53話 はじめてのおつかい(3/4)

天使達が放ったのは、レイが使うあの小鳥達だった。

触れるだけで昏睡する精神攻撃。

やはりそう来たか。と久居は思う。

ザアッと音が聞こえそうなほどに、群れをなして襲い来る光の小鳥達。

小鳥の狙いはリル達だけではない。

相手は四人と一匹をまとめて潰すつもりだ。

リルは炎を最大限に強め、久居は刀を大きくぐるりと振り、その小鳥達を燃やし尽くす。


「……なかなかやりますね」

髭の男は、呟くと同時に久居に肉薄する。

(速い!!)

跳び退く久居を追うように、男が槍を一閃する。

久居の刀がそれを受け、リルの炎が槍を溶かす。

が、炎がそれを溶かし切るよりも、男の槍が久居の刀を弾く方が早い。

「くっ……!」

吹き飛ばされつつも、久居は何とか体勢を崩さず着地する。

しかし、久居が顔を上げた時には、残りの四人の放っていた小鳥達に、リル達は周囲を囲まれていた。

少しでも身動きをすれば触れてしまいそうなほどに、リルと久居の目と鼻の先にまで寄る小鳥達。

その数は圧倒的に、リルの周囲が多い。

「リルッ!!」

久居の叫びとともに、二人を包む炎が厚みを増す。久居の周囲の小鳥達が燃え溶ける。

その間も、天使達は休む事なく光の小鳥を注ぎ続ける。

光の小鳥達は大波となり、リルに集る。

光に包まれ、リルの姿が見えなくなる。

リルを包む炎までもが光の波に飲まれた時、ふ。っと久居を包む炎が消えた。


光の小鳥が散った後には、地に伏す少年の姿が残された。


ギリ。と久居の奥歯が鳴る。

リルに駆け寄ろうにも、久居は周囲を小鳥達に囲まれたまま、身動きが取れない。


クザンはもう炎が無いし、リルはもうしばらく目覚めないだろう。

けれど、どちらも命に別状はない。

レイさえ諦めれば、自分を含め三人は無事に戻れるだろう。

菰野様の元へ……。


主人は何と言うだろう。

レイを見殺しにして、戻ったと知ったら。


きっと、私達が無事だった事を喜んでくださるのだろう。

私達のために、悲しみを見せまいとするに違いない。

そんな主人の姿を、久居はもう二度と目にしたくなかった。


その為ならば、自分の望みは二の次で良い。


久居は覚悟を決める。

この先の一生を、天使に追われるかも知れない覚悟を。

それはつまり、菰野の側に居続けることを諦めるという覚悟だった。


久居の思い詰めた後ろ姿に気付いたのは、レイだった。

レイもクザンも、ラスを守るように立つ空竜も、同様に光の鳥に囲まれていたが、レイはその間を縫って駆け出した。


よく見れば、両腕をかざすようにして走るレイは、腕に巻かれた防具に何やら光のシールドを展開させて、それに触れた小鳥は光の屈折でぬるりとそのシールドに沿ってかわされていた。


「器用な事を……」

呟く髭の男は、槍を構えてレイの攻撃を待ち受ける。

が、レイが向かったのは久居の元だった。

「久居、やめろ! やめてくれ!!」

レイに肩を掴まれて、久居はびくりとその肩を揺らす。

「……レイ……」

「それだけはダメだ! お前、菰野の側に居られなくなるって、分かってんのか!?」

久居はレイを振り返らずに、刀を構える両手に力を込める。

「……覚悟の上です」

「そんな覚悟はしなくていい!! 俺のために、お前が人生を棒に振る必要はないだろ!?」

その間にも、天使達は前に出てきたレイに照準を定める。

「レイ、下がってください!」

久居がその手の栓を開こうとするのを、レイは力尽くで止めた。

「ダメだ! 久居!!」

久居の両手を包むように、レイが光の渦を生む。

湧き出したばかりの闇は光の渦に飲み込まれる。

「離してください!! 状況が分からないんですか!?」

そんな二人目掛けて、光の虎のようなものが輝く尾を引いて突進する。


久居が、自分よりガタイのあるレイを振り払えず一瞬もたつく。

その一瞬で、レイは、久居を庇うように久居の前に回り込むと、その攻撃を自身だけが受けるために久居との間に障壁を張った。


ドンッ!! と何かのぶつかり合う衝撃音が、振動となって全員に伝わる。


けれど、倒れたのはレイではなかった。


「サンドラン!?」

振り返ったレイの前で膝を付いた緑髪の青年は、そのところどころを光に消し飛ばされていた。

「っ……、お前くらい真面目に、障壁も……練習してりゃ……良かったなぁ……」

荒い息の合間から、レイの親友は滴る赤い雫とともに零す。

「お前……っ、何で…………っっ」

「レイザーラの……頼み……聞いてやれなくて……、ごめんな……」

息も絶え絶えに謝罪する友の姿に、レイは息を詰まらせる。

リルの言う通りだ。俺はこいつを悩ませただけだった。

こんなに友達思いな奴を、きっと……余計に苦しめた。

レイは、親友を助け起こすために久居の手を離そうとした。

が、久居がその覚悟を捨てていないことに気付いて、もう一度握り直す。


「サンドラン、命令違反だ」

髭の男の厳しい声に、天使が二人動いた。

血塗れのサンドランは、レイのすぐ側で二人の天使によって左右の腕を取られ、身柄を拘束される。


「サンドランッ!!」

レイは肩口から必死で振り返り叫んだ。

「俺……いや、私は粛清を受け入れます! どうか、サンドランには……っっ」

縋るようなレイのその言葉に、久居がゆらりと圧を放って言う。

「……私はレイを殺させません」

「っ、だから何でだよ!! 何でお前が……」

レイの心からの問いに、久居がキッパリと言う。

「菰野様が悲しむからです」

「ああああ、よく分かったよ!!」

半ばヤケクソに、レイが叫んだ。


そんな揉めたままの久居達に、天使が再度攻撃をするべく構える。

クザンが地中を移動するべく半身ほど沈みかけた時、頭上から声が響いた。


「この件は私が預かります!!」

凛とした声に導かれるように、全員が見上げた、場違いなほどに澄み渡る青空。

そこには、銀色の真っ直ぐな長髪を風になびかせて舞い降りる美しい天使がいた。

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