15.生まれ変わりに意味があるなら
秋にしては暖かく、陽射しも柔らかな午後だった。
レース地の薄いカーテン越しに差し込む光が、わたしの手元のカードに当たって少し眩しいほどに。
リビングには、家族皆が集合していた。
父はソファーで新聞を読んでいて、その隣ではスケッチブックを開いた母が絵を描いている。
床に敷かれたラグの上にはわたしとリーチェ、そしてメリドが座り、カードゲームに興じていた。
それぞれの側に置かれたトレイには、紅茶と色とりどりのプチケーキが載せられている。一口サイズで見た目も可愛らしいそのケーキは今の流行りなのだと、リーチェが朝から並んで買ってきてくれたものだ。
「そういえばね、授業で『生まれ変わり』について習ったんだよ」
わたしの手元からカードを引きながら、メリドがそんな事を口にする。
その『生まれ変わり』という言葉に、鼓動が跳ねた。
「命あるものはみんな、何度も生まれ変わるんだって。いつか女神様の元に行くまでの長い……長い……」
「旅路でしょ。長い旅路を、悔いなく精一杯生きなさいって。宗教学も懐かしいね」
メリドの手札からカードを一枚引いたリーチェが言葉を繋ぐ。手元のカードと揃ったようで、二枚を捨てた。
わたしに向かって差し出される手札は一枚だけがぴょこんと飛び出している。怪しいような怪しくないような……リーチェの表情からもジョーカーを持っているかは読み取れない。
一番左端から一枚を取って手札に入れるも、残念ながら揃う事はなかった。
「死ぬのは怖いけど、いつかは死んでしまうんだよね? そしたらさ……僕たちが死んでしまっても、またこうやって家族になれるかな?」
ぽつりと呟くメリドの声は、湿り気を帯びているようだった。
眼鏡の向こう、青い瞳が寂し気に揺れている。いつか迎える最期の時を思うよりも、家族がいなくなっていく……それを恐れているように見えた。
「ええ。きっとわたしはまた、メリドのお姉ちゃんになるわ」
「私も。メリドのお姉ちゃんで、お姉ちゃんの妹になるの」
わたしとリーチェははっきりと言い切った。根拠も何もないけれど、そうでありたいとの願いを込めて。
わたし達の言葉にほっとしたように笑ったメリドは、その顔をソファーに座る両親へと向ける。
話を聞いていたらしい二人も、笑みを浮かべながら頷いていた。
「お母さんもまたあなた達を産むわ。その為には来世でも、お父さんと運命的な出会いをしなくちゃいけないわね!」
「運命? 僕たちが出会うのは必然だろう?」
「……また始まった。毎日のようによくいちゃつくもんだわ」
見つめ合う両親の姿に、真顔でリーチェが毒づいている。
苦笑いを隠せないわたしは、プチケーキにフォークを刺して一口で食べた。
選んだケーキには甘く煮た栗が飾られていた。栗のペーストで作られたクリームがたっぷりと掛けられていて、とても甘い。でもそれが美味しい。
「仲がいいのは悪い事じゃないわ」
「それにしたって、子どもの前では少し控えてほしいものでしょ」
わたしは肩を揺らしながら、メリドに手札を向けて一枚引くように促した。
メリドはわたし達の答えに安心したのか、先程よりも明るい表情をしている。一枚引いて、図柄の揃ったカードを二枚捨てた。
「それにしても何の為に生まれ変わるんだろうね」
リーチェの言葉に何と答えていいか分からなくて、誤魔化すように紅茶を飲んだ。お砂糖も蜂蜜もいれていないから、少し苦い。でもそれがケーキで甘くなった口をさっぱりとさせてくれる。
「悔いを残さないためって先生が言っていたよ?」
「そうだけど……じゃあ前世で残した悔いって、それだけ重いものなのかなって思うじゃない?」
順番にカードを引いていく。リーチェも揃い、わたしも今度は揃ってくれた。それぞれの手札はだいぶ少なくなってきている。メリドに至ってはもうあと二枚だ。
「悔いもあるのかもしれないけど……きっと、また出会いたい人がいて、だから生まれ変わるのよ」
呟きは、自分でも驚くくらいに柔らかな声をしていた。
思い浮かぶのは、前世と前々世の彼の姿。もう会う事はきっとないだろうけれど、それでも確かに
そして同じくらい
「お姉ちゃんは今の人生で、その人に出会えたの?」
揶揄いを含まない、真っ直ぐな声。リーチェのピンクの瞳がわたしの心を見透かしているようで、わたしはにっこりと笑って見せた。それが心を隠す盾になると知っているから。
「あなた達に出会えたでしょ」
「……何だか誤魔化されてる気がする」
眉を寄せるリーチェの手札から一枚を引く──ジョーカーを引いてしまった。零れそうになる溜息を押し殺してリーチェを窺うと口元がにやにやと綻んでいる。
やられた。もう少し警戒するべきだった。
メリドはこのジョーカーを引いてくれるだろうか。
手札の真ん中に置いたジョーカーにメリドの指が触れるけれど、その指は滑って右端へと移動する。
「ちい姉さま、このケーキおいしいね。僕はチョコレートの味が好き」
「苦くないの?」
「苦くない。ちい姉さまは甘党なんだよ」
「生意気なんだから。お姉ちゃんも甘いのは好きでしょ?」
「リーチェほどじゃないけどね」
二人は甘い、甘くないとケーキを楽しんでいる。
わたしも桃のケーキをひとつ取った。角切りの桃がシロップに漬けられて、淡いピンク色をした可愛らしいケーキ。
それを食べながら、前世で
もう会う事はないけれど、どうか幸せに生きていてくれますように。そう願わずにはいられなかった。
わたしの手札から一枚を引いて図柄を揃えたメリドは上がってしまって、残されたのはわたしとリーチェ。わたしもリーチェの手札から引いた一枚で揃える事は出来たけれど、それでも依然としてジョーカーは残ったまま。
リーチェの手元には一枚だけで、わたしの手元にはジョーカーを含む二枚のカード。
駆け引きをしたってリーチェに敵う気もしない。わたしは平静を装って、同じ高さに揃えた二枚のカードを彼女に向けた。表情から読み取られないように、カードを見ないで目線はケーキへと逃がす。
リーチェが一枚を引いて、顔を上げたわたしの手元に残ったのはジョーカーが一枚。
「私の勝ち」
リーチェが得意げに笑うものだから、わたしは大袈裟に肩を竦めて見せた。
手にしていたジョーカーがわたしを見て笑っているようで、わたしはそのカードを伏せて置いた。
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