34話 愛の形(後編)

「えーと、じゃ、軽くね、軽く。まずは生きてるかどうかだけ……」

どこかぎこちない、ちょっと不安げにも聞こえる、カロッサの言葉。


レイも、先ほどの会話から、何かカロッサの身に良くない事が起こるのかと、全力で警戒していた。

久居も気は張っていたが、カロッサの集中の妨げになるといけないので、表面上は変わらぬ様子を保っている。


カエンの髪を手に、集中するようにカロッサが目を閉じる。


そこから、紙に包まれた髪が地面に落ちるまで、ほんの十秒ほどだった。

「ヒェッ!!」

カロッサが、恐怖に引きつった顔で、飛び退くように髪を手放す。


「大丈夫ですか!?」

よろけたカロッサにレイが駆け寄る。が、その手は、カロッサを支えそうで支えない。

これ以上倒れるようならギリギリ触れるかくらいのところでプルプルしている。


「だ、だいじょうぶ……だいじょうぶ、……だ、けど……」

目に涙をうっすら浮かべて、震えるカロッサが久居を見……ようとして、目を逸らす。


「?」

久居がカロッサの態度に首を傾げる。


「久居君、カエンに何……したの……?

 すっっっっごい怖がられてるわよ。こんな状態じゃ、夜も寝られないんじゃないかしら……」


「では、彼はまだ生きているのですね」

「ええ、そうね……生きてはいるけど……」

心は死にかけてるんじゃないかしら。というのは飲み込む。

そういえば、久居は確かに、あの時何か不穏な事を言ってた。と思い出しながら……。

「とりあえず、環を取り返そうとか、そういうことを考える余裕は全然ないみたいだったわ」


「それなら良かったです」

久居が安心した様子で微笑むが、カエンの心に一瞬触れたカロッサは、まだ何となく、久居が怖かった。


久居が、カエンの髪を拾い上げ、もうひとつの髪の包まれた紙を手に、尋ねる。

「こちらの男は、私が死んだものと思っていますし、カエンの元も離れるようでしたので、可能性は低いかと思われますが、いかがなさいますか?」


「うーん……じゃあ、念のため。ちょっとだけ見てみるわね」


カロッサが、久居の手から恐る恐る包みを受け取る。


今度はたっぷり一分ほどは目を閉じていたカロッサが、少し頬を染めながらゆっくりと目を開いた。


「いや、うん……この子は刹那的というか、何というか。お気楽に生きてるわぁ……。

 もう環の事は全っ然頭に無いわね。元々あんまり興味もなかったんじゃ無いかしら」


カロッサの言葉に皆がホッとしていると、久居が少し迷いを含む声で切り出した。


「その……少しお尋ねしたいのですが、カロッサ様のお力で、私が人か、そうで無いかを知る事はできますか?」


「「「え?」」」


三人の声が重なる。

「久居、人間じゃ無いの!?」

「久居君は人間でしょ? 環を使え……るのよね?」

「俺は、お前の口から人間だって聞いたばかりだが……」

三者三様の視線に、久居がまだ少し戸惑いながら説明する。

「私も、自分は人間だと思って生きてきたのですが……。夜目が効く事で、クザン様より何かが混ざっているのだろうとのご指摘を受け……」


「ああ、なんだ、そういう事? でもまあ、環が使えるなら、ほとんど人間なんじゃない? 夜目が使えるって事なら、鬼の血なのかしらね?」

「ボクも混ざってるよー。わーい、お揃いだねーっ」

気にする様子のないカロッサと、むしろ喜んでいるリルの後ろで、レイがひどくまずい事を聞いたような顔で固まっている。


「レイ(さん)……?」

久居の口の中で、そっと敬称が足された事はこの際置いておく。


「……いや、何でもない」

割と何でも顔に出る、どストレートなこの天使が、こんな態度を取るのは珍しいと思いつつも、久居もカロッサも、答えられない事を聞くような事はするまいと、視線を逸らそうとした時、レイが口を開いた。


「環は、使えるのか?」

久居は、一瞬迷ったが、まだ何を疑われているのかが分からない以上、正直に答える。

「はい」

「……っそうか……」

その答えは、どうやらレイにとっては聞きたくない方の答えだったらしく、さらに苦しげな顔になった。


久居とカロッサが顔を見合わせる。

お互いピンとくるところはないようだ。


「レイ、どうかしたの?」

リルもようやく、レイの様子がおかしいと気付いたらしい。


「いや、何でも…………」

と答える天使の顔は、あからさまに動揺を浮かべ、冷や汗だか脂汗だかわからないような汗が滲んでいる。


リルが、レイを不思議そうに見上げる。

久居とカロッサも、どうしたものかという表情だ。

ギリッとレイが奥歯を噛み締める小さな音が、リルには聞こえた。


「っ、何でも……ない……こと……、ないよなぁ…………。ぁぁぁああああ……どうしたらいいんだ……」

シラを切り通すこともできないらしい素直な天使が、三人の視線に耐えかねてか、両手で頭を抱え、力なくその場にしゃがみ込んだ。

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