第58話 日城恋は……
この沈黙がどれ位続いただろう。
自分の本音をちゃんと伝えたし……自分で言うのもなんだけど割とバッチリ決まった気がする。つまり全ては日城さんが口にする言葉次第。俺の本音は届いたのか? 理解してくれたのか……俯いた日城さんを見ていた時だった。
「ツッキー?」
日城さんはそう言いながら顔を上げると、俺の方へ視線を向ける。その表情は……悲しそうでも笑ってる訳でもない、無表情。
これは、どっちなんだ?
どちらとも取れない表情に生唾を飲み込むと、
「ずるいよ……」
それは日城さんの口からこぼれた言葉。
ずるい? 一体何の事だ?
そんな事を考えている俺の目に映ったのは、少し照れるような、恥ずかしいような……そんな日城さんのはにかんだ笑顔だった。
笑ってる?
「1人でどんどん喋っちゃうんだもん」
1人で? あぁ……確かに、文化祭の時も自分の為に日城さんにぶっちゃけた様なもんだったからなぁ。それに今も。
「あっ、ごめん」
「もう、本当にずるいよ。お詫びに……たい焼き買って?」
その瞬間、はにかんだ笑顔からいつも見慣れたはずの笑顔に変わっていく日城さん。その笑顔は……本当の笑顔は……やっぱり、可愛かった。
おっと、いかん! 最近は無表情な顔とか偽物しか見てなかったから、そのギャップにやられる所だったわ。冷静に冷静に。
「たい焼きって……いいよ? 俺も尻尾から食べてみようかな?」
「マジ? てか、私の食べ方覚えてたの?」
「いやいや、あんな大事忘れる訳ないでしょ?」
この感じ……
「ふふ……そうだね? じゃあ私は頭から食べてみよう」
「絶対に気に入ると思う」
「本当かな?」
「本当」
「楽しみっ」
やっぱり……落ち着くかも。
「ふぅー。ツッキーありがとうね」
ありがとう?
「ん?」
「私を引っ張ってくれて」
引っ張る? どういう事?
「引っ張るって……別に何も……」
「私ね……前にも言ったけど、本当にツッキーの女性恐怖症治してあげたいって思ったんだ。だからツッキーにいっぱい話し掛けて、色んな事に引っ張り出した。栄人君が思った以上に良い感じに動いてくれたってのも大きかったけどね」
あぁ……確かに色々と引きずり回してくれましたよね、主に栄人と共謀して。
「でもさ、本当にツッキーってば来てくれないの。自分のペースでゆっくり歩いててさ? 牛かよっ! って」
牛!? ひどくね? でも、自分なりに頑張ってたというか……仲良くなろうとは思ってなかったのは事実だ。
「でも、何だかんだで任された仕事はやってくれるし、徐々に口数も増えてきて嬉しかった。これなら恐怖症も治せるかも? とかって思ってた時だった……」
文化祭の時か?
「まさか自分が……って思った。でもそれと同時に、私の中に芽生えたのは……ツッキーの為にしてきた事って、もの凄くツッキーを傷付けてたんじゃないかって後悔だった」
やっぱりそんな風に感じてたんだな。俺がぶっちゃけたせいで……自分の為に吐き出したせいで。
「そう思っちゃったらさ……私動けなくなったんだ。どうしていいか分からなくて。でもツッキーはゆっくりゆっくり進んで行っちゃって。でも私は動けなくて……どんどんツッキーが離れて行って……」
「ごめん」
「なんで謝るの? だってツッキーは……私の事引っ張ってくれたんだよ?」
俺が引っ張る……? もしかして今のこの行動がそうだって言いたいのか?
「いやいや、そんな大層な事じゃないって」
「大層な事じゃない? 私にとっては大きな事件なの! 自分のペースで歩いてたやつが、いきなり立ち止まって、振り向いてこっち来たんだよ? 驚くに決まってんじゃん!」
うおっ、めちゃくちゃテンション高くなったじゃんか! そこまでか?
「はぁはぁ……あっ、ごめん!」
「いっ、いや」
「ごほん、だからさ? ツッキーに話し掛けられて驚いて……嬉しかった。さっきのが本音じゃなくてもね」
本音じゃないって……めちゃくちゃ本音なんですけどね?
「いや、本音だけど?」
「はっ! はぁ? バカじゃないの!」
えぇ! バカってなんだよ、必死に本音を語ったのにバカとはなんだ、バカとは! なんか少しムカついてきたぞ?
「ホント、ツッキーって分からないなぁ」
「何がだよ?」
「普通そんな事面と向かって言わないよ?」
は? 別に日城さんだから言える事なんだけど? 俺の秘密を知ってるの日城さんだけだし……
「ん? 別に日城さんだから言ったんだけど?」
「バッ、バカ! だからそう言うのが分からないっての!」
まぁたバカって言いやがった! しかもなに若干怒ってんだよ? 分からないって何が? ……俺には日城さんのその考えが分からないよ! 全く!
「もう……ふふっ」
かと思ったら笑ってるし……何なんだ? まぁでも、これでいつものひ……ん!?
いつも通りの日城さんに安心して、何気なく水槽の辺りに目を向けた時だった、水槽の端っこで不自然にこちらを覗きこむ4人の姿。まるで団子の様に綺麗に並び、傍から見たらかなり目立つであろうその顔は、残念ながら自分の知っている人達だった。
はぁ? なんで4人でこっち見てんだよ? ってあっ! 逃げやがった!
俺と目が合ったと感じるや否やものすごい速さで消えていく4人。片や取材を、片やデートをすると言って行ってしまったその人達のそんな様子を見た瞬間、俺は全てを……悟った。
あいつらまんまとハメやがったな?
「ん? どうしたのツッキー? あっちに何かあるの?」
「いっ、いや? 何にもないよ? なんかでかい魚泳いでてさ」
おそらく差し金は栄人か? まさか俺達が栄人達にやった事を、そのままやられるとはな。なんだかムカつく……けど、結果そのおかげでもあるのかな?
「本当? 見たい! ツッキー!」
「なっ、なんだ?」
栄人達が与えてくれたきっかけのおかげで、
「一緒に行こう?」
日城さんの本当の笑顔を取り戻せたんだから。
「はいよ」
「いやー楽しかった!」
結局館内1周した訳だけど、あれから奴らには遭遇しなかったな。はっ! もしかしてバレない様に俺達の後を? まさかな?
「あのたこ焼きカレー美味しかったし……満足満足」
「奇妙な組み合わせだったけど、意外と合ってた」
まぁ、いつもの日城さんに戻った事だしいっか。
「だよね? だよね?」
「それにしても……結局4人とは行き合わなかったなぁ」
正確には1度遭遇と言うか、目が合ったんですけどね。
「あっ、確かに……もしかしてこの辺に居たりして? どれどれー……あっ!」
おっ、居たのか?
「ツッキーあれ見て?」
どれどれ……?
「マリンパーク特製のたい焼きだって!」
……結局食べ物じゃねぇか!
「さぁ、ツッキーさっきの約束忘れたとは言わせないよ?」
約束……あぁ確かに言いましたね。たい焼きおごるって。水族館の中に都合よく有るとは思いもしなかったけど。
「わかったわかった、おごるよ」
「やったね。じゃあ行こう」
それにしても、たい焼きごときでこんなにもテンションが上がるもんなのか? やはり女子は甘いものが……
「すいません、2つ下さい」
「はーい。少しお待ちください」
ってもう買ってるし! 早っ! しかも……2つ? マジか? 日城さん2つ食べる気か? さっきたこ焼きカレー食べたばっかなのに? 恐ろしや女の子の甘いものは別腹現象。
「お待たせしましたぁ」
「ありがとうございます。ほら、ツッキーお金」
あっ、忘れてたわ! それにしても2つとは……もしかして最初から2つって約束でしたっけ?
「これで……」
「ありがとうございましたー」
「よっし、じゃああっちで食べよう! たい焼きたい焼きー」
あの……なんか納得がいかないんですけど? まぁ別に……
「よっ、この辺で良いかな? それじゃ……はいっ、ツッキー」
え?
いきなり振り向いた日城さんが、おもむろに左手を差し出す。その手にあったのは、さっき買ったたい焼き……その突然の行動と、笑顔の日城さんに一瞬戸惑ってしまう。
「はーい、これツッキーの分だから」
おっ、マジ? てっきり2つ食べるもんだと思ってたけど……これは嬉しい誤算かもしれない。少し気になってたんだよね、特製たい焼きって。
「えっ、いいの?」
「いいよ? はい」
許可ちゃんと得たぞ? いいんだよね? もらうよ?
「じゃあ遠慮なく……ありがとう」
この時の俺は、ある意味無防備だったのかもしれない。緊張が解けた安心感からか、いつもの日城さんに戻った事が嬉しかったのか……何の迷いもなく、日城さんの差し出しているたい焼きを掴もうと手を伸ばした……そう右手を。
「あっ」
漏れるような日城さんの声を聞いて、俺がその過ちに気付いた時にはもう遅かった。
たい焼き……それに気を取られていた俺の手に感じる少し暖かい温もり。たい焼きの温かさだと思い、そのまま優しくたい焼きを掴んだけど、なんだか右手に感じる温度が少しずつ高くなってきた気がして……なんとなくたい焼きの方を見た時だった。
その瞬間、一気に心臓が早くなる。顔が熱くなって、それが体全体に広がっていく。
やっ、やっ、やばい! やばい! 完全に油断してた……完全に見てなかった! 俺、俺……
たい焼きもらおうとして、日城さんの手まで掴んでるじゃん!
妙に温かい感覚。それはたい焼きの温かさじゃなくて、日城さんの手の温かさ。
それを平然と掴んでしまった自分が恥ずかしくて、でもどうしていいか分からず……動けない。
どうする? どうする? ごめん、日城さん! 何とかしてくれ!
そんな願いを込めて、恐る恐る日城さんの顔を見てみると……そこには驚いた顔でたい焼きの方を見つめたまま動かない日城さん。
マジかよ! お前もか日城さん!
やべぇ! どうする! どうやって……、あっ! そうだ左手でたい焼きの下持って、右手を離せ! それだ! 冴えてるぞ俺! よし!
「あっ、ごっ、ごめん」
一言話してすかさず左手でたい焼きの下を掴む……完璧!
「あっ、こっちこそごめん!!」
俺の振り絞った声を聞いて我に返ったのか、日城さんも少し動揺しながらゆっくりとたい焼きから手を離す。お互い少し俯いたまま、何とも言えない沈黙が訪れたけど、今はそれがありがたい。
心臓はバクバクで、顔もめちゃくちゃ熱い! しかもこんな症状もし日城さんにバレたら、まぁた逆戻りじゃねぇか! 落ち着け落ち着け!
「たっ、食べよっか!?」
「うっ、うん!」
お互いぎこちない笑顔だけど……なっ、なんとかこれで切り抜けられたかな? にしても、まさか普通に手触っちまうとは……迂闊だった。日城さんに変に思われなきゃいいけど。
「あら、あんた達もう居たの?」
はっ! この声は……
いつもは嫌な予感しかしない、出来れば聞きたくない悪魔の声。それが今は……まさに天使の声に聞こえた。
「あっ、せっ先輩?」
「どうしたの恋? 顔赤くない?」
「そっ、そんな事ないですよ! それより先輩達取材はどうだったんですか?」
「あぁそれは……」
あぁ、まさかヨーマに助けられるとはな。少しは感謝しないといけないかな? けど俺は忘れてないぞ? あんたら4人がグルだって事はな。でもまぁ……元通りになったから良かったのかな? 日城さんも……俺も。
目の前で始まったいつもの部活みたいなやり取り。これもどこか懐かしくて……
「ツッキー!? たこ焼きとカレーは合うよね!?」
「意外とね?」
「ほらぁー」
やっぱり……楽しいかも。
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