけ点数取れる方がおかしいってのっ!」


 テスト2連発を切り抜けたのはでかいなぁ。これで明日からの冬休みを有意義に過ごせる訳だし、何しようか迷うよな。って、とりあえず……まずは新聞部の今後の活動計画次第だな。


 どうか、明日から休みになりますように!


 ガチャ


「あぁシロ。良い所に来たわね?」

「えっ? 丁度い所?」

「えぇ、突然だけど……」




「クリスマスパーティーしましょっ」


 えっ……?





「うおー、葉山先輩の家楽しみだなぁ!」

「本当だね。ありがとう恋ちゃん、誘ってくれて」

「いいのいいの。先輩も2人が来るなら楽しくなるって言ってたし!」


 迎えたクリスマスイブ。俺達は予定通り、ヨーマ家に向かう為に……校門前に立っている。

 それもなぜか……


「蓮! ちゃんとプレゼント持ってきたか?」


 クソイケメン委員長と一緒に。

 はぁ……持ってきましたとも。本当にこいつがテンション高いとロクな事がない。マジで気をつけたいわ。


 大体、早瀬さんはいいとして……なんでお前も居るの? ヨーマに誘われたからって、無理するなよ。帰省するからって断りなさいよ?


「私達はちゃんと持ってきたよー? それにしてもプレゼント交換なんて久しぶり!」

「そうだね? 楽しみだよ」


 それに、お前がプレゼント交換なんて変な提案するから……面倒が増えたんだぞ? 聞いてんのかてめぇ?


「皆持ってきてるみたいだし、楽しみだなぁ!」


 勝手に話を進めるんじゃない! ったく、マジで余計な事だけはしてくれるなよ? 


「ところで、葉山先輩の家まではどうやって? 校門の前で待てろって言ってたけど?」

「あぁ、それなら……」


 そんな時、1台の車が俺達の前に停まった。来ていたなんて分からない位の小さなエンジン音に、光沢のある黒光り。その高級感は一目で分かる……そう、俺にとっては2回目…………じゃない!


 はっ!? あの前の車じゃない! むしろ前より長めの……もっとヤバい奴じゃんか!


「お久しぶりです。日城様、月城様」


 前よりも長めでヤバい奴。正直前の車ですらビビったのに、今回はそれを超えてくる。

 いやいや、前の車だったらそりゃ2回目だし? 慣れてたかもしんないよ? でもさこんな長いの……さすがに引くわ。唯一の救いは運転手が黒岩さんで変わりなかった事だけだよ。


「お久しぶりです」

「おっ、お久しぶりです」


 それにしても相変わらずダンディーだな黒岩さん。ん? 挨拶ぐらいしろよ栄人……あっそうか、俺ですら動揺したのに、初めて見る2人だったら尚更……やっぱり驚きのあまり固まってら。


「あなた方が早瀬様に片桐様ですね? 初めまして、私彩花お嬢様の運転手をしております黒岩と申します。以後お見知りおきを」

「はっ、初めまして……」


 まぁ、最初はそんなもんだよな? 多分俺もこんな感じだったし……まさか運転手付き黒塗り高級車、しかも長い奴なんかで迎えに来てもらえるとは思いもしないだろう? 大体はこれで思い出すんだよ、ヨーマが葉山グループのご令嬢だって事をなぁ。


「それではどうぞ」


 前と同じように黒岩さんがドアを開けてくれて、促されるまま乗り込む。前の車でも驚いたけど、今回はもっとすげぇ……中は広く、そしてあの最高な座席が俺を待っていてくれた。

 やっぱり最高じゃねえか! この肌触り、モフモフ!


「うおっ、この座席すげぇ!」

「本当だ! 柔らかい! ねぇ恋ちゃん」

「そう?」


 だろだろ? そう思うだろ? やっぱ俺だけじゃないんだよ! 恋が無反応すぎるんだよな? 

 栄人達の反応に少し安心している最中、車はゆっくりと進んで行く。そう、ヨーマの城へと着実に……




「到着いたしました」


 黒岩さんのエスコートで地面へと降り立つ俺達。一目で見るだけで分かる高級住宅街……そして目の前に立ち塞がる豪邸。一目瞭然で分かるその姿に、


「「「大きい……」」」


 俺達3人の言葉が揃うのは当然だった。


 周りの家もでかいけど、それよりも一回りデカいぞ? 今更ながらやっぱり恐ろしくなってきたよ……葉山彩花。


「行こう?」


 って、お前は冷静すぎるだろ! 何? 結構来てるから慣れたとか? そんな経験値の違いを俺達に見せつけてる訳?


「れっ、恋ちゃん驚かないの?」

「んー? だって何度もお邪魔してるから。慣れちゃった」


 その通りでしたぁ!


「ほら行くよ?」


 恋に導かれるように、俺達は豪邸の前庭を通り、豪邸の入り口の前まで。そして開かれた豪邸の扉を通って行った先に広がる、豪邸の玄関……もといエントランスと言った方が正しいのかもしれない。

 そんなテレビか映画でしか見た事のない、吊るされたシャンデリアと豪華な階段……そしてそこを優雅に降りて来たのは、


「皆いらっしゃい」


 間違いなくヨーマ。しかしその姿は、学校で見せるそれとは違った……気品を感じる。


「先輩―、お邪魔しまぁす」

「お邪魔します」

「お邪魔します!」

「お邪魔します……」


 こりゃ想像以上だ。が、ここで動揺してるのを悟られたら……


「あら? シロどうしたの? 随分キョロキョロしてるじゃない?」


 きっ、来やがった! いじりだ!!


「何でもないですよ? 大きいなって思っただけですけど?」

「そう? まっ、良いわ。準備は采がやってくれたから、リビングにどうぞ? こっちよ?」


 階段を降り、これまた高そうな扉に手を掛けるヨーマ、その開かれた先に見えたのは……


「わぁ……すごい」

「すげぇ」


 デカいテレビ、高そうなソファ、長いダイニングテーブル。そしてそこら中がクリスマスで飾り付けされた……最高の場所だった。


「やぁ、皆いらっしゃい」

「こんにちわ、桐生院先輩」

「これもしかして桐生院先輩が1人でやったんですか?」


「まぁ、粗方わね」

「すげー」

「きゃー!これ可愛いよこっちゃん!」

「本当だぁ!」


 おいおい、各々はしゃぐんじゃないよ。仮にも家だぞ? 大きな声出したり……そこ走り回らない! けど、確かにすげぇ。パーティー会場って言うには勿体なさすぎるぞ?


「蓮君、楽しんでね?」


 あっ、桐生院先輩……俺の身を案じてくれてるんですか? 確かにヨーマが提案し、そして誘った……そんな場で目を付けてる俺に何かしない訳ないですもんね? 分かりました……俺負けませんから!


「桐生院先輩、ありがとうございます! 俺負けません!」

「えっ? あぁ……頑張ろう」


 斯くして、皆のテンションが上がったところで、ヨーマ主催恐怖のクリスマスパーティーの幕が開いたのだった。




「この肉うめえ!」

「このスープ美味しい!」

「本当? そんなに美味しそうに食べてくれたら、うちのシェフも喜ぶわ」


 葉山家の豪華な料理を食べたり、


「えーと、3マス進んで……よっしゃぁ! 結婚する、皆からご祝儀100万円だって!」

「そりゃ高くないか?」

「痛い出費だなぁ。あれ、彩花? まさか足り……」

「うっ、うるさい。言わなくていい!」


 今の時代では珍しい、ボードゲームで思いのほか白熱したり、


「クリスマスケーキやべぇ!」

「しかもとっても美味しいよ! 恋ちゃん……って」

「ふえ? このチョコ美味しいよー。こっちゃん! なんかね? お……」

「まぁ、今日はクリスマスイブなんですけどね」

「シロ? あんた最低ね、雰囲気ぶち壊すんじゃないわよ……この根暗ボッチ」


 はぁ!? 人生ゲームで負けたストレスを俺で発散しないで下さい!


 これまた葉山家特製のクリスマスイブケーキを皆で堪能したり、


「よーし、じゃあBGMが止まった時に持ってるプレゼントがクリスマスプレゼントっていう事で」

「あれ? でも皆それぞれ大きさ違うから、誰が持ってきたプレゼントかって分かりません?」

「その辺抜かりないわ片桐君。すでに寸分たがわぬ同じ箱、同じ包装紙に入れ替え済みよ?」


 はっ! マジですか?


「うおーさすが葉山先輩!」

「やるなら真面目に本気でがモットーよ? それじゃあ黒岩、音楽……」


「スタート!」

「スタートだ!!」


 いやいやお前らが言うのかよ!


 ドキドキなプレゼント交換をやったりと……




「はぁ……楽しかったぁ」


 大いに盛り上がった訳でした。


「そうだね。早瀬さんと片桐君が途中で帰っちゃたのは残念だったけどね」

「部活なんて休んじゃえばいいのにー」

「仕方ないでしょ? あの子達はバリバリのアスリート、明日の練習に影響与えちゃたら意味ないでしょ?」


 恋の奴、随分とテンションが高いな。簡単に言うんじゃないよ……全く。それにしてもやっぱり俺以外には優しくないか? ヨーマの奴。少しムカつくんですけど?


「じゃあ、私達もそろそろお開きにしましょうか。黒岩さん、送りの準備お願いします」

「かしこまりました」

「えぇーもう終わりなんですか? やだぁ」

「恋ちゃん、張り切りすぎたのかな? さっきからアクビが止まらないみたいだけど?」


「そうね、お子様はもう寝る時間よ?」

「えぇーそんなぁ。ふぁぁぁ」


 こりゃ完全にはしゃぎ疲れだな……。


「じゃあシロ後は任せたわよ?」


 えっ?


「なに、えっ? 俺ですか? みたいな顔してんのよ。あんたも寮に帰るんでしょ? それ位やりなさいよ!」

「そーだ、そーだ、そーだぞツッキー」


 いやいや怖っ! そんな顔で見ないで下さい! 分かりました分かりましたって!


「はぁ……分かりました」

「じゃあ宜しくね、シロ?」

「宜しくシロー!」


 やっぱりこの2人が絡むと嫌だぁぁ!




「すぅぅ、すぅぅ」


 それで? がっつり寝てんですけど? あのー! あと数分で着くんですけど? 起きろ!


「おーい起きろー!」

「んあ? どしたのツッキー?」


 どしたのじゃないよ!


「おいおい、もう少しなんだから寝るの我慢してくれよ?」

「んー、頑張る」


 こりゃ絶対頑張れないな……って、よっしゃ車停まった。


「お疲れさまでした」


 黒岩さん声と共に、車のドアが開く。今ならまだ恋の意識はある! 急ぐんだ!


「着いたぞー! 起きろー!」

「ふぁぁ、んー分かった」


 おいおい、結構大きめに話したんだが……こりゃ相当限界に近付いてるな? 

 ゆっくりと、ナマケモノ様な動きの恋の後を追うように自分も車から降りていく。なんとか恋は自力で降りる事は出来た訳だが……それもすでに限界だったようで……


「ツッキーやっぱり眠い……」


 黒岩さんが帰った瞬間、その言葉と同時に恋は地面に座り込んでしまった。


「おっ、おい!」


 何もこんな所で座んなくてもいいだろうよー。ったく、女子寮まではまだ結構あるし……どうする?

 パッと見、もう恋に自分で立てる様な意識はないのは明白だった。どうする……?


「ツッキー……」

「ん? なんだ?」


「おんぶして?」

「は?」


 おんぶ? マジで言ってんのか? おんぶってあのおんぶだろ? いやいやあり得んあり得ん! そんな事……


「すぅぅ」


 寝たっ! 寝やがったこいつ! くそ……早瀬さん? そうだ早瀬さんにここまで来てもらって……いや、か弱い早瀬さんに恋を連れて女子寮まで行ってもらうってもの厳しくないか? そんなの強いたら、早瀬さんの中で俺の評価駄々下りじゃね? そしてその話を聞いた恋に……ヨーマに……嫌だ! それだけは嫌だ!


 くそっ……そうなれば仕方ない……。てか、これしか方法はないんです! 後で文句言うなよ? 恋!


「あぁー分かったから、おんぶするから! こんな所で寝ないでくれ」

「ふぁーい」


「立てるか?」

「よっこいしょ……」


 何とか立てたな? 後は、腰を屈んで……


「よしっ、じゃあゆっくり……」


 その刹那だった、背中に感じる柔らかい感触……そして感じる温かさと重み。全神経が背中に集中したのは言うまでもない。


 うおっ! これって……この感触って……

 ゴホン、冷静になれ。これは恋が求めてきた事なんだつまりは……正当な事故! うむ……ならばこの感触を楽しみながらゆっくり行こう。


 その時、俺は間違いなく生きてきた中で1番生き生きしていただろう。背中の幸せな感触が俺をそうさせた。


 って、こんな状態でここに居てもまずいだろ! とりあえず寮まで行こう! よっと! あれ、軽い? さすが女の子だ……めちゃくちゃ軽い。これなら問題なく歩ける。

 女の子をおんぶしながら、学校の敷地内を歩く……これを見られたら噂になる事は間違いないだろう。それを考えた瞬間、さっきまで感じていた最高の気分はどっかに消えて、異様な緊張感が体を包み込む。


 後少し……誰も来るなよ? ……ってなんか酒臭くね? なんか肩辺りから……ってまさか恋!? おいおい、烏山の再来か? でも待てよ? 今日の食べ物にお酒が入ったものはなかったはずだけど……あっ、




『このチョコ美味しいよー。こっちゃん!』


 あのチョコって確か……


『これ特製のウイスキーボンボンよ?』

『へーそうなんですか?』

『うまっ、蓮! これめちゃ旨いぞ』




 あれじゃねぇか! クリスマスパーティーの余韻だと思ってたけど、だから終盤テンション高かったんじゃねぇか! そしてこの眠気……ダメだって、恋にアルコールはダメだって。


「すぅぅ、恋の勝ちー」


 優雅に夢なんて見やがって……ったく、でもおかげでこんな嬉しい事故にも遭遇出来たし……まぁチャラにしてやろう。


「ツッキー……」


 ん? なんだ? まさか夢の中でも俺をイジメてんのか?


「…………スキー」


 スキー? スキーってあの滑る? 一体何を……はっ!

 これからの季節雪が降る、雪と言ったらウィンタースポーツ、ウィンタースポーツといったらスキー……まさかこいつ、新聞部もとい何かをネタにして無理矢理俺をスキーに連れて行こうとしてるんじゃ!


「……スキィだよ」


 うお……そこまで計画しているのか? マジかよ……。綿密な計画、そして正確な実行。やっぱり女って……



 恐ろしいなぁ……


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