49話 親子(後編)

リルと久居の二人は、空竜で城を目指していた。

「あっ、お城が見えてきたよ!」

鬱蒼と茂った森の中に、ほんの少し、人工物が見えてくる。

人里からも離れて久しい。

人の通りそうな道すらない。

ここでなら、少々何が起きても騒ぎにはならないだろう。


「久居、どうかした?」

リルは、久居がほんの少し笑ったような気がして振り返る。

「いえ、すみません。リルの……成長を感じていました」


昨夜、久居が目覚めたのは深夜だった。

リルは空竜に埋もれて眠っていた。

空竜は一度目を開けて久居を確認したが、それきり目を閉じた。


見れば、何もなかったはずの空間には、大きめの岩がテーブルがわりに置いてあった。

おそらくリルが運んだのだろう。リルは見た目よりずっと力がある。

岩の上には葉っぱが重ねられ、料理らしきものが盛り付けてあった。


(私の分、という事でしょうか)


リルが調理したのだろう、剥いたり切ったりされた野菜や果物のような物。芋やキノコと思われる物にはしっかり火が通してあった。

見れば、葉っぱの一枚には『起きたら食べてね』と書かれている。


久居は正直驚いた。

確かにリルは料理の手伝いもよくしてくれたし、クザンとの修行時代には野宿が主だったが、まさか一人きりで、ここまでできるとは思っていなかった。

じんと胸が熱くなる。


(いつまでもリルを子どもだと思っていたのは、私だけなのかも知れませんね……)



「この辺で降りる?」

リルに聞かれて、久居は頷く。

「そうですね。空竜さんには城の外で待機していただきましょう」


城は、周囲をぐるりと結界に包まれていた。

物理的に侵入を防ぐような代物ではないが、秘密裏に事を進めるのは厳しいだろう。


久居が結界の解析をしている間に、リルが内部の聴音を完了したらしく

「人は、ほとんどいないね。三人……かなぁ?」

と首を傾げながら言った。

「三人ですか……」

立地と人数からして、無関係な人間は、おそらくいないのだろう。

それにホッとしつつも、久居は思う。

一人はあの黒い翼の天使だとして、昨日の鬼は関係するのだろうか?

カロッサが、殺したくなさそうだった鬼。

けれど、あの鬼は、おそらくクリスの家族を殺している。


「なんか一人……音がよく聞こえないや」

弱っているという事だろうか。それとも、気配消しの術のような物だろうか?

リルに尋ねても「よく分かんない」と言われた。


環を狙う者同士が、こんな森の奥に居るのだとすれば、それは、あの二人が敵同士か、味方同士のどちらかしかないだろう。

(どちらにせよ、戦闘は避けられませんか……)


「どうする? 門から入っちゃう?」

リルの言葉に、久居も同意する。

「そうですね、そうしましょうか。ただ、思ったよりも広そうですので、突入前に、環の位置だけはもう少し絞りたいところですが……」


「じゃあ、くーちゃんで上からよく見てみる?」

と提案したリルが、怪訝な顔で固まる。

その耳が、地下の音を拾おうと下向きになっているのを見て、久居も足元へ意識を集中させた。


「……おとーさんだ」

リルのホッとしたような声。


間も無く、少し離れた地面に波紋が広がり、クザンが地上に現れる。

ガサガサと草を分け、クザンは二人の前に顔を出した。

「よぉ、お前達。しばらくぶりだな、元気にしてたか?」

クザンがニッと人懐こい笑顔を見せる。

「うんっ。元気だよー」と答えるリルの頭を、クザンはくしゃくしゃと撫で回しながら「お久しぶりです」と挨拶する久居の肩を軽く叩いた。


ホッとして緊張が一気に解けそうになるのを、二人は慌てて繋ぎ止める。

敵の城は目の前なのだ。


「で、今どーゆー状況なんだ?」


二人に話を聞いて、クザンがバリバリと頭を掻いた。

「おいおい……。これから乗り込むとこなのかよ……」

どうやら、気安く様子を見にきただけのつもりだったらしいクザンが、直接奪還する意気込みの二人に、ほんの少し困惑の色を見せる。

「大方、また天使が取りに来るんじゃねぇのか?」

「仰る通りですが……。天使が取り戻しますと、クリスさんの手には戻り辛いかも知れません」

言い辛そうな久居の言葉に、

「そんなの絶対ダメだよっ!」

と声を上げるリル。


「あぁー……んー…………。しゃーない。手伝ってやっか」

クザンがため息と共に苦笑する。


「じゃあ、俺が先に地下から城に入って、こっそり四環取り戻せるかやってみっから。誰かに見つかって戦闘になったら、お前達も突入な」

大雑把な作戦を提案されて、リルと久居が頷く。

「……っと、その前に、カロッサから手紙を預かってんだった」

クザンが取り出した手紙には、眼前の城の見取り図が書かれていた。

環があるらしき場所にはご丁寧に『ココよ、クザン!』と書き添えられている。


「……あいつ、最初から俺に戦わせる気満々じゃねぇか!」

クザンが苛立つ。

自分で考えて、自分で決めたつもりの物事が、先の見える奴らに、まるで最初から決まっていたような言い草をされるのが、クザンはいつも気に食わなかった。


そんなクザンの気を知ってか知らずか、

「なんだか懐かしいねーっ」

と、リルがニコニコしている。


「おいリル。魂送とは違ぇぞ。気ぃ引き締めろよ」

クザンがまだ少しふてたように言って、二人に背を向けた。


「地図は……」と言いかける久居に「覚えた」と返すクザン。

「いいな。何か起こるまでは、待機しとけよ」


クザンの言葉に二人が「うんっ」「はい」と返事をする。

「よし」と一言残して、クザンは地中へ沈んだ。


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(入り組んだ作りだな……)

クザンは、薄暗い渡り廊下を足音を殺して歩いていた。

見取り図を頭の中に浮かべつつ角を曲がる。

人の気配は全く無い。


後二つ、角を曲がればその先に環があるはずだった。


(このまま誰も来んなよ……頼むぜ……)


クザンは音を立てずにスイッと角を曲がり、その先の扉に手をかける。

扉は、重さの割には大きな音も立たずに開いた。


部屋の中には何本もの柱が立っている。天井も高く、やたらと広い部屋の最奥。


そこに、四環はあった。


(おいおい……四本揃ってんのかよ……)


ただ、四環には、流石に結界が張ってあった。

(くっそ……めんどくせぇ……)

クザンは手をかざすと、解析、解除を試みる。


二分、三分……四分後には、クザンの額に青筋が浮かんでいた。


(あー! くそっ! 誰だこんなややこしいのを張ったのは!!)


苛立ちは、クザンの手元を狂わせた。


バチンッ!

と音を立てて、結界がクザンの手を弾く。


「い……って……」


呟きと共に、クザンはすぐさま結界を壊しにかかった。

弾かれた時点で、もうこの結界を張ったやつに気付かれた筈だ。

後は、相手が来る前にこれを持って逃げるしかない。


バリバリと派手な音を立て、結界が力任せに引き裂かれる。

クザンは四環を四本とも抱え込む。

この部屋には窓がない。

壁を壊しても、まだ外部には出られない位置だ。


「くそ! めんどくせぇな!」


入ってきた扉から出るべく走る。

もう後少しというところで、バンと乱暴に戸が開かれた。


知らせに慌てて駆けつけたらしい人影は、リルとほとんど同じ背丈の、フードを被った少年だった。

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