第47話 薄口濃口

 



「そういえば委員長君って名前はなんて言うの?」

「えっ、俺は……」


 烏真家の四女五女。それすなわち忍さんにトラウマを植え付けた元凶でもある。

 まぁ、この感じを見る限りどんな種類のトラウマかは大体予想できるなぁ。まぁ、触らぬ神に祟りなしって言うし……無理に関わる必要もないだろう。というより、どちらかと言えば関わりたくはない。


 さてと……となれば、洗い物でもしようかな……


「あっ、そういえば烏山に忍ちゃんと来た子も居るよ? おーい、ツッキー」


 はっ、はぁ!? なんでわざわざ俺を引き込む! イカンイカン、ここは無視だ、無心になれ。全力で気付かないふりをしろ。反応しようものなら一気に引き込まれる……それだけは嫌だ。なぜかは分からないけど、俺の体がそう言っている。


「あれ? 気付いてないのかな?」


 ソウダヨキヅイテナイヨ。


「おーい、蓮! 蓮って! 烏真先生の妹さん方だぞ? 一言挨拶しろー」


 お前も便乗して呼んでんじゃねぇよ。道連れにしようとするなんてサイテーだぞ?

 まぁいい。ここは貫き通せ……キコエナイ、キコエナイ。キヅカナイ、キヅカナイ。


「なんか洗い物に集中してるねー。あっ、」

「あー、なんかすいません」


 よし、良いぞ? このままどうか俺の事は忘れ去って、姉妹で和気あいあいと楽しんでください。ついでにイケメン執事も一緒にど……


「ふふん? ナンバー1」


 突然近くで聞こえてきた声に、一瞬手が止まる。聞いた様な……でも三月先生達はさっきからあの場所からは動いていない……はず。

 だけど、明らかにその声は目の前から聞こえた。佐藤さんでも、紋別さんでもないその声に、自然と視線が向いていった。

 ん? なんか目の前から声が聞こえる?


 徐々に姿が見えてくる声の主。今時って感じの服装に、少し長めの髪は……クラスの人じゃない? 


「この服、君が着てるんだ……」


 2度目にその声が耳に入った瞬間、俺の脳みそは一気にフル回転する。聞いた事がない声、いや正確には聞き慣れない声。

 だけど、その声はどこかで聞いた事のある声だった。そして、あらわになる顔の輪郭、唇、そして眼鏡。それらが視界に入った時、俺にはもうどうしようもなかった。そう、目の前のその人と対峙する他は。


 あ……れ? この声、さっき聞いた? しかもこの髪の長さ、そしてこの眼鏡……あっ、ヤバいかもしれない、もしかしたら今俺の目の前に立っているこの人は……


「月城蓮君。いや……六月ちゃんお気に入りの、ツッキーくん」

「はっ!?」


 えぇ、その瞬間ものすごく驚きました。だってさ? あなた、さっきまで三月先生とかと一緒のとこで仲良く話してたじゃない? なのになんで洗い物をしている俺の目の前に立ってるの? 


「あっ、やっと顔全体が見えた。ほほう、こちらも委員長君に負けない位のイケメンねー」


 まずい。テーブル隔てているとはいえ、この距離感はヤバい。

 しかも今更寒気もしてきたし、まさか危険察知センサーが作動しないなんて! 俺も全然気付かなかったし……まさか忍び特有の気配を消せるとかそんな能力か! 有り得る……しかし困った、いきなりすぎていつもの如く口が上手く動かない。

 なんとか返事しとかないと変な奴だって思われて余計興味持たれる! 動け動け、口!!!


「どっ、どうも」

「おっ、なるほど!」


 なるほど……? 


「さすが三月姉ちゃん、なかなかバランスが取れた執事達だねぇ」

「でしょー?」

「ん? どういう事かな?」

「四月ねぇも、この子見たら分かるよ。王道系執事にクール系執事、さらにどっちも顔良し! 大体この2タイプが共存できるって強みなのよねぇ」


 えっ? あの……もしかして俺、そのクール系の部類に入ってます?


「えーそうなの? どれどれ」


 うわぁ、四月さんも近付いてくる! なんでだよ、俺に寄って来ないで下さい!


「顔つきも口調もザ・クールって感じよ? こりゃ六月ちゃんがお気に入っちゃうの分かるわぁ」

「確かに顔は……そんな感じね。ねぇ、あなたお名前は?」


 はぁ……この距離に烏真家の四女五女。症状の効果は単純に2倍だよ! あぁ顔が引きつる、口も動かない、でも何か……何か喋らないと女恐怖症だってバレる!


「つっ、月城蓮です」

「ほーっ、第一声だけで分かるわ。なるほどね」

「でしょー?」


 分かるって……しかも一言しか発してないんですけど? 分かるもんなんですか? てか何が分かるんですか? 適当じゃないですかー?


「ふふ、月城君。忍ちゃんと烏山来たんだって?」

「はっ、はい……」


「だったら……」

「そうだね……」


 はっ? 何ですか? 怖い事言わないで下さいね!?


「忍ちゃんの事お願いね」

「えっ?」


 やばっ、思わず声出ちゃった。忍さんの事お願い?


「一月姉さんからも聞いたんじゃない? だから……ねっ?」


 一月さんから聞いた……? もしかして、本当は皆忍さんの事大好きだって話か? まぁ……一月さんから言われた段階で感じてたけど、まさか四月さんと五月さんからも言われるとは思わなかったなぁ。もしかして、それ位忍さんの事大事に思ってるって事なのか?


 だとしたら……皮肉なもんだ。思えば思うほど忍さんの症状は重くなる。

 でもまぁ、忍さんはそれを克服しようと努力してるし、何とかなるんじゃないか? それまでは俺も協力するし、友達としてね。


「おーい、聞いてるー?」

「うわっ、分かりました!」


 顔近いって! 四月さん! なんでそんな平気で顔近づけれるんですか!


「ん? ふーん、もしかして君もあんな感じなんだぁ。類は友を呼ぶ的な? でもこれで逃げてない時点で忍ちゃんよりはマシなのかもね」

「えっ? そうなの?」


 はっ! 嘘だろ? バレた……この短時間で、一瞬のやり取りだけで? あっ、有り得ないだろ?


「でも、そんな反応も嫌いじゃないけどね。ねっ、五月?」

「そうだねー。なんかクールキャラが驚く顔って、ギャップがあって……はぁぁいいわぁ」


 何なんだよこの人達! キャラ濃すぎじゃね? 会ってそんなに時間経ってませんけど、それだけはわかる……三月先生よりもヤバい!


「こら五月、よだれ出てるって。まぁ、そんな感じで宜しくお願いね? ツッキー」


「はっ、はぁ……」

「ほらっ、行くよ? 五月」

「はっ! ツッキー、シャツのボタンはもう1個開けて、肌を少し露出させ…………」


 なんか引きずられて行った。にしても、この服とか作ってるだけあって、なにやらキャラ濃すぎだろ? 初めて会ってあんなにインパクトのある人達もそうそう居ないだろうよ。

 ……あっ、座った。なんか注文でもすんの? 栄人に話し掛けて……こっちに来たって事は、


「蓮、片桐スペシャルと月城スペシャルだそうだ」

「ねぇよ、んなもん!」

「ははっ、要は適当に盛り合わせてだそうだ。お金は烏真先生が払うってさ」


 いやいや、適当に盛り合わせってなんてアバウトな……


「適当って、嫌いなケーキとかあるんじゃねぇの? あと食べれる個数とか。あとコーヒーと紅茶どっち良いとかは?」

「俺もそこは聞いたんだけどさ……全部お任せでって言って聞かないんだよ」


 おいおいマジか? まぁ、あの栄人がこんな参ったって顔してるのは、最近の早瀬さん騒動を含めても滅多に見た事ないからな。そこまでの人物か、烏真姉妹。


「分かったよ。佐藤さんはもう休んでもらってるし、俺が適当にやるよ。その代わり文句苦情一切受け付けないって言っといてくれ」

「わかった。頼むな」


 ふぅ……きっとこれにも理由があるに違いない。

 もしかしたら俺をイジるのが目的か? くそっ……若干、三月先生にも最近ちょっかい出されるようになってきたしなぁ。あのテーブルの3人、傍から見たら顔の整った美人・綺麗な部類の姉妹って感じなのに、その裏側は……やはり忍さんのトラウマの元凶だけの事はあるか。

 なんとか付け込まれない様にしないとな……警戒を怠るなよ蓮? それじゃあ、適当にセット作りますか……




 よっと、こんなもんだろ? 

 1つはショートケーキとチーズケーキにミニアップルパイ。もう1つはショートケーキとチョコレートケーキにシュークリーム。

 どちらも脇にバニラアイスと生クリーム+ラズベリーソースをかけたバランス重視。無難と言えば無難だけど……ある意味一番安定感あるだろ?


「栄人できたぞ? あとコーヒー付けてっと……はいよ。じゃあ、俺も休むわ。お前も休憩しろよ?」

「了解、ありがとう」


 よし、俺ももういいだろ? 余計疲れた。後半組への引継ぎは明石と佐藤さんがやってくれたみたいだし、栄人が持って行ってる今がチャンス! 

 こっそりこっそり……オッケー。ドアまで来たらこっちのもんだ。ドアをゆっくり開けて、出るだ……


「ツッキーまたね。片桐スペシャルありがとう」

「月城スペシャルありがとう。あっ、ボタンは1個取ってね? そっちの方が良いから!」


 あぁ……なんで気付かれたんだろう? 音はしなかったはずなのに? 


 ゆっくりと問題のテーブルの方へ顔を向けていくと、そこには満面の笑顔で手を振る眼鏡、片や意味ありげな笑顔を見せながら俺を見つめる髪を結った清楚系……いやいやその顔ヨーマも日城さんもしてたから! 

 どっちも怖ぇぇ。とりあえず、お辞儀して……退散だ!


 どうもー。


 コクリ


 さっと……ふぅ。なんとか逃げれたぁ。ある意味最初の混雑よりも疲れた、変な汗が止まらないよ。ったく、どうしてこうも烏真家姉妹はあんなに個性豊かなんだ! こうやって見たら一月さんが一番まともじゃないか? けど、ああいうキャラがキレたら1番怖いんだよなぁ。はぁ……やっぱり烏野衆怖い。


「あっ、ツッキー」


 あっ、この声は……全く最後の最後まで神は俺に試練を与える気なのか? まぁいいか、今なら大分マシに感じるだろう? よっと……はっ?


 俺の目の前に立っていた人物。そしてその聞き覚えのある声はまさしく日城さんに間違いはなかった。

 けど、ピンク色を基調としたメイド服にカチューシャ、いつもよりも短いフリフリしたスカートにニーハイ。そんな姿の日城さんが丁度太陽の光に照らされて、いつもとは違うのは勿論……さっき教室で見た時とも違う。

 なんというか本当にゲームの中に出てくるようなメイドさんみたいで……なんだかとても…………


「ん? どうしたの?」

「あっ、なんでもない。午後も混むと思うから頑張れよ」

「ありがとう。ツッキーは休んで文化祭見て回ったら? あっ、一緒に回ってくれる子居ないか?」


 なんだよ、いつも通りムカつく事言うじゃないか。


「あいにく人込みは苦手だから丁度いいんだよ。日城さんこそ、ケーキ持ったままこけない様に気を付けてくれ? 売り上げに響くから」

「えー? 私そんなドジじゃないから」


「はいはい」

「ひどいなぁ。あっ、休憩の時一緒に文化祭回ってあげてもいいけど?」


「ゴメンナサイエンリョシマス」

「さらに酷いー!」


「ふっ、じゃあ午後の部頼むわ、じゃっ」

「えっ? あっ、うん。じゃあね」




 あっぶねぇ。何とかやり過ごしたけど、危うく口から出る所だった!



 可愛い……って。



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