201:録音した歌声を聴くのって地獄かもしれない

 三月も中頃になり、もうそろそろ春休みになってきた。


 歌ってみたの機材も揃えていつでも録音出来るようになった僕は、試しに一度家の中で歌ってみる事にした。


「よし、機材はこんな感じでいいかな?」

 マイクの周囲にマイクシールドをセットして環境音ができる限り入らないようにすると一度音声を録音して雑音が入ってないかチェックしてみる。


「あー、あー」

 低い声と高い声と念のために変えて録音して確認してみると、思っていたよりも雑音が少なくてクリアに聴こえたような気がした。


「多分、大丈夫かな?」


 そして次は実際に曲に合わせて歌ってみる⋯⋯のは良いけれど、音源を探すのも忘れたらダメだよね。


「まずオフボーカルの音源で、Youtube内にあるものじゃないとダメだから知ってる曲あると良いんだけど⋯⋯」


 とりあえず知ってるアニメの曲を探してみるとこれが僕の想像以上に上がっていた。


 どうやら昔感染症が流行っていた時、家でカラオケのような事をする事が流行っていた名残りのようで、今でも人気曲なんかはオフボーカル版を作って投稿している動画投稿者がいるみたい。


 勿論中にはマイナーな曲を自分で歌うために打ち込んでそれを投稿する猛者なんかもいるみたいだけど。


「あっ、凄い。 自作の歌を投稿してる個人Vの人もいるや⋯⋯」


 僕にはそんな技術力は無いからそう言ったクリエイティブな事を出来るのが素直に羨ましい。


「かといってそれを作る為に時間割けるかって言われると今の僕には無理だからなぁ⋯⋯」


 そんな風に考えながら動画を物色していくと、知っている曲がそこそこ出てきた。


「あっ、この曲いいなぁ⋯⋯練習がてら録音してみようかな?」


 あんまり歌っていない曲だったから自信は無いけど誰かに聴かせる訳でも無いし、丁度いい⋯⋯よね?


「よしっ、音源のリンクもあるしそこからダウンロードさせて貰って録音してみよう!」


 ⋯⋯と意気込んで録音を開始して歌い終わった僕はその録音されたデータを再生して絶望した。


「な、何これ⋯⋯全然だめだよ⋯⋯」


 音程から始まって、息継ぎのタイミング、中途半端に舌が回っていなかったりとまず技術的にダメダメだと思い知らされた。


「歌を上手く歌う為の方法⋯⋯探してみようかな⋯⋯それからの方が良いかも⋯⋯」


 カラオケで歌うときは気にならないポイントも、こうやって録音して再生してみると問題点が多く見つかってなんとも言えない気分になる。


 これはやっぱり皆が通る道なのかな?


「でも歌を上手くなる方法って言っても何をやるべきなんだろう?

 前調べたリップロールとかあの辺の問題じゃない気がするけど⋯⋯」


「うーん⋯⋯とりあえず何回も何回も録音して自分で調整してみようっと」


 誰かに頼るのはそれからでも遅くないよね。



 そんなこんな歌ってみたに手を出して気が付けばもう終業式の日になっていた。


「じ、時間が過ぎるのが物凄く早かったよ⋯⋯」

「優希お疲れさん。そんな哀愁漂う雰囲気出してどうしたんだ?」

「あー、裕翔お疲れ様⋯⋯いやね、最近ずっと歌ってみたを出す為に色々やってたんだけど、実際録音してみると違和感が物凄くて⋯⋯あれやこれやと色々手を出してたらあっという間に春休み来ちゃったよ⋯⋯」


 僕は裕翔にそう愚痴ると、裕翔はなんとも言えない顔をしていた。


「正直、優希普通に歌上手い部類だと思うんだが⋯⋯それで下手とか言われると俺の立場が⋯⋯な?」

「いやいや、裕翔はカッコいい声出せるじゃん!」

「まぁ、優希はどうあがいても可愛い声になっちまうけどな」

「ひ、ひどい!結構気にしてたんだよ!」

「だって優希ってイケボっぽい声出しても何か可愛さ残ってるしなぁ⋯⋯って良く考えたら過去形って事は今は気に入ってるのか?」

「えっ?」


 僕は無意識に喋っていたことを裕翔に突っ込まれて実はそうだったのかな?なんて思い始めて来た。


「いや、でも僕は男らしくなりたかったはず⋯⋯」

「まぁ今完全に真逆の生き方してるよな」

「⋯⋯うん」

「でも良いんじゃないか?」

「ま、まぁね⋯⋯この声のお陰で沢山の人が楽しんでくれてるんだし、お父さんとお母さんには感謝だけど⋯⋯」

「だけど?」

「男っぽい声にも憧れがあるの!!」

「ロマンか」

「イケてるおじさんの声とか凄いじゃん!

 僕もああ言う声出してみたい!って思うのは普通じゃない?」

「優希の顔からそんな声飛び出して来たらビビって死ぬわ」

「死ぬの!?何で!?」

「だってさ、可愛い子から物凄いハスキーボイスが出てるようなもんじゃんそれ」

「僕の事なんだと思ってるの!?最近の裕翔っていつもそうだよね!?」

「⋯⋯」

「何か言ってよ裕翔!?」


 僕がそう言うと裕翔は肩を震わせた。

 笑ってる!?笑ってるの!?


「⋯⋯すまん」

「何で謝るの!?」

「と、とりあえず月曜日どこのゲーセン行こうか」

「それ前に決めたよね!?話逸らさないでよ!!」

「聞いたら後悔するぞ⋯⋯」

「えっ?」


 何!?裕翔は今の僕の事どう思ってるの!?


「それでも良いなら言うが⋯⋯」

「や、やめとく⋯⋯何か嫌な予感がしたから⋯⋯」

「良い判断だ⋯⋯」


 そう言う裕翔の目がどこか遠くを見ているように見えたのはきっと気のせいじゃないと思う。


「(言えねぇよ、最近の優希がボーイッシュな女の子にしか見えないなんてさ)」

「(⋯⋯女の子だったらマジで優良物件だよな、優希って)」

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